「私の感情レベルは0か100なんです」と女優クロエ・ヘイデンは話す。「悲しみや失望を感じると、もうほかには何の感情も感じられなくなるんです」。その感覚にとらわれて身体的な痛みにつながることもニューロダイバーシティ*1には珍しくないという。ポジティブな感情も同じくらい強烈で、「幸せを感じると、ほかのことはすべてどうでもよくなって、心も体も魂もすべてが乗っ取られるかんじになります。自閉症者が味わう喜びは、本人にとっても、その喜びようを目にする人にとっても、とても美しいものです」


 

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*1 自閉スペクトラム症、ADHD、学習障害などの発達障害を、それぞれの脳・神経系の差異や特性であるとし、生物学的なバリエーションの一つとして位置付ける考え方。

SNSのフォロワー合計数は100万人を超える人気

花柄のダンガリーに、髪には花を散らばせたヘイデンは、典型的なZ世代女性のひとりだ。プロフィールに「自閉症 + ADHD」と明記されたSNSのフォロワー合計数は100万人を超える(Instagram38万人、YouTubeチャンネル13.8万人など)。Netflixの『ハートブレイク・ハイ』*2 のクイニ・ギャラガー=ジョーンズ役でブレイクした。多様な人種のティーンが登場するオーストラリアのコメディドラマシリーズで、公開から数週間で4千万分超のストリーミング視聴時間をたたき出した。

*2 1994年から7シーズン続いた青春ドラマ『ハートブレイク・ハイ』のNetflixリブート版。ヘイデンが出演しているシリーズ1は2022年、シリーズ2は2024年公開。

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「クイニは16歳の私がなりたかったすべて」とヘイデンは語る。「それに、26歳になった今の私がそうありたいと思う存在でもある。とても聡明で、創造性があって、自分に自信があって」

13歳で学校をやめた俳優が、高校を舞台にしたドラマに出演

クイニは、ハートリー高校のクラスメートたちとともに、友情、デート、セックスと波乱万丈な日々を送る。「彼女にも『私は誰?』と思える瞬間もあるのだけど、彼女の目を通して体験することがとても大切。自閉症女子の多面性を見ることができます」と話すヘイデンは、自閉症の人物を演じる自閉症の俳優だ。

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ヘイデンとクイニはかなり似ているところもあるが、二人の間には決定的な違いがひとつある。それは、ヘイデン自身は高校に行っていないという点である。自叙伝『Different, Not Less: A Neurodivergent’s Guide to Embracing Your True Self and Finding Your Happily Ever After(違うけど、劣っているわけじゃない:本当の自分を大切にして幸せに生きるためのニューロダイバーシティの手引き書、未邦訳)』(2022年)の中で、ヘイデンはみんなの望む通りの行いをしなかったために仲間や教師からいじめを受けていたことや、従来の教育制度に染み込んでいる欠陥に触れている。

13歳で自閉症だと診断されたヘイデンは、グレード8(12-13歳)で学校をやめ、中等教育は自宅で受けた。高校を舞台にした作品への出演にーーシドニーにある本物の学校で、通常の登校日に、本物の生徒たちがたくさんいる中での撮影もあったーー不安を覚えなかったのだろうか? 「最初はありませんでした」と言う。「学校に対するトラウマがどれくらい積もっているか気づいていませんでした」

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撮影初日、ヘイデンはリュックを背負って、朝7時に現場に到着した。「学校に着くと、空はオレンジ色に染まっていました。ベルが鳴るのが聞こえると、たちまちタイムスリップして、『あ、ここは安全な場所じゃない』って感じました」とぎこちない笑いを見せる。「でも車の中で撮影用のメイクをしてもらってたら、『OK。これで安全』って思えたんです。メイクするという高校生っぽくないことをしたことで、学校生活へのトラウマが癒えたんだと思います」

演技に高い評価が得られた『ハートブレイク・ハイ』シーズン2の舞台裏

Z世代の10代の生活がリアリティをもって描かれた『ハートブレイク・ハイ』シーズン2は、2022年末に公開されると、大きな称賛を受けた。とりわけヘイデンの演技は高く評価され、2022 AACTAsで最も人気のある新人とオーディエンス賞 にノミネートされた。

