生活保護申請に伴う扶養照会、効果は少なく当事者・親族・職員に悪影響の現状

 現在、コロナ禍に伴う不況により生活に困窮する人が増え、貧困が急拡大している。

日本には、生活困窮状態に陥った人々のために生活保護制度があるものの、当事者のなかには生活保護の申請に拒否感を示す人が少なくない。
生活困窮状態の人々を生活保護制度から遠ざける大きな障害のひとつに「扶養照会」というハードルがあるのだ。


この記事は、2021年2月18日にYouTubeで開催されたイベント<BIG ISSUE LIVE「扶養照会から考える生活保護」>のレポートです。
主催:ビッグイシュー日本


<BIG ISSUE LIVE「扶養照会から考える生活保護」>には、一般社団法人つくろい東京ファンドの代表であり、ビッグイシュー基金共同代表として困窮者の生活支援に従事しながら、現在は「困窮者を生活保護から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください!」というオンライン署名キャンペーンを発信している稲葉剛が登壇。
ビッグイシュー基金スタッフの川上翔が司会として、稲葉にキャンペーンの概要や背景、扶養照会の問題点などについて話を聞いた。

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3人に1人は「家族に知られるのが嫌」で生活保護を利用しない。
困窮者を生活保護から遠ざける扶養照会とは

「生活に困窮する人を対象に」「生活の立て直しを支援する公的制度」であるはずの生活保護。しかしその申請においては「扶養照会」という大きなハードルが存在する。扶養照会とは「生活保護を申請した人の親族に、福祉事務所が援助の可否を問い合わせること」である。

イベントの序盤、日々現場で困窮者支援を行う川上は、この扶養照会を理由に、生活保護申請に拒否感を示す生活困窮者がいかに多くいるかについて話すと、稲葉もこれに同意。また今回のキャンペーン立ち上げに至る背景となった当事者の声として、下記のデータを紹介した。

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これは、ビッグイシュー基金やつくろい東京ファンドを含む複数の団体が2020年末から2021年始にかけて行った「年越し大人食堂」等、年末年始に開催された相談会を訪れた生活困窮者を対象に、実施されたアンケートである。現在、生活保護を利用していない128人に「生活保護を利用していない理由」を尋ねると、回答者のうち34.4%が「家族に知られるのが嫌」だからと回答した。

このような現状を背景として、稲葉は2021年1月、「困窮者を生活保護から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください!」というオンライン署名キャンペーンを発足させた。このキャンペーンの目的は、厚生労働省が「本人の承諾なしに親族に連絡してはならない」という通知を出すなど、生活保護にまつわる運用の改善を求めるものだ。

イベント当日の2月18日時点で約3.7万人分の署名が集まっており、2月8日には第一次集約分として3.6万人分が厚生労働省に提出された。

水際作戦として機能する扶養照会は法律に基づいているわけではない
だからこそ、厚生労働省からの通知を求める

川上からは扶養照会についてこのような事例が紹介された。

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このように扶養照会は「申請する人に心理的なプレッシャーを与える手段として」または「水際作戦として」、「追い返す手段として」利用されることがあるのだ。

また、稲葉は厚生労働省による通知の重要性についても指摘した。

現在、厚生労働省はDVや虐待がある場合や、概ね20年以上音信不通の場合、また年齢によって親からの扶養が期待できない場合は、扶養照会を「しなくてもいい」という通知を出している。「しなくてもいい」の表現が、「してはならない」と捉える自治体もあれば「してもよい」と捉える自治体もあるなど、対応の差を生み出しているのだ。

扶養照会は「三方悪し」。申請者・親族・職員にとっての扶養照会

扶養照会が申請者本人にとって大きな心理的負担となることはこれまでにお伝えした通りである。しかし、扶養照会は申請者本人のみならず、その親族や職員にも大きな負担となるようだ。稲葉はこれを「三方悪し」と表現する。

