タイラー(25)は21歳の時に実家を飛び出した。トランスジェンダーだったタイラーに、コンバーション・セラピー*1 を無理やり受けさせようと暴力的になる母親から逃げ出したかったのだ。「DV被害者の支援団体にコンタクトを取ると、一晩だけモーテルに泊まらせてくれました。でもその後はもう大丈夫だろうと言われ、それ以上の支援は受けられませんでした」。それから約4年、路上生活、緊急シェルター、病院、自宅の使っていない部屋やソファを困窮者に提供するプログラムを利用するなどしてしのいできた。


*1 同性愛者やトランスジェンダーに対して「矯正」「治療」と称し、自らの性的指向を憎悪するよう仕向ける反LGBT的行為。クイーンズランド州、ビクトリア州、オーストラリア首都特別地域(ACT)、およびニューサウスウェールズ州では禁止されている。

3万人近い若者がホームレス状態

オーストラリア国内には、タイラーのように不安定な暮らしをしている若者が数万人いるとされる。2021年の国勢調査からは、ホームレス状態にある人の4分の1が12〜24歳と推定されているのだ。およそ2万8,200人もの若者が安全に夜を越せる場がないということになる。

こうした状況を受け、100を超えるホームレス支援・擁護団体が提携し、「ホームタイム・キャンペーン*2」を立ち上げた。若者たちが巻き込まれている住宅危機に対処すべく、連邦政府、州政府、特別地域政府に、次の3つのアクションを求めている。

  1. 16〜24歳を対象とした若者用住宅1万5千戸を建設すること。
  2. 若者が自立して自分の目標を目指せるよう、適切かつ長期的な支援を提供すること。
  3. ホームレス状態にある若者が住宅を借りやすくなるよう家賃問題の是正に取り組むこと。
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Illustrations by Michelle Pereira

*2 Home Time https://www.hometime.org.au/

公営住宅は10年待ち、アフォーダブル住宅も若者には不利

2022〜23年の間に、保護者の付き添いもなくホームレス支援サービスを利用しようとした15〜24歳の若者は3万8千人を超え、44%が支援を受けた後もホームレス状態から抜け出せていない。先行きが見通せない暮らしは大きな負担となる。「トンネルの出口が見えなくて、お先真っ暗というかんじでした」とタイラーは振り返る。

若者が一人でホームレス支援サービスを求める原因は、ひとえに住宅危機にある。高い家賃と賃貸物件の空室の少なさによって、若者たちが住宅市場から締め出されているのだ。実家を離れられない若者も増えており、15〜24歳の69%が親と同居している。いろんな理由から実家に住み続けられない者たちは公営住宅の空きを待つことになるが、タイラーの場合は「公営住宅は10年待ち」と言われたという。

コミュニティ住宅*3 はどうかというと、そこにも壁がある。コミュニティ住宅業者は通常、入居者の所得に応じて家賃を設定する(上限は所得の30%)のだが、若者手当は老年年金や障害年金などよりも金額が低いため、申し込み時に不利なのだ。「若者に住宅を貸すと、失業手当の受給者に貸すよりも家賃収入が3割ほど少なくなりますから」と話すのは、ホームレスネス・オーストラリア*4 のケイト・コルヴィンCEOだ。さらに家賃補助の計算方法が問題を複雑にする。「若者手当の金額が低いことから、連邦家賃補助(Commonwealth Rent Assistance)もわずかしか支給されないのです」

*3 コミュニティ住宅業者が提供する非営利のアフォーダブル住宅(手頃な価格の住居)で、大半は公的資金で運営されている。
 *4 Homelessness Australia https://homelessnessaustralia.org.au/


住まいもなく、支援もなく、長きにわたるホームレス状態に

住宅支援の不足に加えて、15〜17歳の若者は児童保護の制度からも抜け落ちやすい、とホームタイムキャンペーンでは訴えている。「ホームレス支援は急場しのぎの支援となりがちですが、さまざまなかたちで心の傷を負ってホームレス状態となっている若者たちの場合、6週間やそこらでどうこうなるものではありません。結果、若者は必要な住宅を得られず、長期的な支援も受けられず、長きにわたるホームレス状態へと陥ってゆくのです」。

若者が将来の目標に向かって進むには、安定した住宅と支援が土台となる。タイラーが実体験を語る。「グレード11の初め(16歳の時)に退学しました。学校にあまり行けなかったのは、10代前半の頃から住まいが安定していなかったことが大きいです。メンタル面での支援も受けたかったのですが、同じ場所に安定して過ごせない暮らしでは、定期的にカウンセリングに通うこともできなかった」

「早期介入によって、若者が路上生活に陥るのを防ぎたい」

支援者からのサポートのおかげで、現在は公営住宅で生活できているタイラーだが、変革への強い思いは変わらない。「10代の姪や甥たちがいて、彼ら・彼女らには決して自分と同じ経験をしてほしくありませんからね」。現在、若者支援の推進活動にかかわっている。変化を起こすための策は案外シンプルだと言う。「どのような生活環境が適切で安全か、どこに行けばサポートを受けられるのか、若者が必要な情報にアクセスできるようにする。早期介入によって路上生活に陥るのを防ぐことが何より大切です」

アフォーダブル住宅建設の管理方法も変えていく必要がある。「住宅事業者が若者向け住宅を建設しやすくなるよう、一戸当たりの補助金を増やす必要があります。政府には若者用賃貸住宅にお金が流れる仕組みをつくってほしいです。オーストラリア住宅未来ファンド(Housing Australia Future Fund)も若者を対象としていませんでしたから」とコルヴィン。

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Illustrations by Michelle Pereira

ホームレス担当大臣ジュリー・コリンズにコメントを求めると、若者に特化した早期介入プログラム「リコネクト」や、昨年導入された連邦家賃補助の増額を強調した。「政府は今後3年間で9千170万ドルを若者のホームレス支援にまわすリコネクトプログラムを発表しました。基本的にホームレス支援サービスの提供は州や準州に責任がありますが、政府としても全国住宅・ホームレス計画の策定に向けて密に協力していきたいと思います」

By Farrin Foster
Courtesy of The Big Issue Australia / INSP.ngo



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