「どうせ野宿初日は絶対に寝れないから!」 販売者の言葉が身に沁みた。 さまざまな思いが交錯した、段ボールハウスの夜 ―――「一夜のホームレス体験会」参加レポート

一般市民がダンボールハウスで野宿を体験する「人生を見つめなおす一夜のホームレス体験会」が8月27~28日、大阪市内で開催された。主催のビッグイシュー日本が、雑誌販売の環境が最も厳しい8月に少しでも販売者の収入になるイベントを――と企画。

「野宿」という究極の非日常体験で、参加者たちは何を感じたのか。日本初となる野宿体験イベントを、ビッグイシューライターの稗田和博がレポートする。

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午後17:00 スタート 参加者は20~30代中心。「当たり前の生活を見直したかった」

え? なんで、お金を払って野宿なの?

「ホームレス体験会」と聞いて、たいていの人は狐につままれたような顔で、そう言った。参加費を払って、わざわざ野外でダンボールを敷いて寝る意味がわからないと。もっともである。海外ではウイリアム王子がホームレスの実情を知ろうと路地で野宿体験したのは有名だが、それはチャリティ文化の盛んな英国での話。ここ日本で、しかも有料イベントとして野宿体験が成立するとは正直、思えなかった。

が、当日、野宿場所には関西圏に住む大学生や社会人ら12人が参集。なかには東京の遠方から駆けつけた強者(つわもの)もいた。なにより驚いたのは、ほとんどが20~30代の若者で、うち半数が女性だったことだ。聞けば、参加者の多くは「直観で行きたい」と思ったらしい。「早く応募しないと、すぐに定員いっぱいになる!」と慌てたという人もいた。男性参加者はおおむねホームレスの生活やビッグイシューに関心を寄せ、女性陣は野宿という非日常体験に興味を示す傾向が見られたが、ある女性は参加理由をこんな風に語ってくれた。

「以前、ビッグイシューを買った時、販売者さんが深々とお辞儀するのを見て、自らを反省したことがあるんです。コンビニなどマニュアルの“ありがとう”は世の中に溢れているけど、彼らのように本当に心から誰かに感謝する日常を自分は生きているだろうかって。一晩で分かるわけはないけど、彼らと同じ野宿の先にどんな光景が見えるのか。体験することで、今ある自分の当たり前の生活を見直してみたかった」

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18:00 寝床作りワークショップ 先生はホームレス。ダンボールハウスは毎日が新築!

今回、野宿場所となったのは、大阪市内の「北加賀屋みんなのうえん」。キッチンやサロンスペースも併設した、いわゆる市民農園の敷地内である。さすがに路上のリアルさは望めなかったが、“先生役”を務める販売者11人が自らのホームレス経験をもとにダンボール探しや寝床づくりを直々に指導。これが、参加者たちの好奇心を大いに刺激した。

「体を支えるために、ダンボールは分厚く丈夫なものを。できればティッシュや衣料品の梱包用が最適」

「ダンボールのツルツル面を下にすれば、水や外気を遮断してくれる」

「失くして一番困るのは靴。貴重品と靴は枕元に敷いて寝るのが常識」

手際よくダンボールをばらしながら、次々に飛び出す路上生活の生きた知恵に、一同は感嘆の連続。特に女性陣はダンボールの寝心地に興味津津で、一夜限りの“マイホームづくり”を楽しんでいた。

説明によれば、ダンボールハウスは大きく分けると、①地面にただ敷く「敷くだけスタイル」②オールシーズン使える「囲いのみスタイル」③囲いのみスタイルにふたをのせる「囲い&ふたスタイル」④ダンボールをつぶさず箱のまま直方体をつくる「箱タイプ」の4タイプ。これは全国ほぼ共通しているようで、これらのタイプを季節や場所、好みに応じて使い分けるという。

実際、体験してみると、ダンボール探しで訪れた薬局では、店員に一声かけるだけで、店の奥から荷台に乗った大量のダンボールがスッと現れ、こんなに簡単に手に入るものなのかとちょっとびっくり。寝床づくりでは、最も簡単な「敷くだけスタイル」を選び、ダンボールを2枚重ねで敷いて一丁上がり。少しばかりプライベート空間が味わえる「囲いのみスタイル」の女性部屋も、販売者らの手を借りればあっという間で、ダンボールハウスがいかに最低限の寝心地を担保した簡易性重視の「わが家」であるかを思い知らされた。

