イタリアではこの3年間で、計11人の学生(19〜30歳、男性9人と女性2人)が自ら命を絶った。試験に合格したと嘘をつく、学位を取得できていないのに卒業パーティーを計画する等、学生を取り巻く成功へのプレッシャーが高まっているらしい*1。
 



*1 イタリアの年間自殺者数は約4千人、うち5%が24歳以下の若者とされている。
参照:"One cannot die in University", the students of Cagliari recall the 24-year-old who committed suicide in Milan

「大学生の自殺防止に政府は真剣に取り組むべき」と学生が訴え

2022年2月、月桂の冠をかぶり、心身の健康を象徴する緑色のリボンをつけて大学生活をスタートさせたパドヴァ大学人文学科の学生で、学生会長を務めるエマ・ルッツォンは訴えた。「これ以上、仲間を失うことは受け入れられません。あらゆる政治の力をもって、この事態に対処してもらえないでしょうか」。ダニエラ・マペッリ学長とアンナ・マリア・ベルニーニ大学研究相の面前で語られた彼女の言葉は全国メディアでも取り上げられ、学生たちが直面している状況と、「立ち止まることが許されない」学術界の構造的問題を浮き彫りにした。

ミラノ大学が7千人以上の学生を対象に調査したところ、「成績について思い悩む」が42%、「抑うつ症状あり」が12%、「経済的に不安」が62%だった。共同研究者の一人で心理学教授のイラリア・クチカは、「若者が直面している問題は、彼らが大人になる段階にあることとも関連している」と指摘する。

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Credit: Alessio Giordano

トレント大学の学生会長を務める法学部のガブリエーレ・ディ・ファツィオも、「学生間の競争は激しくなる一方で、短期間で卒業する学生などの成功例をやたらと持ち上げる報道がそれに拍車をかけています」と苦言を呈する。ボルツァーノ自由大学の心理療法士ヴィルナ・ガロージも、「最近の報道を見ていると、失敗を恐れる若者世代の傷つきやすさが目につきます」と分析する。

学生向けカウンセリングサービスのニーズと課題

イタリアには学生相談サービスを設けている大学が70ある(国公立大学66校と私立大学4校)。その一つのボルツァーノ自由大学では、サービスを開始した2013年度の相談件数はわずか20件だったのが、最近はガロージが担当するイタリア語の相談だけで100件を超える。他にも3人の心理療法士が学生たちの悩み相談に対応している(ドイツ語2人、英語1人)。

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Credit: Alessio Giordano

相談が寄せられれば必ず3日以内に返信し、1週間以内に最初の面談を行う。面談は3回行い、最終の4回目で経過確認とフィードバックを行うのが通常の流れだ。より深刻なケースでは地域の専門医を紹介することもあるが、「地域機関は居住者を優先して対応します。学生の多くは地域在住ではないため、受診までに長く待たされることになるのが問題です」 とガロージは指摘する。

学生たちのよくある悩みは、「家族を失望させることへの不安」「他人との競争」「孤独感」などだ。パンデミック以降、孤独感の高まりが顕著だという。「大変な状況にあるのは自分だけという思いを払拭するには、他者との交流が欠かせません」

ただし、カウンセリング回数の制約や、地域機関にかかる際の費用負担などの課題もある。カラブリア大学の教授で、同大学の心理サービス責任者を務めるアンジェラ・コスタービレはいう。「遅すぎる対応ではありますが、ようやくこの問題を認識した政府は、大学がカウンセリングサービス費用の一部を通常予算に含められる措置を取りました」。コスタービレは、議会が外部委託募集の仕組みを創設したこと(2023年7月25日付の通達第1159号)にも注目する。これにより、学生の心身の健康促進と精神的苦痛への対処を目的とした16のプロジェクトに1年間資金が提供されることになった。

「心理面の支援への投資はとても重要ですが、予防・研修・意識向上の取り組みを強化することも不可欠です」と指摘するのは、ボルツァーノ自由大学学生支援サービスのコーディネーター、ニコラ・ピッフェリだ。同大学の教職員らは先日、スイスで開催された「こころの応急対応講座」に参加し、学生たちの精神的苦痛のサインに気づくコツを学んだ。「イタリアでは提供されていない講座だったので、この学びを自分たちなりにアレンジして、学生たちをサポートしたいと思っています」

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Credit: Alessio Giordano

トレント大学の学生コンスエロ・ダウド(23歳)も、この3年ほど孤独感に苦しんできた。土木工学を専攻していたあるとき、「教授から皆の前で『君はまったく工学に向いていない』とはっきり言われたんです。すごく屈辱的で、落ちこぼれのレッテルを貼られたようでした」。大学の学生相談サービスには、ずいぶん救われたという。その後、学生委員会のメンバーとなったダウド、いまは公平性・多様性部門の代表を務めている。2023年になって、専攻も経済・経営学部に変更した。進路変更はたやすい決断ではなく、同級生や両親にどう思われるか不安だったが、話すと応援してくれたという。今はもう落ちこぼれなんかじゃない、と感じられている。「いろいろあった3年間を経て、今はより自分らしく過ごせている気がします。20歳やそこらで完全無欠な人間であるなんて無理な話。私たち若者だって失敗くらいするよ!と声を大にして言いたいです」

学生の心身の健康問題から社会全体に必要なものを考えるように

近年、学生向けカウンセリングサービスの利用件数が増えているイタリアの大学事情。ラ・レプッブリカ紙によると、2022年、ミラノ・ビコッカ大学では2000件、パレルモ大学では2450件のカウンセリング依頼があった。「相談件数の増加は、この世代が抱える不安の大きさを表していると同時に、精神的不調を訴えることがタブー視されなくなっていることの現れでもあるでしょう」とディ・ファツィオは語る。

2019年の大学入学以来、常に何かを証明しなければならないと感じて途方に暮れていたディ・ファツィオを救ったのは、学生団体「UNITiN」への参加だった。いまでは「人とのつながりが生活の質を高める」と確信している。新メンバー向けのオリエンテーション、人文学専攻の学生向けフェスティバル、学生同士の気軽な交流の場など、UNITiNの活動は多岐にわたる。「心配り、予防、情報の提供が重要です。学生の不安感は他の人たちにも影響しますから」。ひいては、まちづくりにおいても、人々の交流の場、若者が自己表現できるスペース、専門医へのアクセスのしやすさ、過度に競争をあおらない職業世界などを、社会全体で構想すべきだと考えるようになった。その域に達するまで、学生たちは自分たちの権利を要求し続けるしかない。

冒頭で紹介したルッツォンのスピーチはこう締めくくられた。「最大の挑戦は、私たちに与えられたわずかなものに適応するのではなく、さらに多くのものを求めていくことなのでしょう」

By Alessio Giordano

Courtesy of zebra. / INSP.ngo
Translated from Italian by Camilla Sensi

編集部補足:
日本では2022年に自殺で亡くなった大学生・大学院生は438名(警察庁 自殺統計)に上る。一般社団法人いのち支える自殺対策推進センターでは、「大学における自殺対策推進のための研修」をオンデマンド配信で開催する。申込期限は2024年3月24日(日)まで。
https://jscp.or.jp/news/231204_.html



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