「パウンドベリー」は、チャールズ英国王(当時は皇太子)が1993年から大切に温めてきた街づくりのプロジェクトだ。英国ドーセット州ドーチェスターの西、コーンウォール公領(皇太子の領土を指す)の400エーカーにおよぶこの 土地で、チャールズ国王は30年以上をかけて、自身が思う“英国のあるべき姿”を形作ってきた。

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上空から見たパウンドベリー/Photo: Duchy of Cornwall

国王いわく「従来の住宅開発の型を壊し」、英国の田園地域をどう発展させられるかを示すモデルタウンとしてパウンドベリーの開発を監督してきた。建築家レオン・クリエによる設計で、2027年に完成予定とされている。2,700軒の住宅を建設し、“雇用の数だけ住宅を建てる”ことを目指した。「封建的なディズニーランド」「王子による非現実的な遊び」と揶揄する批評家たちもいる一方で、長期にわたる住宅危機のさなかにある英国にとって、王室発のこのプロジェクトは多くの人の関心を引く、興味深い場所でもある。

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建築家レオン・クリエによる当初の計画(1988)

「どの国がこのプロジェクトに興味を示すかがわかって面白いです」と話すのは、約4500人いるパウンドベリーの住民の1人で、パウンドベリー住民協会議長を務めるフランソワーズ・ハーだ。「フランス、カナダ、オランダ、アメリカなどが大きな関心を寄せています。ここの住民たちは、とりわけ王党派でも共和派というわけではありません。美しい場所で、チャールズ国王が他とまったく異なる場所を創り出したからこそ、ここでの暮らしを選んでいるのです」

「パウンドベリーはとても面白いアイデアだと思います。かつてはどこにでもある緑の原っぱでしたが、今は良い方向に向かっていると思います」

パウンドベリーの目的

パウンドベリーが目指すのは、裕福な人たちの私有地をつくることではない。確かに、英国最大の不動産ポータルサイト「ライトムーブ(Rightmove)」で検索すると、クイーン・マザー・スクエア(パウンドベリーの中心地)を見下ろす2階建ての邸宅が125万ポンド(およそ2億2,700万円)で売りに出されている。しかし数ページ進めば、20万ポンド(およそ3700万円)以下のアパートも掲載されており、中には共同所有できる物件もある。

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クイーン・マザー・スクエア/ Credit: Duchy of Cornwall

パウンドベリーの理念の一つは、「高価格帯の物件とアフォーダブル住宅(手頃な価格帯の住宅)の混在」なのだ。実際に、建てられた住宅の35%が賃貸、共同所有、割引販売用のアフォーダブル住宅である。パウンドベリーでは「公開市場割引(Discount to Open Market)」という制度が取り入れられている。これは、初めての物件購入者に市場価格から25〜30%の割引が適用され、同じ物件を次の所有者に販売するときにもその割引額が引き継がれるというもの*1。

*1 アフォーダブル住宅を維持するための仕組みの先駆け。

住宅のスタイルも多種多様で、少し散策すれば、国王好みのクラシックな建築様式もあれば、そのそばにはカントリー風コテージが、さらにはイタリア式別荘のような住宅が立ち並んでいるのがわかる。この“まぜこぜ感”が多種多様な人々を引きつけ、パウンドベリーの成功を支える革新的な点となっていると、コーンウォール公領不動産ディレクターのベン・マーフィーは言う。「パウンドベリーがアフォーダブル住宅と市場価格の住宅を融合した初めての例であるというのは、驚くべきことです。国の都市計画にも影響を与えています」。「『そんなことをしたら住宅の価値が下がってしまう』と一般の開発業者は考えたでしょう。でも、それは偏見で、正しくないと、人々のパウンドベリーへの関心の高さが示しています」

「本当に機能している場所、強い社会的つながりがある場所には多様性があります。活気や活力がもたらされますからね。あらゆる層の人々とさまざまなスタイルの住居がバランスよく存在するのは、コミュニティにとってもよいことです。アフォーダブル住宅がただ一緒にあるだけでなく、見分けがつかないほど完全に融合しているのです。こういった場所が持つ価値は、誰の目にも明らかだと思います」

5年前にパウンドベリーに移ってきたハーは、チャールズ国王と鉢合わせたたことはまだないが、「国王もここでの生活がどんなか、知りたいんじゃないかしら」と、多様性が生活のスパイスになっていると認める。「他と比べて、とても洗練された場所です。ノーサンプトンやスコットランド出身の人など、いろんな土地から、リタイア生活を送るため、家族との生活を見直すため、パウンドベリーにやって来ます。ここは想像以上に、世代を超えて一緒に生活できる場所です」

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ドーチェスターにあるパウンドベリー/Image: CG Fy & Son.

