ケニアのマサイマラ保護区(※)で小型飛行機を自ら操縦し、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さんは、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに保護活動をしている。今年になってようやくケニア政府から麻酔銃の所持許可書を得て、可能になった野生動物治療の日々を綴った便りが届いた。

※1 ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系は同じ。

1ヵ月、麻酔銃の練習ばかり
麻酔薬入った針付ダートを飛ばす

今年になって、やっと手に入った麻酔銃。けれど、最初の1ヵ月は治療ケースがパッタリと途絶えて、野生動物治療に一度も麻酔銃を使う機会がなかった。不思議なもので、麻酔銃がなかった時に限って必要なケースが多発する。麻酔銃を入手する1週間前には、ワイヤー罠や毒矢が刺さったシマウマの治療ケースが何件もあったのだが、実際に麻酔銃がセレナ・ステーションに到着した途端に治療ケースがパタリと止まってしまった。それで、最初の1ヵ月はバケツに射撃のターゲットを貼り付けての練習ばかりの日々を過ごした。

麻酔銃はライフルの形をした銃に二酸化炭素のシリンダーがついており、麻酔薬の入った針付ダートを空気圧で飛ばす空気銃の一種である。ダートのサイズも1・5㎖と3㎖があり、動物のサイズに合わせた麻酔薬の量によってサイズが決まる。また、動物までの距離とダートのサイズによってライフルに入れる二酸化炭素の銃腔圧力が変わってくる。

同じ距離でも1・5㎖と3㎖のダートでは空気圧が異なってくるのである。そして、ダートのサイズによって発射されたダートが落ちる角度なども違ってくる。いろいろな要因があるので、何度も練習して距離とダートの落ち具合などを把握しなければならない。

何度もバケツをいろいろな場所に移動して射撃の練習をしたおかげで、実際に治療する場面が訪れた時には、麻酔銃の扱いにかなり慣れることができていた。

ワイヤー罠で足に怪我のシマウマ
産道に胎児の、母バッファロー

私が最初に治療したのは、ワイヤー罠で足に怪我をしていたシマウマ。動物保護区の外のマサイランドでのケースだった。どうやら小学校の近くでよく目撃されていたらしく、学校の先生がレンジャーステーションに連絡してきたそうだ。何度も目撃されては森の中に消えるというパターンを繰り返していて、私が出かけた時はそれから2週間近く経っていた。

ずいぶん足を引きずってはいたものの、野生動物は敵に隙を見せないように怪我をしていてもかなりのスピードで逃げていく。最初はクルーザーで近寄って麻酔銃で撃とうとしたが射撃が可能な距離まで近寄らせてくれない。車を降りて徒歩で近寄ろうとも試みたがそれも難しく、結局麻酔銃が撃ち込めるまで1時間もかかってしまった。シマウマをその場に眠らせるまで時間はかかったが、無事にワイヤー罠を取り外すことができて、シマウマが起き上がって走り去る姿を見た時は感動した。

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シマウマのワイヤー罠を取り外す

シマウマが終わると、次は母バッファローの産道に死産した胎児が引っかかっているケースだった。動物保護区の中の現場に私がたどり着いた時は、すでに胎児が死んでから3、4日ほど過ぎていたと推測された。逆子だった胎児の腐敗した足はすでにハイエナに食べられていて、足の先には噛み取られた跡が見えた。母バッファローもかなり弱っていて、助けられるかどうか、最初からあまり見込みがなかった。

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母バッファローの産道から死別した胎児をロープで引き出す様子

生きのびるチャンスにかけてみようと、チームのみんなが胎児をロープで一所懸命に引き出した。6人の男性が力いっぱい引っ張ってやっと腐敗した胎児が出てきた。母体は麻酔が切れても、弱っていて立ち上がることができなくて、ロープや木をお腹の下に敷いて立ち上がるのを手伝った。2時間経った後も母バッファローは立ちあがろうとしていたが、もう力は残っていなかった。最後はチームの助けで一瞬、身体を起こした時に息が途絶えた。前のめりに倒れて、そのまま死んでしまったのである。

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引き出された胎児

とても残念だったが、自然界ではノスタルジックな気分にひたっている時間もなく、バッファローの死を確認して、車でチームがその場を離れた途端、近くのシロアリの蟻塚の上で様子を伺っていたライオン2頭が蟻塚を降りて、バッファローの死骸に向かい始めたのである。サバンナで生きる動物たちの命のサイクルを目の当たりにしたような気がした。

雄バッファローの足のワイヤー
ペンチで切って取り外す

難産のバッファローは死んでしまったが、3番目の、ワイヤー罠が足に食い込んだ雄バッファローのケースはなんとかうまくいった。300頭近くの大きな群れの中の1頭の治療である。最初に双眼鏡を通して見た時は、ワイヤー罠を発見することはできなかった。バッファローは足を引きずって歩いているのだが、関節が少し腫れている以外に肉眼では何も見えなかったのだ。

このケースではダートの「ミスディスチャージ」という事故があった。ミスディスチャージとは、ダートの中の麻酔薬がうまく動物に注射されなかったことをいう。麻酔薬が半分しか投与されなかったり、まったく投与されなかったりと、ケースバイケースだが、たとえばダートが動物の身体に対してまっすぐ刺さらず斜めに刺さってしまうと、皮膚下に麻薬が投与されてしまい動物が眠らない。骨に当たるとダートの針が曲がってしまって、麻酔薬が投与されない。

このケースでは、ダート内の空気圧(麻酔銃の空気圧以外にもダート自体にも空気圧を入れる)が原因不明で抜けてしまって、麻酔薬が半分しか投与されなかったのだ。そのため、2つ目のダートを作って再び麻酔銃で撃つことになり、やっと2つ目のダートでバッファローは眠ってくれた。

腫れた足首をよく観察してみると、小さなワイヤーが5㎜ほど皮膚から飛び出ていた。どうやらワイヤー罠が切れて傷の中にワイヤーが埋まっているようである。皮膚を少し切って中のワイヤーをペンチで切って取り外した。かなり深く傷の中に入り込んでいた。

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バッファローの足を切って取り出したワイヤー罠

しかし、傷を綺麗に消毒して治療が終わると、バッファローはとてもスムーズに麻酔から起き上がった。大型野生動物を麻酔銃で眠らせた後、治療が終わったらリバース剤と呼ばれる薬で動物を起こす。リバース剤を血液注射すると、投与して2、3分で巨大なバッファローでもゾウでも起き上がるのである。そして、起き上がった動物はまた何もなかったように群れに戻っていくのだ。

 (文と写真 滝田明日香)




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トクヒ)アフリカゾウノナミダ


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以上、ビッグイシュー日本版459号より「滝田明日香のケニア便りvol.26」を転載。

たきた・あすか

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1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。 https://www.taelephants.org/


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▼滝田あすかさんの「ケニア便り」は年4回程度掲載。
本誌75号(07年7月)のインタビュー登場以来、連載「ノーンギッシュの日々」(07年9月15日号~15年8月15日号)現在「ケニア便り」(15年10月15日号~)を本誌に年数回連載しています。







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