ケニアのマサイマラ保護区(※)で小型飛行機を自ら操縦し、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。2023年にケニア政府から麻酔銃の所持許可書を得て、野生動物治療が可能になった滝田さんから、初の肉食獣の治療レポート(前編)が届いた。



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ムシアラ・マーシを歩いている成獣の雌ライオン(本文に登場するライオンではない) 
Photo: Michele Burgess / Alamy Stock Photo


ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系は同じ。

今年になって肉食獣の治療に許可
喧嘩で弱った若い雌ライオン

麻酔銃の所持許可書を得て、野生動物治療が可能になった最初の1年は、ほとんどがワイヤー罠や弓矢で傷ついたシマウマの治療だった。しかし、今年になって少しずつ肉食獣の治療に許可が出るようになった。マサイマラ在住のケニア野生動物公社獣医が休暇中だったり、他の動物の対応などで忙しかったりすると、ナイロビの本部の獣医から「ライオンの治療をしないか」などの電話がかかってくる。

今回のライオン治療のケースは、ムシアラ・マーシ(沼・湿原)と呼ばれる場所に生息しているマーシ・プライド(ライオンのグループ)のライオンだった。生後7~8ヵ月ぐらいのまだ成獣になっていない雌ライオン。夜間、他のライオンのプライド(グループ)と喧嘩になった時に、大人のライオンに襲われたそうだ。身体中に噛み跡や引っ掻き傷がついていて、痛そうに身体を丸めて寝転がっていた。通常なら自然に起こった怪我は治療しないのだが、あまりにも酷い状態なので、治療しても問題ないと許可が出た。

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最初は痛そうに縮こまっていたライオンだったが…

「ひどい怪我で弱っている」と告げられて現場に到着すると、案の定、痛そうに足を引きずりながら雌ライオンが歩いている。以前に何度か、ケニア野生動物公社獣医と共にライオンのダーティング(麻酔銃を撃つ)の経験はあるが、自分一人では初めて。野生動物治療で難しいのは、ダーティングや治療よりも、どうやってその動物に近づくか、どうやってダーティングするのにふさわしい地形を選ぶか、どうやって麻酔がかかった動物に近づくか、などである。

沼地で、カバを狩るライオン
3回目の麻酔銃で眠らせて治療

マーシ・プライドのライオンは、その名前の通り、沼をベースに暮らしているライオンである。彼らの得意とするハンティングはカバ殺し。沼の中の巨大なカバを殺すことをマスターしたライオンたちなのだ。なので、怪我したライオンも沼のぬかるみの中にいて、車で近づくことがかなり難しい。泥の中を四駆で進んでなんとか近づくことができて、ようやく麻酔銃で狙って撃てる距離まで接近することができた。狙いをつけて麻酔銃を放つと、まさかの不良ダート(矢)。麻酔の入ったダートは勢いなくライオンに届くこともなく地面に突き刺さった。空気の圧力が途中で抜けてしまったようだ。まだ麻酔銃のくせや不良ダートなどに詳しくないので、焦った。

しかも、今まで痛そうに縮み込んでいたライオンも、おかしなダートが足元に落っこちるのを見て急に警戒して、威嚇を始めた。やばい。ライオンの気をたたせてしまった。すぐさま新しいダートを作って、再び至近距離まで近づいてトライする。すっかり車を警戒しているライオンは、目を爛々と光らせて睨みつけている。後足を狙って麻酔銃を放つと、ライオンはものすごい速さで尻尾をブンブンと振り回し、空中でダートを叩き落としたのだ。しかも、次の瞬間には大きな唸り声を上げて車に向かって飛んできた。

四駆の荷台に乗っていたレンジャーもライフルを構えたが、ライオンはその先までは突進して来なかった。距離が近かったので麻酔銃の空圧を軽くしていたが、そんなことをしていたら次のダートも叩き落とされてしまうので空圧を強くして強くダートが出るセッティングに変えた。そして、次のダートでやっと雌ライオンを眠らせて治療をすることができた。