イベントでは川上から、事例として、生まれてからほとんど面識のない兄が生活保護を申請した際に扶養照会があったという親族の苦悩が紹介された。

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「私たちは日常の生活の中でも、特に離れて何年も会っていないようなきょうだいや親には、複雑な感情を持っているんですよね。そういったデリケートな領域に対して、いきなり役所から手紙がやってきて『あなたには扶養義務があります』と言われるのはすごく大きな心理的ストレスになると思います」と稲葉。

稲葉は、扶養照会は申請者とその親族だけではなく、職員にとっても大きな負担となっていると考える。

職員は扶養照会に際して、申請者の戸籍をたどり、ファミリーツリーを作り、該当する親族すべてに書類を送付する。しかしながら多くの場合は返事がない。急に書類を送りつけられたことに腹を立てた親族から、ビリビリに破かれた書類が返送されるといったこともあるそうだ。

さらに稲葉は今回の署名運動に際してこんなデータも示した。

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これは東京都足立区と荒川区における扶養照会の実績であるが、「なんらかの援助ができる」という回答は足立区では0.3%、荒川区は0%であった。

また、厚生労働省の調査によると、保護申請時におこなわれた扶養照会は1年間で約46万件あるが、そのうち金銭的な援助につながったのは1.45%しかなく、全国的に見ても低い数字である。

国会でも連日議論される扶養照会。本質的な問題解決に向けて期待することとは。
このような「三方悪し」の扶養照会だが、その廃止に向けて、小さいながら希望の光は見え始めている。

今回の署名活動の広がりによって、国会でも連日扶養照会についての議論が繰り広げられるようになった。

また、稲葉は新型コロナウイルス拡大の影響が深刻化して以降、厚生労働省に対して生活保護を利用しやすくするためにも、生活保護に関する広報を強化してほしいと要望してきた。その結果、2020年12月から厚生労働省のホームページには「生活保護は国民の権利です」という特設ページが作られた。

それでも現時点で議論されているような見直し案ではまだまだ本質的な問題解決にはつながらないと稲葉は指摘。

国会では田村憲久厚生労働大臣が厚生労働省内で生活保護の見直しについての議論を始めたと発言したが、その内容は「家族との連絡が20年間取られていなければ扶養照会をしない」という点の「20年が長すぎるから短くする」などといったものである。

稲葉は「そのような小手先の解決策ではなく、『ご本人の承諾なしに扶養照会をしない』といった根本的な課題解決が求められる」と強く主張した。

また、特設ページが作られたことについても、稲葉はこれまで通りの扶養照会がある生活保護は「本当に国民の権利なのか」と指摘した。

「扶養照会をなくさないことには生活保護は権利にはならない。扶養照会によって家族に連絡されてしまうなら、生活保護の申請=プライバシーの放棄 です」と稲葉は主張した。

本質的な解決のためには、稲葉が署名活動で求めている通り、「本人の承諾なしに扶養照会をしない」という旨の厚生労働省からの通知が必要となる。

扶養照会の廃止に向けた道のりはまだまだ続く

稲葉が発足させた署名キャンペーン「困窮者を生活保護から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください!」はイベント当日の2021年2月18日時点で3.7万人分の署名を集めているが、現在も署名は受け付けられている。

下記キャンペーンページでは扶養照会の問題点や現状について、さらに詳しく説明されているのでぜひ一度ご覧いただきたい。

困窮者を生活保護から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください

上記の署名等の影響もあり、厚生労働省は2月26日、新たな通知を出したが、運用の改善は若干にとどまっている。

厚労省の新通知では問題解決になりません。緊急声明を発表しました!

また、今回のビッグイシュー日本主催の<BIG ISSUE LIVE「扶養照会から考える生活保護」>はYouTubeのビッグイシューチャンネルにアーカイブされている。

本レポートでは紹介しきれなかった事例や、稲葉からのメッセージが語られている。
BIG ISSUE LIVE 「扶養照会から考える生活保護」

ビッグイシューチャンネルでは、ゲストを招いてのライブ配信や販売者が登場する様々な企画動画、最新号の紙面紹介動画を予定している。

ビッグイシューチャンネル

文: 野村拓馬