シーズン2ではクロエの新しい面を見てもらいたい、とヘイデンは言う。「シーズン1のクイニは...無難でした」とヘイデン。「激しく動揺したり苦悩する場面もありましたが、とても優しく、問題を引き起こすタイプではありませんでした。シーズン2ではクイニの別の顔が見れるので、驚く人もいるかもしれません。ドラマでは、クイニが自閉症の資質(過集中、パターン認識)をポジティブな力として発揮するシーンがある。限界に挑戦しようとしている16歳の自閉症者を見て違和感を持つ人がいるのはなぜなのか、とヘイデンは不思議に思う。

クイニの役づくりにヘイデンはどれくらい関与したのだろうか? 「お仕事をいただいてすぐ、ディレクターはじめ製作陣と打ち合わせをしました。何が合ってて何が間違っているか、はっきり伝えました。それでクビになることはないとわかっていましたから。自閉症に関する優秀なコンサルタントについてもらえたことも、とても助かりました」

どんな俳優にとってもドラマ撮影は長期間に及ぶ大変な仕事だが、こと自閉症の俳優にとっては、長時間の撮影だけでなく、強烈な照明、何度もテイクを撮り直しすることは、感覚的な負荷がかかり過ぎる。「いろいろ大変でした」と振り返るが、現場ではノイズキャンセリング機能付きのヘッドフォンをつけ、休憩時間にはしっかり休める部屋が用意され、撮影が大変な日にはパートナーのディランが訪ねてきてくれるなど、撮影チームはすぐにヘイデンのニーズに応えるよう努めてくれたという。

「感覚的欲求を負担に思ったり、困難に感じたことはありません」とヘイデンは言う。「ただ単に、『これが自分の望みなんだったら、叶えなくちゃ』となるだけです」。さらには、共演者たちーーだれ一人、ベテラン俳優ではなかったがーーにとっても、適切な対応を考えるきっかけとなった。「自閉症の人は何を欲してるのか? ではなく、いまこの状況を最高な経験とするために皆が何をすべきか? という発想で臨んでくれました」

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学校等での講演、YouTube配信、テイラー・スウィフトとの共演…上がり続ける知名度

ヘイデンは10代の頃から自分の生活をブログに綴り始めた。動物、おとぎ話、社会正義、ディズニー歌集が大好きな、ヴィクトリア州の地方に暮らす自閉症の子どもの日常だ。2016年、YouTubeに場所を移した。自閉症の俳優が自閉症役を演じた映画『Music』(2021年)の批評などを投稿していると、AmazeやYellow Ladybugs など自閉症者の支援団体の目にとまり、自閉症児としての実体験ーー自閉症を語る際に、昔から(今も)過小評価されてきた視点ーーについての講演を依頼された。
「オーストラリア各地の学校をまわりました。今は忙しすぎて、自分のチャンネル運営がメインになっていますけど」。実際、ヘイデンが人に気づかれずにどこかに行くことはますます難しくなっている。

少し前まで、レッドカーペットを歩き、シドニーで雑誌の表紙撮影にのぞむなど、本人曰く “ハンナ・モンタナ風の生活*3”を送っていたヘイデンだが、今はヴィクトリア州の港町ジーロング近くの実家に戻っている。「実家のまわりには何もなくて、だれも私が誰かなんて気にしません。飼ってる動物たちと戯れる、すてきな暮らしです」。

*3 テレビドラマ『シークレット・アイドル ハンナ・モンタ』により、主演のマイリー・サイラスは一躍人気の的になった。

しかし、その匿名性が維持しづらくなっている。去る2月、米国の超大物スター、テイラー・スウィフトがメルボルン・クリケット・グラウンド(MCG)でコンサートをしたのだが、その夜のもう一人のスターはヘイデンだった。スパンコールをちりばめた紫のボディースーツにカウガールハットを被ったヘイデンは、テイラー・スウィフトのファンたちとフレンドシップ・ブレスレットを交換したり、ヘイデンのファンたち(テイラー・スウィフトのファンとかなり重複し、ヘイデンはSNSで「私のチョウたち」と呼ぶ)と一緒に写真に映ったりした。

