安易な「教育のオンライン化」は習熟度を下げる? 紙の学習、紙のテストのほうが得点が高い傾向

パンデミックを受け、多くの教員が紙の教材をあきらめ、電子媒体やマルチメディア(映像、静止画、音声、文字など、情報をデジタルデータ化したもの)を用いた講義にシフトせざるを得なくなっている。

画面上で読むのと紙で読むのでは、文章の理解度は同じなのだろうか? 同じ内容を学ぶのに、紙媒体で読むのと、耳で「聞く」、画面で「見る」では、同じ効果が得られるのだろうか? 電子媒体と紙媒体での習熟度の差異について研究を行ってきたアメリカン大学の言語学名誉教授ナオミ・バロンが、学識者たちによる寄稿サイト『The Conversation』で発表した最新記事を紹介しよう。

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sik-life/pixabay

電子媒体より紙媒体のほうが習熟度が高くなる傾向

一般的には、数百ワード以上の文章を読むなら、電子媒体より紙媒体を使う方が習熟度が高いとされている*1。特に、文章の主旨をつかむような簡単な課題より、そこから考察を深めるといった難易度の高い課題になるほど、紙媒体の優位性が際立つことが分かっている。紙媒体で読むと、詳細な情報や時系列が記憶に残りやすい特性がある。先行研究によると、小学生でも大学生でも、電子媒体で読んだ方が読解力テストで高得点が取れると思い込んでいる傾向があるようだが、実際は、紙媒体で資料を読んだ方が得点が高かったことを明らかにした研究もある*2。

*1 参照:The enduring power of print for learning in a digital world

*2 参照:The effect of presentation mode on children’s reading preferences, performance, and self-evaluationsEffects of Processing Time on Comprehension and Calibration in Print and Digital Mediums
テストも電子媒体より紙媒体のほうが得点率が高い

紙媒体か電子媒体か、テストの実施方法によって結果が異なりうることに、教育関係者は留意すべきだ。

ノルウェーの10年生(日本の中学3年生相当)を対象とした研究、米国の3~8年生(日本の小学3年生~中学2年生相当)を対象とした2つの研究では、共通テストを紙で実施した方が得点が高くなることが示された。後者の米国の研究では、読解力の低い生徒、英語学習者、特殊教育を受けている生徒たちが特に、電子媒体でテストすると著しく得点が低くなった。

大学生たちは紙媒体と電子媒体の学習効果をどう受け止めているのか、先行研究をさらに深めるべく、筆者たちは聞き取り調査の手法を取った。すると、紙媒体で読む方が集中でき、理解が深まり、記憶に残りやすいとの回答が圧倒的に多かった*3。学習効果が異なる理由のひとつに、紙という「物理的な特性」がある。紙は手で触れられ、各ページの位置関係を視覚的に把握できる。読んだ内容を、本全体のどのあたりに書いてあったか、ページのどの部分に書いてあったかといった“参照点”と結びつけて記憶できる。

*3 5カ国(米国、日本、ドイツ、スロバキア、インド)の大学生429人に調査すると、92%が紙媒体を好むと回答。コストや利便性では電子媒体がまさるが、集中度や復習のしやすさなどでは紙媒体を好むとの結果だった。
The persistence of print among university students: An exploratory study

世界各地の大学生1万人以上に調査すると、国を問わず、紙媒体を好む学生が圧倒的に多かった。
Academic reading format preferences and behaviors among university students worldwide: A comparative survey analysis

研究者が「理解の浅薄化」と呼ぶ、知的な視点が欠落することも考慮すべき点である*4。人は電子媒体に接するとき、ソーシャルメディアを使うような軽い心構えになりがちで、紙媒体を読むときほど“知的な努力”をしない、との懸念だ。

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Tumisu/Pixabay

*4 電子媒体では、スピードとマルチタスク化が重視されることで、情報処理が“浅く”なり、深い理解につながりにくくなっていると指摘されている。参照:Don’t throw away your printed books: A meta-analysis on the effects of reading media on reading comprehension

