都会近郊の磯で死滅回遊魚に出会える!—さとう俊さん

日本の海で熱帯魚が採集できるのを、ご存じだろうか。東京などの都会から2〜3時間で行ける磯辺で、見るもカラフルな熱帯魚に出会う。そんな嘘のようで、ほんとうのワクワクする磯遊びをご紹介。

(2009年7月15日発売、ビッグイシュー日本版123号より転載)

モノトーンの日本の磯 突如現れる原色の魚たち

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今回、熱帯魚採集の指南をいただくのは、磯遊び40年の経験をもつ採集家のさとう俊さん。熱帯魚採集の人気サイトを運営するなど、その筋では知る人ぞ知るカリスマだ。

ご自宅におじゃますると、さっそく南国の海を再現したかのような水槽が目に飛び込んでくる。潜望鏡のように貝殻から細長い目を突き出したマガキガイ、這う姿が〝美しいムカデ〟のようなウミウシ、それに手のひらを開いたり閉じたり、まるでジャンケンをしているようなイソギンチャク……。見たことのない生き物たちがうごめき、目の覚めるような色鮮やかな魚たちが泳いでいる。その魚たちは、ほとんど関東近辺の磯で採集できるというから驚く。

 

「カクレクマノミは、映画『ファインディング・ニモ』の主役で有名ですが、その仲間のクマノミは伊豆半島などに生息しています。白い渦巻き模様があるタテジマキンチャクダイは、ごくまれに外房(房総半島の太平洋側)に流れ着きますし、これとよく似たさざなみ模様のサザナミヤッコも珍しくて、採集できた時は磯遊び仲間で赤飯を炊いて喜ぶんです」

と、さとうさん。

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こうしたカラフルな魚たちを、大都会からほど近い磯で発見した時の感動は、人を磯遊びのとりこにせずにおかないという。

「日本の磯って、溶岩の影響なのか、黒っぽい石がゴロゴロとしていることが多いんですね。そんなモノトーンの世界に、突然、赤や青、黄色の原色の魚がポッと現れる。その色の落差がとても感動的で、僕自身、採集を始めたばかりの頃に三浦半島で真っ青にキラキラ光るスズメダイを見た時は、ほんとに腰を抜かすかと思いました」

謎多い、浅瀬の小魚たち

日本で熱帯魚が採集できるのは、赤道直下の太平洋からフィリピン付近を経由して北上してくる黒潮が原因。南の海で生まれた遊泳力をもたない卵や稚魚が、この黒潮に乗って数千キロメートルの長旅を経て、毎年夏頃に日本列島にたどりつくのだ。ただ、もともと彼らは南国生まれ。低水温に弱く、日本の冬を越すことができないため、ほとんどは死に絶える。そのため、彼らは「死滅回遊魚」と呼ばれる。さとうさんは、この毎年繰り返される彼らの非情な運命に、心がくすぐられるという。

「この現象を専門家用語では〝無効分散〟と言いますが、死滅回遊魚と言うと、ちょっとセンチメンタルな語感がありますよね。彼らはまだ赤ちゃんや子どもなのに、日本にたどりついても、せいぜい秋ぐらいまでしか生きられない。そうすると、こっちも『よし、助けに行くぞ』という気持ちになる。最近は飼育環境もいいから、採集して家で飼ってあげれば、20年ぐらい生きることもある。だから、磯遊びをする人の中には、自分たちを『死滅回遊魚救助隊』と名乗っている人たちもいるんです」

もちろん、採集の目的は、かわいそうな魚たちを助けることだけではない。磯で採れる幼魚や稚魚は、一般的な魚図鑑にあまり載っていないこともあって、磯に出かけるたびに新しい発見がある。彼らは、採集する側の知識欲を存分にかきたててくれる存在なのだ。

 

「海の魚というのは、子どもの頃と成魚とでは形や色、模様がぜんぜん違う場合が多いんです。たとえば、さっきのタテジマキンチャクダイの渦巻きは子どもの時にしかない模様ですし、港の岸壁から見ていてもトビウオでもないのに幼魚の時だけ羽を広げているような魚がいたりもする。そうすると、どうしてそんな不思議な形や模様をしているのかと自分で考えたり、いろいろ調べていくのがおもしろいんです。特にスキューバダイビングが普及してからは、魚類学者も深い海で研究する傾向があり、置き去りにされた浅瀬の小さな魚にはまだまだ謎が多いんです」

