ノルウェー・オスロから530km北に位置するフォセン島に、151基の風力タービンが立ち、それらを130km以上の道路や送電線がつないでいる。ノルウェーの裁判官たちは、「この風力発電所はそこにあるべきではない」との判決を下した。はるか昔からその土地を所有しているサーミ人*1 たちも同じ意見だ。
Image photo:Sergey_Ko/iStockphoto
*1 ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアの最北部、サピミ地域で暮らす先住民族。
判決が出たからといって、風力タービンが撤去されたわけではない。「トナカイは絶対に風力発電所に近づきません。そのため、代々受け継がれてきた牧草地が使えなくなってしまいました」と話すのは、この地域でよく知られる人権活動家マリア・ピューエンチル(31歳)。フォセン半島のそば、生まれ故郷であるトロンハイムから電話取材に応じてくれた。
違法の判決後も続く稼働に、耐えかねた若者たちが立ち上がる
風力発電の建設は2016年に始まった。地域社会への潜在的悪影響を指摘する国連の声明など、中止を求める声が多く上がっていたにもかかわらずだ。完成から5年後、ノルウェー最高裁判所は、「この施設は違法で、トナカイ放牧文化権を侵害している」との判決を、裁判官11人全員一致で下した。「明確な判決が出たものの、風力タービンをどうするかまでは言及されていません。撤去されるどころか、いまも稼働しています」とピューエンチルは嘆く。
2023年1月30日、アムネスティ・インターナショナルは、「司法の決定が尊重され、継続的な人権侵害が止み、償われるように」と訴えるキャンペーンを実施した。そして2月23日、伝統的なサーミ衣装を身にまとった若者たちが、ノルウェー政府との対決に出た。石油・エネルギー省を4日間占拠したのだ。その後、警察によって立ち退かされたが、他の複数の省庁を封鎖し、3月3日には王宮前で座り込みを行った。
2月23日に始まった抗議活動ではまず石油・エネルギー省を4日間占拠。その後、他の複数の省庁も封鎖された。(Jannicke Totland/ Natur og Ungdom)
「きっかけは、サーミ人の若者たちのインスタグラムキャンペーンです。彼らは、ノルウェー最高裁の判決以降、何も対策がされないまま過ぎていく日数を数え始め、500日に達したとき、抗議行動に踏み切ったのです」とピューエンチル。彼女もすぐさまオスロに飛び、若者たちに加わった。その中にはグレタ・トゥーンベリもいた。環境保護活動家のトゥーンベリが、グリーンエネルギーに対する抗議活動に加わったのだ。
「ここに来て、抗議活動への支持を示すことができました。こうした地域活動を支援できる人は、ぜひそうすべきです」と、トゥーンベリはオスロの路上から電話で応えた。「世界中で先住民の土地の収奪や搾取が起き、抗議活動も拡大しています」と主張し、「サピミの植民地化の終焉」を訴えた。
オスロ中心部にてフォセン風力発電所に抗議するサーミの人々。
(Jannicke Totland/ Natur og Ungdom)
3月2日、タリエ・オースラン石油・エネルギー相はサーミ議会議長シリヤ・カリーネ・ムトーカとの会談後、サーミ人への謝罪を行った。「彼らは長い間、困難で不透明な状況に置かれてきました。申し訳ないことをしたと思っています」と述べた。しかし政府としては依然、風力発電プロジェクトとトナカイの放牧は共存できるとの主張を曲げていない。物議を醸し続けている風力発電施設をどうするのか、明確な決断は下されていない。
再生可能エネルギー生産と先住民文化の共存の道とは
国際エネルギー機関によると、ノルウェーの電力供給の98%は再生可能エネルギーによってまかなわれている。フォセン地域にある6ヶ所の風力発電所が、国内の他のすべての風力発電所を合わせたものより多くのエネルギーを生み出している。
フォセンの風力タービンの建設には、スイスやドイツの企業からなる複合企業が関わっているが、全出資額の52%を投資しているのはノルウェーの国営企業スタットクラフト社だ。最高裁の判決についてスタットクラフト社は、「風力発電所のライセンスが失効したわけではなく、タービンをどうするべきか結論が示されたわけでもない」と主張。また、フォセン風力発電所の運営は「トナカイ放牧に甚大な損害を与えることなく維持できる。現在、どのような緩和策を実施するべきか明確にしようとする動きがあるからだ。サーミ人の権利を侵害しないよう、新しいライセンスの取得にはその緩和策の実施が求められる」と付け加えている。
さらに同社は、「国際法に従い、サーミ人が文化的な活動を継続できるよう積極的に取り組んでいる」と主張。スタットクラフト社のウェブサイトによると、同社は「欧州最大の再生可能エネルギー生産者であり、エネルギー市場の世界的企業」として、21か国に5千300人の従業員を擁している。
実は別の大陸でも、スタットクラフト社に対する苦情や法的命令が出ている。チリの首都サンティアゴから南へ370kmのピルマイケン川の沿岸に同社が建設しているロス・ラゴス発電所プロジェクトに対し、今年2月23日に反対デモが起こり、警察が暴力的に鎮圧する事態となった。「この地域はマプチェ族の儀式施設や墓地がある重要な場所で、古代より、死後に魂がこの川を旅することで魂が循環すると信じられています」と、建設作業員でピルマイケン川支援ネットワークの活動家フェニックス・デルガド(35歳)が電話で話してくれた。
「チリでもノルウェーでも、地域社会の同意なく、先住民文化への敬意もないまま、先祖代々の土地が略奪されています」と、サーミ評議会の作業チームメンバー、エヴァ・マリア・フェルハイム(38歳)がトロムソ(オスロの北1100キロメートル)から電話で応じた。「サーミ評議会は気候危機や環境危機を解決するための取り組みを支援していますが、その取り組みが人々の基本的権利を犠牲にするものであってはなりません」。フェルハイムは、ノルウェー北極大学の博士課程で「緑の植民地主義」や、風力発電開発へのサーミ人の抗議活動を研究している。先住民が代々伝えてきた知識や慣習は「障害ではなく、むしろ問題解決の方法になる」と信じている。
ノルウェーのほか、スウェーデン、フィンランド、ロシアでも、サーミ人の居住地域で同様の風力発電プロジェクトが推進されている。「北欧諸国は、人々の権利や持続可能性の尊重において世界的リーダーであるとのイメージを守ろうとしていますが、フォセン風力発電所に関する最高裁判決への向き合い方は、まったくその逆です」とフェルハイム。「ノルウェーのような民主的な福祉国家では人権侵害は起こらないといわんばかりです」
By Karlos Zurutuza
Courtesy of Inter Press Service / International Network of Street Papers
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