東京・田端にある映画館『シネマ・チュプキ・タバタ』。座席数20席と小さな映画館ながら、2016年の開業以来、日本各地からここで映画を見たいと様々な人が訪れる。それはこの映画館が、視覚や聴覚に障害がある人、子連れの人、大きな音が苦手な人など、どんな人でも映画を楽しめる、日本唯一のユニバーサルシアターだからだ。 

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写真提供:シネマ・チュプキ・タバタ

今回は、代表の平塚千穂子さんに、ユニバーサルシアターを開いた理由や逆境のなかで映画館を続ける意義などについてお話を伺った。

目の不自由な人へ映画を届けることに奔走した15年。念願だった映画館設立に1,880万円の支援

平塚さんは元々、視覚障害を抱える人達が映画を楽しめるような環境づくりに尽力してきた。今でこそ視覚障害者用アプリの登場により、音声ガイド(※)つきの映画が見られる機会はだんだんと増えてきてはいるが、平塚さんがバリアフリー映画鑑賞推進団体『City Lights』を立ち上げた2001年当初は、視覚障害を抱える人が最新作を見られる機会はほとんどなかった。
※セリフや場面転換の間に、映像の視覚的な情報を補うナレーションのこと

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最初はボランティアスタッフが視覚障害のある人と一緒に映画館に行き、横に座ってその内容を伝えることからはじめた。その後は映写室でボランティアスタッフが音声ガイドを読み上げ、それを観客席にいる視覚障害のある人がラジオ電波を通じて受信できる仕組みを確立。

そして活動が15年続いた2016年、平塚さんのかねてからの夢だった映画館をつくるため、クラウドファンディングで資金集めを開始した。3か月で531名から約1,880万円もの支援金が集まったという。

『City Lights』の15年にわたる活動の信頼感と、これまでの多くの人が待ち望んでいた映画館だったことが、人々の心を動かしたのだろう。こうして『シネマ・チュプキ・タバタ』は誕生した。

採算があわないという理由で切り捨てられてしまうすべての人に、映画鑑賞の機会を

とはいっても、この映画館は対象者を視覚障害のある人だけに絞っていない“ユニバーサルシアター”だ。その理由を「せっかく映画館をつくるなら、目の不自由な人だけでなく、耳の不自由な人、車いすの人、子育て中の人など、これまで映画館に行くのをためらっていた、さまざまな人が安心して映画を楽しめる場所にしたかった」と話す平塚さん。

完成した映画館では視覚障害向けのイヤホン音声ガイドや、聴覚障害向けの字幕付きの上映が常に行われるほか、車いすスペースもある。親子向けに用意した鑑賞室は完全防音構造で、照明や音量を調整できるようになっているため、子連れの人以外にも、大きい音や暗闇が苦手な人などが利用することもある。

平塚さんはそんなユニバーサルシアターの意義を、さまざまな背景を持つ人が映画鑑賞の機会を得られるだけでなく、多様な人達が同じ空間で同じ映画を見ることにあると感じているという。

「例えば視覚障害のある方達って、自分が存在していることを音で表現するので、面白いところで手を叩いたり、笑ったり、映画館でも音を出すことに対してあまり人目を気にしない人が多いんですね。反応がピュアに出るというか。そうするとそれにつられて笑いが増幅して起きたり、拍手が起きたりします。面白いけど静かにしてなきゃいけないとか、そういう変な気遣いがないし、空間も狭いからお客さんの反応も伝播しやすい。いいムードが生まれやすいのではないかと思います。」

見知らぬ人同志が同じ空間で、同じ場面を見て笑っている。その居心地の良い空気感こそが、『シネマ・チュプキ・タバタ』の持ち味だと平塚さんはいう。「同じ作品をほかでも見たけれど、ここで見た方がほかのお客さんの反応もよくて面白かった」という声も届いているそうだ。

そして普段の生活のなかでは出会う機会の少ない多様な人々と一緒に映画を見ることは、お互いを知るきっかけにもなっていると話す。

「“目が不自由な人はイヤホンからの情報でイメージが浮かぶんだ”とか、 “耳が不自由な人は字幕を読んで音を想像するのか”とか、見知らぬ人同士が直接お話をしないにしても、ふとした瞬間に気づけます。映画を介しているからこそ、それが自然な形でできるのかな、と。」

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しかし手元のスマートフォンでも簡単に映画が見られる今、『シネマ・チュプキ・タバタ』のようなミニシアターが収益を確保していくのは、なかなか難しい時代になってきているのではないだろうか。その点を平塚さんはどのように感じているのか。

「元々、私がお金の勘定が苦手ということもあるし、採算が合うかどうかで、やるかやらないかを考えていないんです。むしろ一般的な映画館では採算が合わないという理由で、映画鑑賞の機会を得られない人達に、映画を届けたいという一心ですね。」

そんな平塚さんの思いを支えるのが、サポーター会員制度だ。年会費3,000円、5,000円、10,000円から選べる仕組みで、割引や招待券などの優待も受けられる。その会員が全国に800人もいるというから、『シネマ・チュプキ・タバタ』の必要性を多くの人が感じているということだろう。