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たとえば、その謎のひとつが、死滅回遊魚の中に一定期間だけ身体を透明にする魚がいること。しかも、それらの仔魚は、回遊生活を終えて磯に定着すると、本来の色になるのだという。

「一度、捕まえてきて写真を撮ったことがあるんですけど、向こう側を泳ぐ魚が透けて見えるほど透明だった。なぜ透明なのか。僕の考えですけど、回遊している沖合の海では周囲に水しかない。だから、透明になることで捕食されにくくしているのではないかと思う」

魚は、小さければ小さいほどおもしろい。よく周囲には、そんな小さいのばかり捕まえてどうするの?と言われるそうだが、「僕は魚のロリコン。本当におもしろいのは、幼魚図鑑にも載っていない、顕微鏡で覗いてイラストでしか描かれたことのないような稚魚の辺りなんです」

江戸の「水中花見」。海のお花畑に魅せられた欧州女性

今でこそ、磯遊びをするのは特定の人に限られているように思えるが、実はその歴史は古い。西洋では美食家だった古代ローマ人が海岸の岩場や邸宅の庭に養魚池をつくり、大好物のウツボやカキを飼うなどしていたし、日本では江戸時代以降に庶民の間で磯遊びが花開き、古代の神事「浜下り」を起源にした潮干狩りが盛況だった。南部の一部地域では環形動物のイバラカンザシという生物が、まるで花を咲かすように鰓冠と呼ばれる器官を広げる様子を、舟を仕立てて観察する、いわゆる「水中花見」も行われていたという。

また、19世紀半ばには、イギリスで磯採集と水槽飼育の一大ブームが到来するが、当時、ブームを先導したのは女性だった。本来、グロテスクな生き物が多い磯に、なぜ女性が興味をもったのか。さとうさんは、その理由をこう推測する。

「暖流が流れていないイギリスにはカラフルな熱帯魚がいないので、おそらく当時の女性は魚よりも、クラゲやイソギンチャク、フジツボ、貝といった無脊椎動物に心を奪われたのだと思う。江戸時代の水中花見もそうですが、触手を広げたり、体から芽を吹いたりする無脊椎動物は花のように見え、海のお花畑として観察したのではないでしょうか」

戦後、日本では昭和30年代頃から海水魚の飼育方法を指南する本が登場するなどし、磯遊びは多くの人が楽しむ趣味となった。さとうさんは、世界広しといえど、一般の人々が近くの磯で遊ぶのは日本だけだろうと話す。

「海外の磯に行った時も、網を持って磯で遊ぶ現地の人を見たことがないし、ヨーロッパでは飛行機に乗って有名ポイントに出かけるような一部のお金持ちの趣味でしかない。磯遊びは、寒流があり、暖流も当たる日本のような地理的条件でしか成立しないのかもしれません」

 

そんな日本独特の文化ともいえる磯遊び。初心者が日本の磯で死滅回遊魚と出会うには、どうすればいいのだろうか。さとうさんは、「黒潮の流れが当たる半島を目指せば、熱帯魚に出会える」と指南する。

たとえば、関東圏なら房総半島の太平洋側や三浦半島の相模湾側、伊豆半島なら駿河湾側。関西以南では、紀伊半島の串本から白浜辺り、四国は足摺岬周辺、九州なら宮崎や天草周辺が、おススメという。期間は、6月末から10月末までだ。

「最初は、タイドプールと呼ばれる岩がゴロゴロした潮だまりを覗いてみるだけで十分楽しめます。海には1日2回の満ち干があるので、潮がいちばん引く1時間ぐらい前や、潮が満ち始めた1時間ぐらいだと、いろんな生物に出会える。魚というのはめぐり会いですから、必死に見つけようとしなくても、会える時には出会えますよ」

(稗田和博)

さとう・しゅん
1953年、岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒。高校時代に荒俣宏の実弟・幸男と同級生だったことから、それ以来、荒俣兄弟とともに熱帯魚採集・飼育を始める。00年、損保会社退社後は、作家、造形家に。主な著書に『天国にいちばん近い魚』(ブッキング)、『磯採集ガイドブック』(阪急コミュニケーションズ、荒俣兄弟と共著)など。