これまでは、人類が「宇宙での法律」について考えなければならなくなるとは思いもしなかった。
*NASA astronaut accused of first crime in space
Image by Pexels from Pixabay
—
別居中の夫の銀行口座に不正アクセスしたとの疑いを受けているのは、国際宇宙ステーションに滞在していたアン・マクレーン宇宙飛行士。(報道では本人はその容疑を否定している。)
ここで疑問が生じる。宇宙空間ではどの国の法律が適用されるのか?
シンプルに考えると「容疑者がアメリカ人で、被害者とされる人物もアメリカ人なら、米国の法律で裁かれる」が答えになりそうだ。しかし、もっときちんと答えるなら事は少々複雑になる。宇宙旅行、宇宙の軍事化および商業活動が進み、今や50ヶ国以上が宇宙活動に従事しているのだから。
宇宙空間での犯罪、判断の拠りどころは「宇宙条約」
そもそも宇宙は、公海と同じで「すべての人々の共有物」と考えられている。特定の個人のものではなく万人に属し、どの国も領有権を主張できない。しかし、だからといって、国レベルの法律が適用されないわけではない。
写真: by NASA (Unsplash)
国際法では、国家が領土外にも司法を行使できる権利を定めている。例えば「属人主義」に則ると国境の外で自国民が犯した犯罪を裁くことができるし、「世界主義 」に基づけば略奪行為のような国際法違反者を訴えることができる。幸い、宇宙での略奪行為はまだ起きていないが…。
宇宙を管理するのは主に、「宇宙条約」、「宇宙救助返還協定」、「宇宙損害責任条約」、「宇宙物体登録条約」、「月条約」(いずれも通称。正式名称はもっと長い)の五つの国際協定だ。すべて「国際連合宇宙局」が制定したもので、このうち、宇宙空間での犯罪行為について判断の拠りどころとなるのが「宇宙条約」である。
この条約で規定されていることというのは、大ざっぱに言うと、宇宙空間の探索および利用はあらゆる国の利益のために自由であること、いずれの国家も主権を主張できないこと、月などの天体は平和目的でのみ利用できること、国家は自国の宇宙活動に責任を持ち、損害が生じた場合は法的責任が生じるということ等だ。
Image by WikiImages from Pixabay
宇宙で犯罪が起こると、原則としては犯罪者の国の法律、もしくは犯罪が起きた宇宙船が登録されている国の法律に委ねられる。なぜなら、宇宙条約は個人に対する「国の権限」を保証しているからだ。
しかし「個人」の意味するところが明確に定義されていないため、例えばオーストラリア人宇宙旅行者(民間人)がアメリカ登録の宇宙船に搭乗して犯罪を起こした場合、どちらの国の法律が適用されるのかなど、疑問が生じる。
国際宇宙ステーションの政府間協定
実際には、国際宇宙ステーションについては参加国間で取り決めた「政府間協定」がある。犯罪が発生した際には、容疑者の国籍によってどの国の法律が行使されるかが明文化されている。
「カナダ・欧州加盟国・日本・ロシア・アメリカは、宇宙飛行中の自国民に対して、それぞれ自国の法を適用できる」
話を戻すと、マクレーン宇宙飛行士はアメリカ人だ。そのためアメリカの刑法が適用され、これを「積極的属人主義」という。このケースでは被害者もアメリカ人なので、非常にシンプルだ。
しかし、もし被害者が他国の人で、さらにアメリカが犯人の起訴を保証しない場合は、その被害者の国の刑法が適用されることになる。これを「消極的属人主義」と呼ぶ。また、犯罪が起きた場所がステーション内の他国セクションだった場合は、当該国の刑法が適用される可能性もある。
国際宇宙ステーション外で犯罪が起きた場合は、さらに込み入った状況になるかもしれない。宇宙の刑法に関する条約は「国籍」に大きく依存しているため、犯罪者が二重国籍だったりすると複雑になりかねないのだ。
宇宙旅行者の増加を見据えて
2001年、デニス・チトーが民間人として初の宇宙旅行を実現した。それ以降、自費で宇宙に行った民間人はわずか7人どまり。しかし、宇宙旅行ビジネスを展開するヴァージン・ギャラクティック社に言わせると、今後は「民間人や研究者が定期的に宇宙旅行するようになる」とのこと。
これから増えるであろう宇宙旅行者たちは国際宇宙ステーションには滞在しないだろうから、先述の「国際宇宙ステーション協定」は適用されない。おそらくは、宇宙船が登録されている国の刑法が適用されることになろう。だが、宇宙旅行者の出身国が司法権を主張しだすと、やっかいなことにもなりうる。
もう一つの問題は、宇宙はどこから始まるのかだ。地球の大気圏には確かな境界線がない。そのため、特定の高度において航空法が適用されるのか宇宙法が適用されるのかの判断は容易でない。また、宇宙に向けて飛び立った宇宙船が、他国の領空を侵犯したかどうかの判断も難しい。
Image by Jonny Lindner from Pixabay
最後に、大量虐殺・人道に対する罪・戦争などの重大犯罪が宇宙で起きた際には、国際刑事裁判所の司法権が行使されるかもしれない。実際に宇宙を新たな軍拡競争の場とみなす人々が現れている今*、それが現実とならないことを祈るしかない。
*宇宙からのミサイル防衛強化を発表する米トランプ大統領(2019.1.17)
Space is new arena for war, Donald Trump says as he unveils missile defence strategy
By Danielle Ireland-Piper(ボン大学、憲法および国際法の准教授)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
宇宙関連記事
・火星移住計画「マーズワン」候補者に聞く、二度と地球に戻れなくても火星を目指す理由
星空関連のバックナンバー
THE BIG ISSUE JAPAN328号「2018年 星空の誘惑」
https://www.bigissue.jp/backnumber/328/
ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?
ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
提携している国際ストリートペーパー(INSP)や『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの記事を翻訳してお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。