「読む」ことが減っている教育現場の現状

昨今は、授業を受ける前にその関連教材を見聞きしておく「反転授業(flipped classroom)」が増えている。また、ポッドキャストや動画コンテンツの数も充実していることで、課題がこれまでの文章を「読む」ものから、「視聴する」ものに取って代わられつつある。コロナ禍で仮想学習環境(virtual learning)への移行がすすむ中で、この動きは加速している。

2019年に米国とノルウェーの大学教員を対象に行った調査では、米国の教員の32%が紙媒体を動画教材に、15%が音声教材に置き換えていることが分かった。ノルウェーでも同じ傾向が見られたが、その割合はやや低めだった。どちらの国でも、この5~10年で講義要件を変更した教員の40%が、「読む」課題を減らしていると回答した。

音声や動画が増えている理由は、学生が「読む」課題を好まないからだ。この傾向は以前から指摘されているが、改めて、2015年に1万8,000人以上の大学4年生を対象とした調査でも、普段から「読む」課題をすべてこなしている者はわずか21%との結果が示された。

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集中力と記憶が求められる場合は、紙媒体が向いている
Noam Galai/Getty Images

音声や動画を使う方が学生たちの興味を引きやすいため、論文を読ませるよりも、同じ人物のTED講演を課題にするといった具合に、テクノロジーに頼る教員はいっそう増えている。

集中力や考察力の差異を踏まえて使うことが大切

ニュース記事や小説を「読む」方が、同じ内容を音声で「聞く」よりも多くの内容を記憶できることは、数々の心理学研究ですでに実証されている。これは大学生にも言えることで、論文を「読む」のと、同じ文章をポッドキャストで「聞く」のを比較した場合、前者の学生の方が確認テストの点数が高かった。学生は文章を「読む」ときより音声を「聞く」ときの方が“うわの空”になりやすいことも、別の研究で確認されている。

小学生でも同様の傾向が見られるが、子どもたちは、文章をスムーズに読めるようになるにつれて、「聞く」と「読む」が逆転していた点に注目したい。2年生では「読む」より「聞く」の方が理解度が高かったが、8年生(中学2年相当)になると「聞く」より「読む」の方が理解度が高かったのだ。

動画を「見る」のとウェブ上の文字情報を「読む」を比較した場合も、同じような結果が出ている。小学4~6年生に「ペットボトルの長所・短所」について、動画で「見る」と、ウェブ上の文字情報を「読む」をさせたところ、前者の方が見た内容に賛同する度合いが強く、後者の方が内容を考察する度合いが強かったことを示したスペインの研究がある*5。動画だと学習というより娯楽的に見るため、内容を表面的に捉える傾向があるのではないかと研究者らは考察している。

*5 参照:Using Internet videos to learn about controversies: Evaluation and integration of multiple and multimodal documents by primary school students

今回紹介した研究からは、動画・音声・電子媒体には学習を抑制しかねない特性があることが示唆される。また、集中力の低下、内容を娯楽的に捉えがち、“ながら視聴”となりやすい、記憶と結びつける物理的な参照点がない、メモを取ることが減る、内容の見直し頻度が下がるなど、これまでとは違うユーザー行動を引き起こす可能性が大きい。

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学生たちは画面上で学ぶ場合、いくつもの作業を並行してすすめ、注意散漫になりやすい
Erin Clark/The Boston Globe via Getty Images

今後、音声、動画、ウェブ上の文字情報が教育現場で用いられる場面はますます増えていくだろう。ただし、同じ内容を学ぶのでも、使用媒体が違えば、集中力や考察力は同じでないことを、教育関係者ならびに保護者は留意しておくべきだろう。

筆者の研究成果は2021年3月出版の著書『How We Read Now』にまとめられている。

著者
Naomi S. Baron
Professor of Linguistics Emerita, American University

THE CONVERSATION

※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年5月3日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

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