2023年5月、マーティン・スコセッシ監督の最新作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』がカンヌ国際映画祭でプレミア上映された。1973年の『ミーン・ストリート』から、2019年の長編ギャング映画『アイリッシュマン』に至るまで、高い評価を受けてきたスコセッシ監督(80歳)の作品群に、また一つ新しい作品が加わった。

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『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のリリー・グラッドストーンとレオナルド・ディカプリオ
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石油資源が発見されたオセージ族(ネイティブ・アメリカンの部族)の土地で起きた連続殺人事件の真相に迫るストーリー。原作は米ジャーナリスト、デヴィッド・グランによる同名ノンフィクション本*1 だ。新米のFBI(連邦捜査局)捜査官が事件の真相を追っていく。スコセッシ監督はこれまでも、実話をもとに、人間の欲深さと暴力性にフォーカスを当ててきた。

*1 邦訳は『花殺し月の殺人ーーインディアン連続怪死事件とFBIの誕生』。

だが今回、スコセッシ監督は従来とは異なるアプローチを取った。最初は、白人主体の警察官に焦点を当てた原作をそのまま脚色する予定だったが、白人を救世主として描くよりも、オセージ族にレンズを向けることを選んだのだ。そうすることで、FBIによる犯人探しのストーリーが、オセージ族コミュニティの心の動きにフォーカスを当てることとなった。スコセッシ監督は『タイム』誌のインタビューで次のように語った。「ある時点から、自分は白人男性たちの映画を作ってしまっていると痛感しました。つまり、“そともの”からのアプローチを取ってしまっていると。大いに悩みました」

『GQ』誌のインタビューで、連続殺人に関わった人物について聞かれたスコセッシ監督は、「それは1人、2人の話ではなく、すべての人なのだと感じています。すべての人ということは、私たち自身も含まれます。つまり、アメリカ人として、われわれは共犯者なのです」と答えている。

作品づくりにおける方針転換に大きな影響を与えたのは、スコセッシ監督が直接、事件当時を体験しているオセージ族の子孫たちと関わりを持ったことにある。それにより、登場人物へのフォーカスの当て方や視点は大きな変更へと動いた。

プレミア上映会場でインタビューを受けたオセージ族の首長スタンディング・ベアーは言った。「『このストーリーにどんなふうにアプローチするつもりですか』とスコセッシ監督に訊くと、『オセージ族と外界との間にある信頼と、その信頼が深く裏切られるさまを語りたい』と答えが返ってきました。われわれオセージ族は大きな苦しみを受け、それは今日になってもなお、私たちとともにあります。でもオセージ族を代表して言いましょう。スコセッシ監督率いるチームは信頼を回復させてくれ、その信頼が裏切られることはもうないと」

オセージ族の元首長ジム・グレイもTwitterで、この作品の協働的アプローチを称えた。「制作の全過程を通して、オセージ族への本物のリスペクトと配慮がありました。オセージ族も情熱と熱意を持って応じ、この歴史的瞬間をもたらしました」

ネイティブ・アメリカンやその他の先住民コミュニティについては、不正確かつ不愉快な描かれ方がされることが多い。そんな中で、ある部族の歴史を深く傷つけたストーリを、その部族の者たちを中心に据えて語ったことは注目すべきだし、80代にもなる監督がナラティブ(語り口)をがらりと変えたのは称賛に値する。スコセッシ監督は、そうすることで、部族が抱える傷跡を、より力強く、より包み隠しなく伝えられると考えたのだろう。

これは、他の業界で「伝える仕事」にかかわる者たちも参考にすべき点である。ジャーナリズムにおいては、報じるうえで実体験者の視点が足りていないと、理解に大きなずれが生じうる。ストリートペーパーにおいては、スコセッシ監督が最新作で取ったのと似たアプローチでジャーナリズムの仕事に取り組んでいる。つまり、問題を直接体験した者たちに語り、書くことを促し、当事者の声をしっかり反映させて記事を作成しているからだ。とくに北米のストリートペーパーでは、先住民のライターが記事を書いたり、雑誌の掲載記事を決める会議の場に先住民の声を取り入れたりといった取り組みもなされている。そうすることで、真実にもとづいた記事を掲載することができ、よりインクルーシブな雑誌づくりが可能となっているのだ。

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』予告


By Tony Inglis
Courtesy of the International Network of Street Papers

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