コロナの影響で閉鎖する「孤独なアルコール依存症者たちの居場所」はどんな場だったか

 新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、あらゆる経済活動が停滞し始めている。しかし「人々が顔を合わせること」を自粛することで、経済的な面以外でも相当な窮地に陥る人たちも多い。社会的に”持たざる者”たちの居場所などはその典型だ。


欧州では特にイタリアやスペインでの甚大な被害状況がクローズアップされているが、スイスも同じくロックダウン中だ(2020年4月9日現在)。人が集うための場を運営していた人、そこに集うことで救われていた人たちは今頃どうしているのだろうかーーそういうことにも想いを馳せてみたい。

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社会の片隅に追いやられた人たちが心を落ち着けて集える場 ー スイス・ベルン州のビールという街で開催されていた「ディッチュ・ミートアップ(Ditsch Meetup)」はまさにそんな場だ。そもそもはアルコール依存症者のためにつくられたが、その後はさまざまな意味の “持たざる者” たちに開かれた場となっている。

タバコの煙が充満した室内。バーカウンターの周りには10人ほどが群がり、5人が角のテーブルを囲んでいる。今夜はほぼすべての客が、コンテナを改造したこの喫煙ルームに身を寄せている。

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Photos by Jonathan Liechti 

バーテンダーを務めているのは設立者のジム・クロスナー。黒いジャケットをまとい、バイカーひげに歪んだ鼻(3度の骨折で)、その風貌はまさに“用心棒”というところ。薬物と強い酒は禁止、このルールを徹底していることで彼は厚い信頼を得ている。

腰につけた鍵束をじゃらじゃら揺らしながら、ビールの空き缶を集めてまわるクロスナ―。それも終わると部屋の隅に立ち、人々が酒やタバコを片手におしゃべりする様子を満足げに眺める。「私たちは “はみ出し者” からはみ出た存在なんです」と言うクロスナ―。「どんな?」と訊き返すと、「はみ出し愛好者たち、ですかね」口元に笑みを浮かべて言った。

スイス初、有志が立ち上げたアルコール依存症者のための集いの場

2年ほど前にオープンしたこの「ディッチュ・ミートアップ」は、おそらくスイスで唯一の“有志が立ち上げた” アルコール依存症者更生を目的とした場だ。 州政府も自治体も費用負担なし。シュタットゲルトナライ公園内のコインランドリーとして使われていた建物を改修する費用18,000フラン(約200万円)は設立者らが自腹を切った*。

*一方、スイス・ベルン市で実施されている依存症者のためのカウンセリング付きの集まりには、州政府から年間約25万フラン(約2800万円)が支払われている。

週6日営業、オープン時間は正午から午後10時まで。クリスマスも大晦日も休まない。定休の月曜日に、飲み物の買い出し、会計作業、店内の清掃を行う。

午後の時間帯に中庭に集うゲストたちは、太陽の下で腰を下ろし、ゲームをしたり、ワッフルやチップスをつまんだり。アスファルトの上で寝そべる大型犬、小さなわんこたちはプラスチックの椅子の上で毛布をかけてもらっている。赤ちゃん連れの母親たちもよく顔を出す。「アルコール依存症者のための集い」のサインがなければ、市民農園の共有スペースのような雰囲気だ。

だがここの客たちは自分たちのことを「社会からの疎外者」と呼ぶ。 仕事がないから、お金がないから、毎日ビールを飲んでるから… 社会から疎外された理由はさまざまだろう。でもだからと言って、自分で責任も取れない人間というわけではない。

「私たちは、いわゆる “アルコール依存症者の集まり” というイメージを脱却したいと思ってます」会計担当のウィリー・チャン(68)が言う。

お客にとっては懐を痛めずに人と交流できる場だ。 年間10フラン(約1120円)の会員制(特典は総会で提供される無料ソーセージだ)で、一番高い缶ビールで2.5スイスフラン(約280円)。多くの人が注文する格安ビールは1.2スイスフラン(約135円)。音楽コンサートやDJを招いたイベントを開催することも。

仕事をしていないビール愛好者は「アルコール依存症」?!

ここ「ディッチュ・ミートアップ」の客のあいだでは、“アルコール依存症”というレッテルを貼られることについてよく話題になる。

「毎日ビールを飲んでいるなら、それはれっきとしたアルコール依存症だよ」 客の一人マルクスはビール缶をテーブルに置くと、周りの者たちに同意を求める。

「医者に言われたんだ!ビールをがぶがぶ飲む奴はまさにアルコール依存症だって。でも俺だって自分のやるべきことはちゃんとやってるし、誰にも危害を与えてない。外出するときも必ずシャワーを浴びてる」

暑い夏の日、このクラブではビールよりミネラルウォーターの方がよく売れる。なのに新聞などで記事になると、設立者やここに集まる人たちは “アル中たち” “アルコール乱用者”と書かれる。「俺らが “アル中の集まり” と言われるのは、金もなく、仕事のない奴が多いから」とマルクス。

※本来「アルコール中毒」と「アルコール依存症」は異なるものですが、世間の偏見からの言葉であることを示すために「アル中」という表現を使っています。

過去のある運営者がタッグを組んだ

障害年金受給者であるクロスナーと、中小企業経営を引退したチャンの二人は、週6日、報酬なしでこの集いの場を運営している。他にシフト制のスタッフが2名いるだけだ。

クロスナーは元森林警備隊員で、建設現場でも働いていた。腰を痛めて働けなくなってからは、ローベルト・ヴァルザー広場で過ごすようになった。

今やクロスナ―の“右腕”となっているチャンとは以前から共通の友人を通じて知り合いだったが、お互いをよく知るようになったのはこの店を一緒につくることになってからだ。 「ビジネス経験のある彼と一緒にやりたいと思ってたんです」とクロスナ―。

チャン自身はほとんど酒を飲まない。「ディッチュ・ミートアップ」が飲酒しない人にも開かれている何よりの証拠だ。コーラを飲みながら、これまでの人生を語ってくれた。

「荒れた家庭環境で育ったので、底辺の暮らしがどんなものかよく分かっています」 。バーゼルの里親に育てられたこと、製菓職人を目指して見習いまでいったが小麦アレルギーであることが分かり夢を諦めたこと。国内各地を転々とした後にこの街にやって来たこと……。

「どんな時もまずは相手の素性を知ろうとする姿勢が必要。私はここで、ビールをこよなく愛するけど、すばらしい人たちに多く出会ってきました」

クロスナーが店全般を取り仕切り、チャンが会計を担当。 二人がエネルギーを注げる、とても大事な場所となっている。とはいえ長時間営業な上、コンテナの修理も必要。放っておけば、近いうちに床が抜けてしまいかねない。「完成までまだまだかかりそうです。でもやっと手に入れたスペースですからね」クロスナーは満足そうだ。

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Photos by Jonathan Liechti 

この取り組みの成否は彼らの肩にかかっている。「お互いが今何をしているかをよく理解しあっています。信頼し合い、背中を押し合っています」とチャン。

これまでに2人の客を出禁にしたことがあるが、それ以外ほぼトラブルは起きていない。警察が立ち寄るのも、新しい警察官が入ったときに巡回ついでに紹介しに来るくらい。

「なぜアルコール依存症の人たちに深入りするのか?」最初はよく訊かれたそうだ。少なくともこの店に足を運んだことのある人たちの偏見の壁は打ち壊せた、と設立者らは感じている。

By Benjamin Von Wyl
Translated from German by Julia Siebert
Courtesy of Surprise / INSP.ngo








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