アジア5か国の生産者や現地の支援団体とともに、フェアトレード商品の企画・販売を行う有限会社『シサム工房』は、1999年に京都で生まれた。現在は、京都・大阪・東京に8店舗を展開し、2024年で創業25周年を迎える。
今回は、取締役の人見とも子さんにお店のなりたちやビッグイシューとのかかわりについてお話を伺った。
「私は役に立てない」ー
タイの山岳民族の女性や子どもへの人権侵害を目の当たりにした大学院時代
大阪府出身の人見さんは、立命館大学の国際関係研究科で国際協力を学んでいた。“とにかく世界のことを知りたい”と、研究のためタイへ渡り、現地のNGO団体でインターンを経験。タイとミャンマーと中国の国境付近で暮らす山岳民族・アカの人々との出会いが始まりだった。
アカの村には、国籍のない、タイ語を話せない人々がいた。“タイ語が話せず馬鹿にされるから”と、仕事にありつけずやけになっている男性や、酒やギャンブルに溺れる夫から家庭内暴力を受ける女性。親の借金返済のため、売春宿に売られていく、いわゆる“セックストレード”の被害に遭う子どもたち。
経済力の乏しい家庭に対して、知人や親戚から『バンコクでいい仕事がある』と売春宿で働く話を持ちかけられ、子どもが売られていく。そんな現実を目の当たりにした人見さんは、当時の想いをこう語る。
「特にリスクが高いのは、年頃の女の子がいる家庭です。何軒も訪問して、ヒアリングするボランティアに同行しました。タイ語もアカ語もろくにわからへん私に、お母さんや子どもたちの困りごとをどうやって受け止められるのかと。そんな人格も、語学力もなくて。“自分、なんにもできへんやん。役立たずや…”って、その時初めて思い知りました。どんどん弱い立場の人たちが狙われて、人が人を食い物にしているような現実が広がっているのに、何もできない。ショックでした。」
“かわいそうな女性”は、“技術を持つ人”だった。フェアトレードとの出会い
支援団体関係者に連れられ次に出会ったのは、低地民族・ヤオの女性たち。そこでは女性たちが集まりプラチュムと呼ばれる会議の場面に立ち会った。アカの村では、男性から暴力を受ける女性を見てきたが、ヤオでは“女性たちが会議に出て自分の意見を言ってる!”と驚いたという人見さん。そこでの出会いが転機となった。
「この会議では、小さなポーチに施す刺繍の品質について話し合っていたんです。そのポーチが売れたことで、子どもに鉛筆を買ってあげられたとか、そういう話をしていて。支援団体の方から『これはね、草の根貿易って言うんだよ』と教えてもらって、女性たちが作った商品の載ったパンフレットを見せていただきました。そのときに初めて出会ったのが、フェアトレードだったんです。」
人見さんが見たのは、SVA曹洞宗ボランティア会(現公益財団法人シャンティ国際ボランティア会)が企画・運営していた、フェアトレード商品の会議だった。
当時は今ほど“フェアトレード”という言葉は定着しておらず、“草の根貿易”や“オルタナティブトレード”と呼ばれていた。企画・運営をする支援団体も数少ない状況。しかしフェアトレードについて知れば知るほど、その仕組みに希望を感じるようになったという。
「自分、役立たずや!と思っていたんですが、フェアトレードの仕組みを知って、“私、日本語話せるし、どの国にでも入れるパスポートも持ってる。これを使わんと!”と思いました。モノを介してお客さんとの架け橋になれるかも知れない。“役立たへんなりに、役に立てることがあるかもしれない”と思えたんです。」
また、現地の女性たちが持つスキルを活かした商品も魅力的だった。
「ヤオ刺繍は、裏表どちらから見ても同じ柄になる刺し方なんですよ。一度でも刺す順番を間違えると同じ柄にはならないので、技術が必要なんです。すごい、と思いました。家庭で暴力を受けていたり、生活に困窮する“かわいそうな女性”だと思っていた人は、“すごい技術を持つ人”に変わっていて、元気になって。人とモノとのつながりがそうさせるんだと思いました。」
学生街で発展途上国産の商品を売る。“ちょっと変わったモノ”を受け入れてくれた
こうして帰国した人見さんは、フェアトレードの活動をしている団体や店舗を訪ね、販売や在庫管理のボランティアを始めた。そのうちに、池袋のフェアトレード商品等を扱う小売店「ぐらするーつ」が神戸に支店を出すのを機に、大学院生にして支店の立ち上げと店長を任されることになったそう。
大学院の論文の執筆と、ぐらするーつの店長を1年ほど続けていたが、体力的な問題やその先のことを考え、「京都で店を始めたい」と思うようになっていた。
こうして、大学で同じ教授のもと学んだ先輩の水野泰平さんとともに、京都市左京区に「シサム工房」を立ち上げた。1999年のことだった。
「お店の向かい側には京都大学のキャンパスがあります。この地域は昔から学生さんの街なんです。今もそうですが、大盛のご飯を出すような定食屋さんとか、教科書を再販する古本屋さんが並ぶような街。うちの商品も学生さんにとっては生活必需品ではないですし、“(商売をするのは)どうかな?”と思いながらおそるおそる始めた感じでした。」と、当時を振り返った。
開店当初は、15坪ほどの小さな店だった。フェアトレードという言葉も定着していないなか、左京区の街に馴染めるかどうか心配もあったというが、意外にも街の人たちが受け入れてくれた感覚があったという。
「学生さんだけではなくて、大学職員の方が商品を手に取ってくださることもありました。店のコンセプトに共感してくださる方が多くて、そうした“ちょっと変わったモノ”や“ストーリーのあるモノ”を受け入れてくださる土壌があるのはとても大きかったですね。“モノ”より“コト”に興味のある方々に支えていただいて、今があります。同じ京都のなかでも、別の地域に店を出していたら、また違う展開だったかなと思います。」
