「ウォッカの飲み過ぎで早死に」は短絡的。ロシアの働き盛りの死亡率を押し上げた労働市場の混乱

 ここ数年、日本ではアルコール度数の高い缶飲料が店の棚の多くを占めるようになった。

各社が競って度数の高い飲料を発売しているところを見ると、「安く酔える」ことが支持されているのだと考えられるが、なぜ以前と比べて人々が「安く酔い」たくなったのかを、ロシアのアルコール過剰摂取と死亡率の記事を参考に考えてみたい。


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ロシアでは、この25年間で若い世代の死亡率が高まるとともに高齢化も進み、街ごと消滅するレベルにあるという。その原因はひとえに「アルコール摂取過剰」にあるとされてきたが、国連のシニア経済専門家は、それだけでは十分な説明にならないとみている。

1990年代初頭、ロシアで死亡率の急上昇ならびに急激な平均寿命の低下が起きた。これは、戦争、伝染病、飢饉など大災害が起きていないなかでは、人類史上に例を見ないほどの大きな振れ幅だった。
具体的な数字で見ると、死亡率は1987年の1.0%から1994年には1.6%に上昇、平均寿命は70歳から64歳にまで下がった。経済規模も1989年からの10年間で約半分にまで低下、貧富の差が広がり、犯罪、殺人、自殺率も急増した。

死亡率の上昇は中年男性に最も顕著で、主な原因は心疾患だった。その背景としては、実質所得の減少、栄養不足、環境悪化、ソビエト時代の医療制度の崩壊、アルコール依存や喫煙率の急増などが挙げられてきた。

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しかし、肉や乳製品の摂取が減ってパンやイモ類が増えるといった食生活の変化だけでは、すぐさま心疾患は増加しない。医療制度の崩壊や喫煙が原因だとしても、影響が出るにはもっと長い時間を要する。同時期に工業生産高が急減したことを踏まえると、環境汚染もその原因とは考えにくい。もちろん、これらが一因となっていることは間違いないが、死亡率の急上昇を説明するには十分ではない。

となると、他に考えられる要因は「アルコール消費の増加」と「ストレス要因の高まり」だ。

アルコール過剰摂取はどこまで影響したのか

西欧では、ロシアの死亡率上昇について西欧側に責任はないとする説が有力で、ゴルバチョフが80年代末から90年代初頭に展開した禁酒運動が終わりを迎え、ウォッカをはじめとするアルコール消費量が増えたせいだと考えている。

消費されるアルコールには非合法のもの、密輸されたものが含まれるため、ロシアでは「アルコール中毒による死者数」がアルコール消費の実態を如実に表すとされている。アルコール中毒による死者数は、90〜91年には人口10万人あたり10人だったが、94年には約40人まで急増、自殺や殺人による死者数を上回った。蒸留酒の価格が下落したことも影響しているだろう。しかし、アルコール過剰摂取が死亡率急上昇の原因とするこの説明は、十分に納得できるものではない。結局のところ、アルコール需要は他の商品と同じで、価格ではなく個人の所得や購買力と比例しているのだから。

実際、2002〜09年にかけて、一人当たりのアルコール消費量は上昇または横ばいだったのに、死亡率は外的要因(事故、殺人、自殺、薬物乱用など)によるものも含め低下した。さらに、90年代の一人当たりのアルコール消費量は80年代初頭と比べて同じか下回る程度だったのに、総死亡率は5割増、外因死は倍増したのだ。

ゆえに、アルコール消費量の増加だけが死亡率上昇の原因とは考えにくい。総死亡率、外因死、アルコール消費量、これらが一斉に増加したのには、別の要因が関わっていると考えられる。それは「ストレス」だ。

急激な経済変革によって増大するストレス

ロシア国民のあいだにストレスが増大した要因は何だったのか。なぜ働き盛り世代の死が増えたのか。

その原因は、ソ連崩壊後に起きた「ショック療法」的な経済変革にある。急激な変革により、失業率、労働の流動化、移住、離婚率などが上昇、所得格差が広がり、ストレスレベルが高まったのだ。

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これらの変数を組み込んだ「ストレス指数」が、ロシア連邦下の平均寿命の推移を的確に予測した。それによると、1990年代に40〜50代の壮年男性が多く死亡したのは、失業、転職・転居、各地で広がる格差、離婚が原因だった。

繰り返しになるが、1990年代にロシア国内で起きた死亡率上昇の主な要因は「急激な経済変革」だ。労働市場が大きく混乱し、個人または世帯レベルで経済不安が高まり、格差が急拡大。その結果、ストレス要因が劇的に高まり、死亡率の急上昇につながったのだ。

By Vladimir Popov and Jomo Kwame Sundaram
Courtesy of Inter Press Service / INSP.ngo

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