福島市から米国に避難し、DV(ドメスティック・バイオレンス)被害者保護シェルターで暮らした母子がいる。福島市から避難した加藤美智子さん(48歳)と息子の正義くん(9歳)親子に、2018年3月、カリフォルニア州ロサンゼルスで会った。
子どもへの被曝を避け避難助成制度を利用して渡米
「米国に避難することにためらいはあったのですが、とりあえず1日でも長く福島を離れられたらと思って」。加藤さんは02年から米国に滞在、そこで知り合った男性と06年に結婚し、グリーンカード(外国人永住権)を取得した。その後、夫のDVが原因で別居し、当時生後5ヵ月の正義くんを連れて日本に帰国、福島市内の両親の支援を受けながら実家で子育てをしていた時に震災に遭った。
震災当日、福島市の自宅が断水、停電になった。余震が続き、両親の助言もあって近くの避難所に正義くんと避難。時間が経つごとに原発周辺からの避難者が押し寄せてきた。「仙台で津波に遭いましたが、なんとか助かりました」と話すあざだらけの女性。夜は疲れ切った人々の地響きのようなイビキ。「私は津波被害を受けていないのに子どもを連れて避難していていいのかな」と思ったが、加藤さん親子の避難を批判する人は誰もいなかった。
翌日、避難所のテレビには福島第一原発の建屋が爆発している映像が映し出された。原発近くから避難してきた人が、マスクもつけずに外を歩く人を見て「大丈夫かしら」とつぶやいた。それが「放射能の問題」だと理解したのは、しばらく後のことだった。
両親からは「幼い子どもがいるから、放射能を避けて避難したほうがいい」とアドバイスをもらい、週末は放射線量の低い地域で過ごしたり、東京に短期の自主避難もした。そのような中、企業の避難助成制度を利用して米国の別居中の夫のもとへ3ヵ月滞在。一旦日本に帰国したが、何も変わっていない福島の状況を見て加藤さんは、「子どもをこれ以上被曝させてはいけない……」と再渡米を決断する。避難、保養を続けることも限界に達していた。そして13年1月末、別居していた夫のもとへ。
渡米4ヵ月後に手術、原発問題のスピーチ、反響を呼ぶ
米国に来てわずか4ヵ月後、加藤さんの子宮がんが判明。帰国を考えたが、医者から「絶対に福島に戻ってはいけない」と説得され、現地で手術を受けた。手術は無事成功。ところが、夫が再度ひょう変する。アルコール依存だけでなく、薬物依存もあったのだ。手術から抗がん剤まで厳しい治療を受ける中、言葉や経済的、精神的に暴力を受け続けた加藤さん親子は支援を受けてシェルター(保護施設)へ。その後3年の月日を経て、シェルターから公営住宅に移り、18年2月にようやく二人だけの静かな生活を手に入れることができた。
ロサンゼルスで避難生活を送る正義くんと美智子さん
しかし、加藤さんの病気が判明した13年5月には、離婚家庭の子ども連れ去りを禁止したハーグ条約(※)締結を日本の国会が承認し、14年4月に条約発効。子どもが18歳で成人するまでは、子どもを連れて日本に帰国できなくなってしまった。
※国境を越えた不法な児童連れ去りの防止を目的とした多国間条約。夫婦の一方が子どもを無断で国外に連れ去った場合や留め置いた場合、連れ去られた側の申し立てを受け、原則として子どもは連れ去られる前に居住していた国に戻される。
17年8月、加藤さんはロサンゼルスで開かれた「ヒロシマ・ナガサキ慰霊平和集会」で原発事故後の体験をスピーチした。大きな反響を呼び、複数のメディアで報道され、大学の授業でも取り上げられた。18年8月に長かった離婚調停が終わり、正式に離婚。子どもの親権は元夫と共有する形になったが、加藤さんの監護権が100%認められた。元夫が取り上げていたパスポートは、裁判所命令を受けて手元に戻ってきた。今年は日本への一時帰国を計画している。
「大変なことばかりでしたが、多くの支援者や理解者に支えてもらっていること、米国の公的扶助で息子が充実した教育を受けられていることに感謝しています。ハーグ条約があるので子どもが18歳になるまでは日本に完全帰国はできませんが、福島に時々帰りながら、米国を拠点にがんばりたい」
支援者の一人は「大変な状況なのに、元夫の問題以外で彼女の不平、不満を聞いたことがない」と語る。がんの再発の不安を抱えるが米国の友人に支えられ、加藤さんは地元の短大に通いながら、次なるステップアップを探っている。
(写真と文/藍原寛子)
(写真と文/藍原寛子)
あいはら・ひろこ 福島県福島市生まれ。ジャーナリスト。被災地の現状の取材を中心に、国内外のニュース報道・取材・リサーチ・翻訳・編集などを行う。 https://www.facebook.com/hirokoaihara |
*2019年2月15日発売の『ビッグイシュー日本版』353号より「被災地から」を転載しました。
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