質の高い商品の裏側に、厳しいクオリティ管理
開店後、大学生がちょっとした小物を買っていくようになり、やがて大人世代の女性が食器やカトラリー類などの日用品を買うようになった。今では良いものを長く楽しめるブランドとして支持されるようになっている。現在は50代女性がメインのお客さんだというが、フェアトレードの浸透に合わせて2020年ごろからはメンズラインを増やし、老若男女を問わない商品を展開している。
シサム工房の商品は、アジア5か国(フィリピン・インド・バングラディッシュ・ネパール・インドネシア)で12の現地フェアトレードパートナー団体を介してやり取りをし、製作している。
「メンズラインなど商品の幅が広がってくると、パートナーたちに求めるものも変わってきますね。デザインを考えながら、例えば“ジッパー付けられるかな?”などと考えることもあります。現地のパートナーたちからもよく言われるんです、“日本は世界でも類を見ないぐらいクオリティに厳しい”、“シサムは、ステッチの幅まで注文してくる”って。(笑)」
「サンプルを作ってもらって、やり直す必要があればまた直してもらって。本当に、この繰り返しなんです。なので、販売する1年くらい前からデザインや企画を組み立てて商品を作っています。」
「直接やりとりして、相手の売りたい商品を言い値で買うのがフェアトレード、ではないんです。質を高めていかないと、信頼してもらえないですから」
こうして現地の人々とやり取りをしながら、丁寧に商品を作り上げていく。その過程で、パートナーたちの製作スキルや使う道具の質が上がり、さらに質の高いモノづくりにつながっている。
ビッグイシューがお客さんとの会話のきっかけを生む
シサム工房本店では、2023年秋より毎月15日に販売者がお店の軒先をお借りして、雑誌「ビッグイシュー日本版」の出張販売を行っている。猛暑や大雨の日に、販売者の売上が激減すると聞いたシサム工房さんから提案をいただいたのだ。
その他の日も、「委託販売制度」を利用して店頭でもビッグイシューを販売していただいている。きっかけは、広告の出稿だった。
「雑誌『ビッグイシュー日本版』の裏表紙に広告を出させていただいたのが最初だったと思います。うちのスタッフはビッグイシューの販売者さんを見かけたら買うと決めている人も結構いるので、“一緒に何かできるんやったらしたいな”という想いはあったと思うんです。
吉祥寺でのポップアップストアの取り組みを知って、社内で“うちも店の軒下があるやん”という話になって。それで、“もしよかったら、軒下あるので使ってください”とスタートしたのが、出張販売でした。」
京都本店店長のシカタさんが、ビッグイシューを置いてからのお店の様子を教えてくれた。
「お客さまは、“ビッグイシューってここでも売ってるんや”という感じで手にとってくださる方もいらっしゃいますね。もともと雑誌を知っている人は注目してると思いますし、手に取っている方に“ビッグイシューってご存知ですか?”と伺うと、それをきっかけに知って購入してくださる方もいます。」
「ビッグイシューをお店に置いていると、お客さまとの会話のきっかけになることが増えていますね。いつもは社会課題についてお話しする感じではない人とも、ビッグイシューをきっかけに話すと“この方、こんなことにも興味ある方なんだな”と、一人ひとりのお客さまを知るきっかけにもなっています。」
またこの日、軒先をお借りしていた販売者・山田さんはー。
山田さん「やっぱり、1人で販売しているときより心強いですね。雨が降ったりするとお客さんが少ないときもありますが、そういう時にあまり落ち込まないというのはありがたいです。ビッグイシューを買いに来たお客さまがシサム工房にも立ち寄ってくださったり、シサム工房へ買い物に来た方がビッグイシューを買ってくれるように、軒先販売を双方にとってメリットのあるものにしたいです。」
『良き隣人』として、“つながり方”をよくしたい
「シサム」はアイヌ語で『良き隣人』という意味だ。「どれだけ弱い立場の人とともに長い時間を過ごし、共感をしたとしても、当事者にはなりえないし、その人たちについてわかったつもりになるのは、おこがましいことやと思うんです」と人見さん。
「それでも、今日も明日も、世界とはつながっている。だとしたら、『良き隣人』として、“つながり方”をよくしたい。円安もあって大変ではありますが、フェアトレードのいいところは、顔の見えるつながりがあるところです。何か成果が出たときは、“ありがとう”の言い合いっこになる。巨大な利益はなくても、お互いに喜び合う人がいる、というのは楽しいことですよ」と満面の笑顔で話してくれた。
販売者の山田さん(左)と人見さん(右)
●シサムコウボウ 京都・本店
〒606ー8224
京都市左京区北白川追分町80−1
TEL:075−724−5688
営業時間:11時〜19時
定休日:無休(年末年始除く)
URL:https://sisam.jp/
オンラインストア:https://sisam.shop-pro.jp/
~あなたの街の「軒下」、募集します~@東京&大阪
https://www.bigissue.jp/2022/06/23677/
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3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。