ラジオの普及度99%。異常気象、健康、教育、時にリスナーが議論 ―インド全域に200局、村民がつくるコミュニティラジオ放送

人口12億5千万、公式言語は18、母語として登録されている言語は1652を数えるインドには、現在200ほどのコミュニティラジオ局が存在する。農村のニーズに密着し、全国メディアにも地方メディアにも取り残された地域に浸透している。


時刻は午前8時。インド南西部のカルナータカ州、IT産業の中心地である州都バンガロールから70キロほど離れたアヌゴンダナハリ村では、農夫たちが熱い紅茶を片手に1台のラジオの周りに集まっていた。FM90・4から流れているのは、地元のコミュニティラジオ局「サラティ・ジャラク」の番組で、その日のトピックは異常気象だった。

「異常気象についての知識はまったくありません」と、60歳の農夫ラム・クティは言う。「だから、どうすれば自分の畑を守ることができるのかを、専門家の人たちがやさしい言葉で教えてくれるのは助かります」

「地元の人々が共感できるような重要な問題を紹介するようにしています」と、2012年に「サラティ・ジャラク」を設立したD.S.シャマンタは話す。「他のメジャーなラジオと同じように、あらゆるトピックについて情報を発信しつつ、そこに地元ならではのエッセンスを加えています。女性・子どもに対する暴力、健康問題と教育、畑で働く女性へのセクハラ問題などのテーマを取り上げた放送には、特に大きな反響がありました」

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「サラティ・ジャラク」制作現場。同局のパーソナリティの大半が女性だ  
Photo: Sarathi Jhalak/IPS 

アヌゴンダナハリから遠く離れ、ヒマラヤ山脈を背にするウッタラーカンド州にあるチャンバの丘陵の奥深くでは、「ヘワル・バニ」のラジオパーソナリティがリスナーに、女子教育に関する新シリーズを聴くように呼びかけていた。

20人あまりの地元の若者が始めた「ヘワル・バニ」。この局のパーソナリティたちは全員が地元の村民であり、それ以外にも村の内外から毎日10~15人ほどが局を訪れ、番組に参加し意見を述べている。

「政府の方針に関する話題から、財政や法律の話まであらゆることを、村人たちに理解できるように解説します」と、ボランティアスタッフのビジャイ・ケトラパールは話す。
「教師や親、弁護士を定期的に招いて各々の意見を述べてもらいます。私たちの狙いはリスナー同士で討論・議論をしてもらうことにあり、そこで出された意見は真剣に受け止めています」

ほとんどのコミュニティラジオ局で、放送の中身を作るのは地元の村の人々である。原稿を書き、トークショーを主催し、編集や音声調整の技術をマスターし、アンカー役まで務める。村の各所に村民レポーターを配置しているラジオ局さえある。

02年にインド政府が非営利のコミュニティラジオ局の開設を許可すると、自発的なグループが次々と生まれた。その年のうちに十数ヵ所のラジオ局が放送を始め、現在では200ほどまで広がっている。

「こうしたコミュニティラジオは公共放送としての役割を果たし、地元住民の意見を代弁しています。弱い立場にある人たちが意見を述べ、地元の有力者に働きかけて、問題解決を促すことができるのです」と語るのは、ニューデリーのジャミア・ミリア・イスラミア大学でジャーナリズムを教えるキルティ・シレ博士だ。

今、インド各地で、人々がコミュニティラジオ放送に触発されて屋外にトイレを設置し、調理に薪の代わりに牛糞を用い、子どもたちを学校に通わせている。インド人口の7割以上が農村部に住み、その大半が電気、電話やインターネットがつながる環境にない。そうした村々は未だ識字率も低く、ラジオが唯一の大衆伝達手段となっている。

「テレビがインドの世帯の60%に普及しているとすれば、ラジオは99%。費用効率の高い、強力なツールとなっています」とシレ博士は指摘した。
(Neeta Lal/ Courtesy of INSP.ngo / IPS)

※上記の記事は2016-05-15 発売のTHE BIG ISSUE JAPAN287号の記事を転載したものです。
https://www.bigissue.jp/backnumber/287/

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“人生のどん底の過ごし方”をも語る。2015年6月、大阪の門真市で「人を応援するラジオ」をコンセプトに、「ゆめのたね放送局」をスタートさせた岡田尚起さんと佐藤大輔さん。二人は「生身の人間の息遣いがリスナーに届くのがインターネットラジオ。家庭、職場、学校ではない第3の場として生まれた“SNS”を超える、人がつながる第4の居場所にしたい」と話します。
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