日本の「ホームレス問題」、これまでとこれから/「ビッグイシュー日本版」創刊18周年記念配信に雨宮処凛氏・稲葉剛が登壇

2021年9月11日、ビッグイシュー日本は18周年、NPO法人ビッグイシュー基金は14周年を迎えた。コロナ禍という厳しい社会情勢を踏まえ、「あらためて語る ホームレス問題」と題したオンラインイベントの様子を報告する。


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ビッグイシューのこれまでの歩みを振り返りながら、いまホームレス問題で問われていることはなにか、これからの社会の在りようを変えるには何が必要なのか――。

稲葉剛(一般社団法人つくろい東京ファンド/認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表)と、雨宮処凛(活動家/反貧困ネットワーク世話人)さん、先行きの見えない不安と向き合いながらも販売を続ける、ビッグイシュー販売者・西岡稔さん(販売場所:大阪・梅田スカイビル地下連絡通路)に佐野未来(ビッグイシュー日本 東京事務所長)が話を聞いた。

当時は世間に「ホームレスの人を支援すべき」という空気は希薄

イギリスで市民が市民自身で「働く場」をつくる試みとして「ビッグイシュー」が誕生したのは1991年のこと。

稲葉は、94年より路上生活者を中心とする生活困窮者の支援活動に取り組んでいた。まだ日本でビッグイシューがなかった90年代後半、講演会などで度々「(英国の)ビッグイシューのような取り組みはやらないのか」という質問を受けていた。

稲葉は当初「日本でこのような取り組みの実現は難しいだろう」と考えていたが、その理由は当時根強くあった「ホームレス」への冷たい視線だ。新宿では都によるダンボール村強制排除があり、世間で「ホームレスの人を支援すべき」の声などまだ珍しかった時代である。

あらためて考える「ホームレス」とは何か?

1990年代半ば以降、バブル崩壊の影響で都市部を中心に路上生活をする人の数が増えた。路上生活となった人の大半は、建設現場作業員などの日雇い労働者と見られている。

野宿生活をする人口の増加を受け、2002年「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」いわゆる「ホームレス自立支援法」が制定された。この法律で定義されている「ホームレス」とは路上や河川敷など屋外で寝泊りしながら生活する人たちだけを指す、狭義のホームレスである。

※本来の英語「homeless」の意味は、自分の権利として主張できる住居を持っていない状態を示す。つまり住居が持てず、自らの本意からではなくネットカフェや宿泊所、知人宅などで寝泊りする人もホームレス状態に含まれるといえる。

その数は、2003年が最も多く2万5000人以上にのぼった。そしてこの年の9月、「ビッグイシュー日本」がスタート。
以後ビッグイシュー日本はホームレスの人々に雑誌販売の仕事を提供し、2007年にはホームレス当事者への生活支援等、生活再建のサポートをするため「認定NPO法人ビッグイシュー基金」が生まれた。
2009年、稲葉はビッグイシュー基金での「路上脱出ガイド」東京23区編の最初の制作プロジェクトに参加したことをきっかけに連携を深め、2019年以降ビッグイシュー基金共同代表を務めている。

コロナ禍で食料配布に並ぶ困窮者がリーマンショック時並に

2004年以降は行政の支援策が追加されるなど、生活保護の運用が改善されたことや、支援団体の活動がより活発になったこともあり、路上生活者の数は減少した。

最新の調査では、路上生活者の数は現在全国で4000人を下回っているとされている。しかし、この数は果たして正しく状況を反映しているのだろうか。

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(図1)政府が定義した路上生活者、つまり狭義の「ホームレス」についての全国調査の結果はこの表のように年々減少傾向が続いている。

例えば東京都の調査は昼の時間帯に公園や道路、河川、駅舎などで行われており、昼間に身を潜めている人たちをカウントすることは難しい。深夜にカウントを行った民間団体の調査では、実際にはこの2倍の人数がいるとしている*。また、コロナ禍での食料配布会場に並ぶ困窮者の数は、すでにリーマンショック時の人数に近づきつつある。コロナ禍では、10代〜30代、中高年、性別、世帯人数、国籍など問わずホームレス状態となる人が増えている。