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やっとのことで眠ってくれた、ムシアラ・マーシのライオン

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マラ・トライアングル内で怪我をしたライオンの治療

母親亡くしたチーターの子ども
絶滅危惧種の治療には許可が必要

ライオンのほかにも、突如「チーターの子どもが親を亡くしたのでレスキューしてほしい」という電話を受けた。6頭の子どもを抱えた母チーターだったが、子どもを5頭亡くした直後に、自身もライオンに殺されたそうだ。レンジャーに発見された時は、母親の死体はハイエナに食べられ上半身しか残っていなくて、その近くで生後5ヵ月半の子どもが母親を探して鳴いているという。

チーターは絶滅危惧種なので、絶滅危惧種の治療が許可されていない私は対応できない。その旨を伝えると、ケニア野生動物公社の本部獣医セクションから電話がかかってきて「他の獣医はみんなサイの治療で手が離せないので、一番近い場所にいる獣医はあなただから、行ってほしい」とのこと。チーターの治療にかかわると面倒なことも多いので避けたかったのだが仕方ない。

大雨続きのマサイマラで、あちらこちらの川が氾濫している中、チーターの子どもがいるエリアに車で向かった。私はマラトライアングル勤務なので、他のエリアより舗装されている道に慣れていたので、久しぶりに泥にまみれた道なき道を行くのは体力的に疲れた。途中で、一体どこにいるのか、現地までの半分くらいの地点でわからなくなってしまった。やっとのことで到着した時にはすでに4時間も経っていた。

母親を亡くしたチーターの子どもはレンジャーの車の近くでおとなしくしている。指示されていたのが、最初はマニュアル捕獲にトライし、無理だったら麻酔銃で撃っての捕獲だった。しかし、捕獲をした時点で逃げられる可能性が高いので、最初から麻酔薬をダートに入れてスタンドバイの準備。その準備をしている最中、何度もハイエナがチーターの子どもを襲おうとやって来る。レンジャーの車でそのたびに追い返すが、あきらめないで何度も戻ってくる。あまりにも長く待っているとハイエナに殺されてしまうので、すぐさま捕獲を開始することにした。

ブッシュに逃げ込んだチーター
2時間探しても見つからない

私としては、逃げ込んだら面倒になるブッシュ(茂み)から離れた草原の方向にチーターを移動させてから手を出したかったのだが、ハイエナを怖がって草原の方に行くのを絶対的に拒否。そのうち車も警戒し始めてブッシュに逃げ込もうとした。その瞬間を狙って麻酔銃で太ももを狙って撃った。ダートが入った瞬間、ものすごいスピードでチーターはブッシュに逃げ込んでしまった。

「あー、これを避けたかったのに」と思ったが、時すでに遅し。レンジャーたちはみんなチーターの後を追ってブッシュの中に走り入った。ブッシュの中でチーターの足跡を見つけた彼らは足跡を追跡してブッシュの中を進んだ。しかし30分近く経ったところでUターンをした足跡が、忽然と地面から消えてしまったのだ。

どうして突然足跡が消えたのかその日はわからなかったのだが、後から考えてみると消えたのは木に登ったのに違いない。しかし、当日はわからず、レンジャーたちは何度も何度もブッシュを探し回った。麻酔がとっくに切れて目が覚めているはずの2時間が経っても見つからない。そのうち日が暮れ出して、疲れ果てたレンジャーたちは「今日はもう見つからない。もしチーターがラッキーだったら、明日の朝までハイエナに食われないで、生きのびられるかもしれない」と、捜索を止めることになったのだ。(後編に続く)

(文と写真 滝田明日香)


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山脇愛理(アフリカゾウの涙  代表理事)

三菱UFJ銀行 渋谷支店 普通 1108896
トクヒ)アフリカゾウノナミダ


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以上、ビッグイシュー日本版473号より「滝田明日香のケニア便りvol.28」を転載。

たきた・あすか

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1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。 https://www.taelephants.org/


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▼滝田あすかさんの「ケニア便り」は年4回程度掲載。
本誌75号(07年7月)のインタビュー登場以来、連載「ノーンギッシュの日々」(07年9月15日号~15年8月15日号)現在「ケニア便り」(15年10月15日号~)を本誌に年数回連載しています。







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