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「私もファンガール*4 でした。ワン・ダイレクションやリトル・ミックス*5が大好きで、ファンページを立ち上げ、ファン・フィクション*6 を書いたりしていました。なので、若者にとって推しの有名人がどれほど影響力があるかがよくわかりますし、だからこそ、私が他のだれかにとってそういう人になれていることにワクワクしますし、シュールだなって感じます。私がそういう立場にあることがいかに光栄なことかは、これからも忘れないでいたいです」

*4 特定のアイドルグループなどを一途に愛好する若い女性のこと。
*5 英国のボーイ・バンドと英国のガールズグループ。
*6 既存のキャラクターや設定を用いて、ファンによって書かれたフィクション作品。

“幸せな障害者”を受け入れられない人からの嫌がらせ

昨年11月、「近頃の事態を受け、これからは私の全SNSアカウントの管理・監視をマネジメントチームに任せます」とヘイデンはオンラインで発表した。数ヶ月にわたり、エイブリズム*7、ヘイトスピーチ、殺害予告のメッセージがヘイデンのもとに殺到したのだ。「ある動画を投稿すると殺害の脅迫がたくさんきたんです。これまで投稿してきたどんな政治的コンテンツよりも私が幸せそうに見えたからでしょうか」とヘイデンは話す。問題となったその動画では、崖っぷちに立って夕陽を浴びているヘイデンが、そばを通り過ぎたクジラの大群に喜ぶ姿が映っている。「自閉症者の喜びはこの世で最も純粋な喜びである」と字幕をつけた。

*7 能力のある人が優れているという考えに基づく、障害者に対する差別と社会的偏見。

「自閉症者がいると、彼ら・彼女らが何を楽しいと感じるかがわかります」とヘイデン。「美しいことなのに、いまだに非難されます。自閉症者がクジラを見て興奮して手をはためかせる、そんなことがタブー視されるなんて馬鹿げてます。人はとかく、自分と異なるものが気に入らないのでしょう」 「“異なる”ことがどうしてそんなに恐ろしいのか、私には分かりません。自分がそんな喜びを味わえてないからジェラシーを感じているのでしょうか? 12頭のクジラの大群を見て興奮しないなんて、そんな人こそセラピストが必要かもしれません」と冗談めく。

「だれしもに、自分たちはこうあるべきという“箱”みたいなものがあるんだと思います。でも多くの自閉症者は、そんな箱の存在を認めず、自分を無理やり押し込めることもしません。そもそも、そんな箱にうまくはまる人なんてごくわずかで、大半の人は自分をねじ込んで窮屈に感じています。そんな箱におさまる必要はないし、そもそもそんな箱なんて存在しないのに」

本当に自分を幸せな気持ちにしてくれるものにだけ『Yes』を

ヘイデンが喜びでときめくものは、クジラ以外にもたくさんある。写真、サーフィン、豪華客船タイタニック、2匹の愛犬、3匹の愛猫、6頭の馬、ウーパールーパーとカエル、神との関係性、テレビシリーズ『Dr.House』等など。「医療ものが好きなわけではない」と強調しつつ、自分の生活があまりに不安定に感じられるときなんかに「だれか他の人のドラマに入り込むのが楽しい」のだという。と言いつつ、目下力を注いでいるのは、映画やテレビ番組の演出、本の執筆などクリエイティブなプロジェクトと、動物の世話だ。

有名人でありながら普通の暮らしを維持する方法を模索している最中だという。心の健康とキャリアを築くことのバランスを取るには、「No」と断るタイミングもわきまえておかなければならない。「以前は、“声がかかるうちが花”とばかりに、いただく話はすべて受けていました。チャンスを逃しちゃいけないってね。でも、自分が楽しめていないものも引き受けていると、すぐに燃え尽きてしまうことがよくわかったんです」

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「大切なのは自分にやさしく、自分をいたわることなのにできていなかった。これからは、本当に自分を幸せな気持ちにしてくれるものにだけ『Yes』と言うようにしたいです」

By Aimee Knight
Courtesy of The Big Issue Australia / INSP.ngo


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