参考:深夜の路上ホームレス人口調査ーARCHによる「東京ストリートカウント」

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(図2)NPO法人TENOHASHIによる食料配布、相談会の様子。

見えない「ホームレス」は減っていない

先ほど述べたような、いわゆる政府が定義するホームレス状態「屋根がない状態で生活する」人は減っているとしても、上の図のようにネットカフェなど「屋根はあるが、家がない状態」で生活する人、寮や脱法ハウスなど、居住権が侵されやすい環境で暮らす人はさらに多く存在する。
「見えないホームレス」という、路上生活の一歩手前で生活し困窮する人たちも含めて貧困問題を考える必要がある。

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(図3)見える・見えない「ホームレス」状態の全体像は例えばこのような逆三角形で示される。

就労、公的なサービスから排除される「ホームレス」

住民票がない、住居がないということは、さまざまな状況で排除をもたらす。まず求職活動を困難にさせる。ハローワークでも現住所の提出がなければ求職活動ができない。さらに教育や福祉といった公的サービスからも排除される。最近の典型的な例としては、コロナ禍で住民全員に支給された2020年の「特別定額給付金」のような公的な給付金ですら、多くのホームレス状態の人々が住所不定(住民票がない)ために受け取ることができなかった。

生活保護制度では、今いる場所で保護を受けることができる「現在地主義」が基本となっているが、一部の自治体では住所不定者に対して、「住所がないと申請できない」「前に住んでいた(住民票のあった)場所で申請すべき」といった、申請を受け付けないようにする「水際作戦」を行うこともあり、問題となっている。

≪現在地主義の根拠は生活保護法19条≫

第十九条  都道府県知事、市長及び社会福祉法 (昭和二十六年法律第四十五号)に規定する福祉に関する事務所(以下「福祉事務所」という。)を管理する町村長は、次に掲げる者に対して、この法律の定めるところにより、保護を決定し、かつ、実施しなければならない。

一  その管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者

二  居住地がないか、又は明らかでない要保護者であつて、その管理に属する福祉事務所の所管区域内に現在地を有するもの

2  居住地が明らかである要保護者であつても、その者が急迫した状況にあるときは、その急迫した事由が止むまでは、その者に対する保護は、前項の規定にかかわらず、その者の現在地を所管する福祉事務所を管理する都道府県知事又は市町村長が行うものとする。

災害弱者となる路上の人々

2019年10月の非常に大型の台風19号によって多摩川が増水、日野市の多摩川河川敷で暮らしていた高齢の男性が死亡した。

参考:「多摩川のホームレス 都内唯一の死者に 救えなかったか」(毎日新聞)

このとき、気象庁が屋内に退避することを呼びかけていたにもかかわらず、台東区の避難所では都内に住所がないという理由で、路上生活の人々が排除され避難所に入れなかった。後日この問題について支援団体が申し入れを行い、台東区長が謝罪をした。

排除をすることで路上生活の解消・解決には至らない

ここまで見てきたように、住まいを失うことによって、さまざまな状況で何重にも社会的に排除が行われる(労働・福祉・教育・保健・都市空間)。そして、こうした社会的排除はさらなる困窮化、路上生活の固定化を招き、問題の解決には決して至らない。

参考資料:
(PDF)『社会的排除にいたるプロセス』社会的排除リスク調査チーム(2012年9月)

野宿生活者への襲撃の実態

また、襲撃も深刻だ。支援団体がまとめた調査では、ホームレス状態の約40%の人が襲撃された経験があると回答した。加害者の38%は子ども・若者と見られている。

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参考:【再掲】野宿者への襲撃の実態に関する調査の概要および要望書【 2014年】(特定非営利活動法人自立生活サポートセンター・もやい)