先生に言わせれば、「ダンボールハウスは毎日つくるから、言ってみれば、毎日新築の家に住んでいるようなもの」とのことである。

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20:00 人生シェアリング  それぞれの人生の分岐点。「本を何冊も読んだような濃い対話」

夜には、具だくさんのけんちんうどんとおにぎりの炊き出しをいただいた。なんでも元割烹料理の板前だった販売者が腕をふるったとのことで、これがまた美味。大勢で囲む食卓の会話も大いに弾んだ。 食後は、グループに分かれての「人生シェアリング」。販売者と参加者が、お互いのつらかったことや後悔、うれしくて感動したことなど人生の分岐点となった出来事を語り合ったが、なかでも販売者たちのホームレス体験は参加者の心に強く響いた。ある男性は失職して路上生活を余儀なくされ、最後の500円でキャベツ焼きでも食べて人生を終わりにしようと思っている時、ビッグイシューに出合った。初めて雑誌が売れた時、手の平の350円を見ていると体がブルブル震えだし、トイレに駆けこんで号泣。「最初のお客さんの顔は一生忘れない」と語った。 また、触発されるように参加者らも、それぞれの人生の分岐点を語り、思わず涙する場面も。初対面だからこそ本音で話せることもある人生シェアリングは、「いろんな人がさまざまな悩みを抱えて生きている」「本を何冊も読んだような濃さ」を味わう場となった。

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22:00 就寝・野宿 悲喜こもごもの夜。必要なのはハウスではく、ホーム

そして、いよいよ人生初の野宿。夜10時という早い就寝だったが、一堂が早々にダンボールに潜り込む。月明かりのもと、20~30人のダンボールハウスが居並ぶ光景は冷静に眺めると異様だったが、体を横たえると、ダンボールのクッションは意外に悪くなかった。「こりゃ、よく寝れそうだな」。そう思ったのも束の間、気持ちが昂っているのか、休もうとする身体とは裏腹に神経が妙に冴える。何度も寝返りをうち、うつ伏せも試してみたが、なかなか眠りに落ちない。「なんだかんだ言っても、どうせ野宿初日は絶対に寝れないから!」。そう言っていた販売者の言葉が身に沁みた。明け方には、野ざらしの身体に吹きつける風の冷たさに、本気で「真夏の夜に凍えるのでは?」と思い、ダンボールを掛け布団代わりにかぶった。

眠れない夜を過ごしていたのは、実は他の参加者も同じだった。翌朝、感想を発表しあうと、「よく寝れた」という人もわずかにいたが、多くは静寂の中で悲喜こもごもの夜を過ごしていた。

「雲が端から端まで流れるのをずっと見ていた。羊を何匹数えたかわからない。とても辛かった」

「足がしびれたり、寝返りをうったり。風や虫など自然の音ってこんなにするのかと思った」

「自分が想像以上にデリケートなんだと知った。このまま朝まで眠れないんじゃないかと不安だった」

なかには「インドの電車の中を思い出しながら寝た」「昔、好きだった女子の夢を見て飛び起き、これが未練か…と思った」という人もいて、さまざまな思いが交錯したダンボールハウスの一夜はまるで走馬灯のようだった。

そして、野宿体験を経て参加者の多くが感じたのは、「自分には今日帰ってゆっくり寝ようと思える家がある」ということ。それは、単にダンボールハウスのような寝床としての家ではない。「必要なのはハウスではなく、ホームなんだ」という声も出ていた。

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翌朝8:00 解散 “かりそめのホーム”と身体に刻まれた野宿の記憶

体験会の帰り道、「普段よりぐっすり寝れた」という販売者たちの言葉が脳裏に浮かんだ。「今日は財布や靴が盗まれる心配がなく、安心だった」「土の上は、やっぱりよく寝れる」などなど。「自分にはもう身寄りが一人もいないけど、今日は親戚がたくさんできたようで嬉しかった」と語る販売者もいた。体験会は、一般の人たちが野宿体験をするイベント。だが、図らずもそれは彼らの「かりそめのホーム」を体験する会にもなったのではないか。そんなことを感じた。

と、同時に、朝の身体に残った野宿の疲労感はなかなかのものだった。目覚めも良く意識は冴えていたが、ダンボールの上でガチガチだった身体はどこか気だるく、かといって家に帰ってもうまく眠れない。結局、その日は仕事にならず、ピンピンしていた販売者たちを少し恨めしくさえ思った。あの何とも言えないもやもやとした身体の気だるさ。かくして、自身のホームレス体験は、言葉や感情のみならず、身体の記憶として深く刻まれることとなった。

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