ほかにも企業の法人サポーターや寄付、オリジナルグッズの販売、音声ガイドや字幕制作の収益によって、『シネマ・チュプキ・タバタ』は成り立っている。

制作者とお客さんをつなぐ。コロナ禍で改めて感じた、存在意義

コロナ禍で映画をネット配信で視聴するスタイルがどんどん普及していくなか、「劇場の役割とは何なのだろうか」と考えるようになった平塚さん。
行き着いたのは、『シネマ・チュプキ・タバタ』の存在意義は、制作者とお客さんをつなぐ場だということだった。

「うちはぽっと出の小さな劇場だから、こんなところにゲストに来てくださいなんて気楽には言えないな…と以前はおずおずしていたんですけど、この密度の中で制作者とお客さんが話をできることを、むしろ強みにするべきなんだと考えるようになったんです。」

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そこから積極的に映画監督などのゲストを呼び、舞台挨拶を企画するようになったという。

「監督さん達からも、“ここまでじっくりお客さんの声を聞けることはない”と喜ばれています。映画をつくる人達というのは、お客さんに届くことを心の支えにしているんだと思います。ここでいろいろなお客さんからの反応を見たり感想を聞いたりして、映画をつくってよかったと思っていただけているようだし、次の作品への意欲にもつながっているように感じます」と平塚さん。

全国で同じようにミニシアターを経営や、映画の上映会を行う“同志”にメッセージをお願いすると、映画の上映をぜひユニバーサルな形でも広げていってほしいと平塚さんは話した。“ユニバーサル上映”というと難しく聞こえるかもしれないが、今はアプリで音声ガイドが聞けるようなものも増えていてハードルも低くなってるという。

「映画の素材に字幕付きのものや音声ガイド付きのものがあるならそちらを選んでみるとか、車いすが入れる会場を考えるとか、ちょっと意識を向けるだけで、映画を見られる人がずっと増えるはずです。映画に携わっている人は、一人でも多くの人の心に何かを伝えたい、影響を与えたいという思いが軸になっているんだと思います。そして本来は映画を届ける先の人というのは障害の有無に限らず、すべての人に向けられているはずです。大変なことも多いですが、お互い諦めずに続けていきましょう。」

軒下販売でしか出会えなかった縁でビッグイシューが広がっていく

『シネマ・チュプキ・タバタ』では、月に2回、第2土曜日と、第4日曜日にビッグイシューの軒下販売会を行っている。2023年にビッグイシューが『シネマ・チュプキ・タバタ』で映画の上映会をしたことがきっかけだ。販売の機会を設ける理由について、平塚さんはこう振り返った。

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「販売者さんが立てる場所が減り、ビッグイシューを買いたくても買えない人がいると聞いて。少しでも貢献できればという思いがあったんです。そしてビッグイシューは映画との親和性が高いんですね。うちで上映している作品に登場している方や、上映していない作品でも俳優さんが表紙になることも多いので、映画ファンの方が手に取りやすい雑誌になっていると思います。」

軒下販売会だからこそ生まれた出会いもあるという。取材に同席したビッグイシューの販売サポートを行う丸山に、『シネマ・チュプキ・タバタ』の販売会で印象に残っていることを聞くと、視覚障害のある人がビッグイシューを買ってくれたことだと話した。

「『シネマ・チュプキ・タバタ』さんに映画を見にきた目の見えない方が、販売会をしている様子に気づいて“何を売っているの?”と声をかけてくださったんです。説明をしたら、“じゃあ読めないけど買っていく”と仰ってくれて。駅で販売者が立っていてもその存在に気づかれないことも多いのに、ここではみんなで話しながら和気あいあいと販売をしているので、目が見えない方にも気づいてもらえたのかなと思います。こうやってビッグイシューが広がっていくのがとてもうれしいし、軒下販売会ならではの出会いだと思っています。」

平塚さんも、丸山の言葉にうなずく。

「いろいろな場所でもっと販売会ができるといいですよね。駅前でひとりで立って販売していると孤独だと思うんです。もちろん、そういう孤独が好きな人もいるとは思うのですが、販売会をしながら気軽に話をすることで、ビッグイシューや販売者さんの存在が認識されて、一緒に支え合えるようになればいいですよね。」

実際、販売者のなかには『シネマ・チュプキ・タバタ』が好きになり、販売会の日以外でも足を運ぶ人や、販売会のあとに映画を見て帰る人もいるのだという。この日の販売者だった大塚さんも、ときに『シネマ・チュプキ・タバタ』のスタッフの方達と楽しそうに話しながら、道行く人に声をかけて販売していた。

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今回の取材を機に、平塚さんからは「どうすれば視覚障害のある人がビッグイシューを読めるようになるか」と知見やアイディアが次々とあふれ出て来た。ユニバーサルシアターの挑戦は、映画だけに留まらず、かかわった人との対話からどんどん広がっていきそうだ。

取材・記事・写真:上野郁美


●シネマ・チュプキ・タバタ

〒114-0013
東京都北区東田端2-8-4
TEL:03−6240−8480
オープン時間:初回上映の30分前
定休日:水曜日
URL:https://chupki.jpn.org/
オンラインストア:https://chupki.thebase.in/

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https://www.bigissue.jp/2022/06/23677/


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