サンフランシスコのストリートペーパー『ストリート・シート』で編集者として働くTJジョンストンは、かつてホームレス状態にあった。その当時、写真入りの身分証をなくしたことで、大変な生活がさらに危うくなりかけたという。実体験を踏まえ、「ホームレスと身分証」について記事を書いた。
ホームレス状態にあった2019年のある日、私は写真入り身分証をなくしてしまった。買い物で立ち寄った店で、ポイントカードと現金を出そうとしたときに一緒に取り出した覚えがあったので、店に戻ってみたが見つからなかった。
煩雑な再発行手続きをしなければならなかった。幸い、ソーシャルセキュリティカード(社会保障番号)は持っていたし、出生証明書のありかも分かっていて、カリフォルニア州の住まいのない人向けの支払い免除手続き(必ずしもすべて免除されるわけではないが)の書類も手元にあった。これらを(米国の免許証発行機関である)車両管理局(DMV)に持参し、証明写真を撮った。DMVから書類が届くのを待った(住所がないため、『ストリート・シート』の事務所を送付先にした)。
Michael Burrell/iStockphoto
2週間後に無事、新しい「リアルID」が届いた。新たに5年間の有効期限も付与され、心からホッとした。州政府が発行する身分証がなければ、自分の存在を証明できない。住まいのない者が対象の公的支援サービスも受けづらくなる。事実上、社会から消えてしまうようなものだと実感した。
米国民の11%が写真入り身分証を持っていない現状
ニューヨーク大学ロースクール・ブレナンセンターの2006年度調査から、米国民の11%が、政府発行の写真入り身分証(運転免許書、パスポートなど)を持っていないことが明らかとなった。成人の約2100万人が、自分が何者かを証明できない状態にあるということになる。Image by Pacholek-cz from Pixabay
この調査からはまた、米国民の7%(約1300万人)が市民権を証明する書類(出生証明書、パスポート、帰化証明書など)を持っていないことも分かった。該当しやすいのは、高齢者、マイノリティー、年収3万5千ドル(約500万円)以下の低所得者で、ホームレス状態に陥りやすい層だ。大げさだと思われるかもしれないが、彼らにとって身分証をなくすということは、自然災害に遭うのと同じくらい悲惨なことなのだ。
テキサス州ヒューストンで車上生活をしていたテイラーは、2017年夏のハリケーン・ハービーに襲われた。トレイラーを停めていた駐車場は水没、おまけに避難ボートも転覆し、書類バッグをなくしてしまった。それから2年がたっても、テイラーは自分の身分を証明するものを入手できていなかった。「社会保障カードをもらうには写真付きの身分証が必要で、写真付きの身分証を取得するには社会保障カードが必要。堂々めぐりなんです」。テキサスの州法では、身分証の発行に、市民権や居住証明証、ソーシャルセキュリティカードなど複数の書類を提出しなければならない。
懸念される「リアルID法」の影響
米国では2025年5月7日から「正当な身分証明法(リアルID法)*1」が施行される。これにより、身分証明に新たな壁が立ちはだかるかもしれない。例えば、住所を証明するには、2点の書類を提出しなければならなくなる。郵便局の私書箱(P.O.Box)では要件を満たさず、公共料金(電気、ケーブルテレビ、衛星放送、固定電話など)の請求書を提出しなければならない。*1 連邦統一基準の運転免許証や身分証(リアルID)の発行を各州に義務付けるもの。9.11の同時多発テロを受け、安全強化策として2005年に成立。コロナ禍の延期を経て、施行される。
カリフォルニア州オークランド在住の元建設請負業者デレク・スーは、「路上で生活している者には大問題です」と話す。2019年、テント村で生活していたスーに取材すると、「身分証の更新時期が来る前に住まいを見つけたい」と語っていた。彼の“現住所”は、テント村の向かいにある空き店舗の住所だった。そのおかげで、郵便物や配達を受け取ることができ、当局から身を守ることもできた。警察官から立ち退きを迫られたときも、身分証を見せると去っていった。「身分証に記載された住所なので、テントを張っていることに文句を言えなかったのです。市の役人も警察も、私に手出しできませんでした」と話す。
一方、自治体による路上生活者の撤収や所有物の没収に対抗するプロジェクト「ストールン・ビロンギング(Stolen Belonging)」で取材したサンフランシスコのテント生活者たちによると、一斉撤去の際に、身分証から薬まで生活必需品を没収され、現在、ホームレスの人たちが連帯し、市を相手取って訴訟を起こしているという。
By TJ Johnston
Courtesy of Street Sheet / International Network of Street Papers
*ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?
ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
ビッグイシュー・オンラインでは、提携している国際ストリートペーパーや『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの良質の記事を翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。
ビッグイシュー・オンラインサポーターについて
『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
過去記事を検索して読む
ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。
写真1枚 Image by Pacholek-cz from Pixabay 投稿時のキャッチ案 住所がないから身分証明書がない、証明書がないから住まいを得られないーホームレスの人たちを絶望させる「堂々巡り」