ロイヤルファミリーとしては珍しく建築への考えを表明

チャールズ国王は、躊躇なく建築を批評する人物として知られている。1984年、王立英国建築家協会(RIBA)での演説ではナショナル・ギャラリーの拡張を「巨大な膿瘍」と表現して人々を驚かせ、その4年後には、自身が執筆・制作した初のドキュメンタリー番組『英国の未来像(A Vision of Britain)』がBBCで放送され、数百万人の視聴者に、未来の住宅に関する考えを伝えた。

翌年に出版された同タイトルの書籍で、チャールズ国王は「進歩の名のもとに行われている理不尽な破壊」を目の当たりにし、自分の思いを共有するに至ったと述べている。「公共および商業建築物、そして住宅の、まぎれもない醜さと凡庸さ」が、そして都市計画の「冷淡さと無情さ」が、彼の怒りを引き起こしたのだ。

チャールズ国王は近代的デザインは好みではないようで、都市計画に介入することもしばしばだ。2009年、皇太子だった頃、西ロンドンにあるチェルシー兵舎の開発計画などを阻止しようとしたことから、RIBAのルース・リード会長(当時)に「立場の乱用」と非難されたこともある。しかし、そうした思想こそが『英国の未来像』で提示されたものであり、パウンドベリーの開発を支えているのだ。

「15分の街」

パウンドベリーのデザインの大半は過去を踏襲している一方で、徒歩15分圏内に各施設があるまちづくりを実践してもいる。この「15分の街」のアイデアをめぐっては、自動車業界への攻撃ではないのか、人々の行動を管理したいだけではないのかと陰謀論を語る人たちもいるが、その指摘は的外れだ。純粋に、環境問題に関心の高いチャールズ国王が30年前から温めてきた構想なのだ。「車の存在を否定するのでも、人々を域内に閉じ込めようとするものでもなく、むしろ人々に選択肢を提供しているのです」とマーフィーは語る。「パウンドベリーに住んでいると、オフィス、お店、レストラン、カフェ、パブ、病院...必要なものがすべて近くにあるので車を使う必要がない、それだけのことです」

ただし、住民には気をつけなければならないこともある。パウンドベリーで暮らしたいなら、街を美しく保つための諸規則に従わなければならない。ゴミを捨てるなら、家の前ではなく裏に出さなければならない。玄関のドアの色を塗り替えたいなら、公領に確認し、承認された色しか使ってはいけない。木の窓を断熱窓に交換したくても、許可されないだろう。「こうした生活まわりの問題を起こさないようにしなければなりません。もしそれがむずかしいと思うなら、パウンドベリーでの暮らしは向いていないでしょう」とハーは言う。「こうした統一性を好む人たちもいるのです。 一定の規則があることを望み、規則がない暮らしにイライラする人たちが」

利益を気長に待てるかどうかが決め手となる真の街の活性化

英国の他の地域が、パウンドベリーから学べることとは何だろうか。それは、利益を後回しにしてでも質のよい住宅を建てることが地域を活性化する土台になることだ、とマーフィーは述べる。それはコーンウォール公領のような豊かな財力に支えられた場所だからできることであって、株主に説明責任を負う大手建設会社にとっては難しいと思われるだろうか。「決してそうでもない」とマーフィーは言う。「大規模開発にも応用できます。歴史ある街や都市についての知見から、どうすれば地域として成功させられるのかを学ぼうとしているのです」。「大手業者が追従しないのは、そもそも企業は多様な住宅を提供することを目的としておらず、一年、もしくは四半期ベースの短期的な利益ばかりを追求しているからです」

「地方自治体であろうと開発業者であろうと、リターンというものをもっと長い目でとらえられれば、より大きな利益を得られるのではないでしょうか。もちろんパウンドベリーも土地と不動産のビジネスであって、慈善事業ではありません。チャールズ国王は、良質なものを提供し、人々のニーズを満たせば、価値と商業的成功をもたらせると理解していたのでしょう。ただし、それには忍耐が必要で、利益が出るのを気長に待つ必要があります」

美しい街がもたらすプラスの余波

パウンドベリーのやり方は他でも応用できることを実証すべく、コーンウォール公領は、ナンズリーダン(コーンウォール州ニューキー郊外)で別のコミュニティ開発を計画している。マーフィーが「パウンドベリーの兄貴分」と呼ぶこのプロジェクトでは、過去5年間で630軒の住宅が建設され、2045年頃には4千軒の住宅と4千の雇用が提供される予定だ。これは、アフォーダブル住宅不足を解決する試みだとマーフィーは説明する。「私たちはこの街づくりを大いに支援し、住宅危機の解決策となるよう努めています」

ハーも同調する。「大切なのは美しい街づくり。美しさを考慮せず、利益だけを追求した場所があまりにも多いと思います。パウンドベリーでは、どのように見えるか、住民がどんなふうに感じるか、いろんな考えが建築に込められています。幸せに暮らしていれば、住人たちはコミュニティを守るためにもっと尽力したいと思うでしょう」

チャールズ国王が思い描いてきたビジョンは、住宅政策に大きな影響をおよぼしている。 マイケル・ゴーヴ住宅担当相は昨年、「人々は醜さを押し付けられたくない」と述べ、醜い住宅開発を阻止していくと宣言。 先月、タンブリッジ・ウェルズ近くのクレーン・バレーにある「特別自然美観地域(Area of Outstanding Natural Beauty)」で、「一般的すぎる」デザインを理由に、164軒の住宅建築計画を停止させた。

美しい住宅を建設するという夢は、チャールズ国王が考える英国のあるべき姿の中で最も明確なものではないだろうか。国王の強い思いは、パウンドベリーの外でも確実に生きている。 住宅危機が解決するかどうかはわからないが、少なくとも街の活気は増すだろう。

Poundbury 公式サイト
https://poundbury.co.uk/

By Liam Geraghty
Courtesy of the International Network of Street Papers / The Big Issue UK bigissue.com @BigIssue


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