また1980年代以降、襲撃事件で亡くなった野宿者の数は、判明したものだけで27人。2012年以降、何年も人命が奪われる事件は起きていなかったが、2020年岐阜市で80代の男性が執拗にいやがらせをしてくる若者グループから一緒に暮らしていた女性を守ろうとして襲撃に遭い死亡、また東京都渋谷区では60代の女性がバス停で眠っているところを殴られて、亡くなった。

危惧される「ホームレス」を狙う“ヘイト”の拡散

こうしたホームレスの人をターゲットにしたヘイトクライムとも言える状況は頻繁に起きている。ホームレス状態の人の尊厳や生きる権利を否定する発言がメディアやSNSを通じて拡散された場合、子どもや若者への影響も大きく、重大事件を誘発しかねないという懸念もある。
ヘイトクライムを防ぐための、子どもや若者への教育も重要だ。

参考:「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」制作
教材DVD「ホームレス」と出会う子どもたち
<予告編>

2009年に全国の支援者、学校教職員が協力し「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」というネットワークを立ち上げた。教材DVD <「ホームレス」と出会う子どもたち>を制作。大阪・釜ヶ崎にある児童館の子どもたち自身が住む地域の夜回りをしながら、ホームレス生活をする「おっちゃんたち」に出会っていくという内容。各学校で「ホームレス」問題を正しく理解するための出前授業も行っている。

授業や上映会等で使用したい場合は、下記ホームページより教材DVD(本編30分・応用編45分・ガイドブック付)が購入可能。
http://hc-net.org/materials/dvd/

フリーター、ホームレス、生きづらさ、すべてがつながった問題

ゲストの雨宮処凛さんは、『ビッグイシュー日本版 50号』(編集長・小熊英二氏、2006年)で初めてビッグイシューに寄稿。ここからビッグイシューとつながり、誌面では「世界の当事者になる」が連載開始。誌面リニューアル後は「雨宮処凛の活動日誌」が連載中だ。

雨宮さんが貧困問題を考えるきっかけとなったのは、自身がフリーターを脱して5年後の2005年に見た、NHKのドキュメンタリー「フリーター漂流」。製造業の現場で派遣やフリーターとして働く若者たちの大変な状況に驚いた。

雨宮さんが身近に感じていたフリーター問題は、自分や友人たちが直面してきた生きづらさや自殺についての問題でもあった。当時こうした問題について、労働問題ではなく個人の心の問題ということだけに焦点が当てられ続けていたことに雨宮さんは違和感を持った。

ネットカフェで寝泊まりする若者がいることが、まだ社会問題として認識されていなかった当時。料金が払えず無銭飲食で逮捕されるフリーターのニュースが全国で増えていたが、それらの多くは大きな工場近くのネットカフェで起きていた。雨宮さんは住居を失ったフリーターたちがネットカフェで生活し、ホームレス状態化しているのではないかと思い、取材を始めた。

「生きさせろ!」声を上げたフリーター・派遣労働者たち

2006年「フリーター全般労働組合」のメーデーのイベントに雨宮さんは参加。そこでは都市がモザイク状にスラム化していることなど、自ら追求していた様々な問題がまさに話し合われていたという。その後100人ほどでデモを行った際は皆が「生きさせろ!」と叫び始めたのだった。

その後、自分より上の世代の「ホームレス」たちと出会ったとき、彼らは「日雇い労働者も若者のフリーター問題もすべて同じ問題」だと言い、彼らが労働も生活も不安定化させると「労働者派遣法」にも早くから反対していたことを知った。雨宮さんは全世代ですべての状況がつながり、貧困へ向かう構造が同じであることに衝撃を受けた。

それから15年。非正規雇用やギグワークなど不安定な雇用形態に従事する人が増える一方で、それを支える公的なセーフティネットが機能しているとはいいがたい。

「コロナ禍は単に一つのきっかけにすぎない。何か事が起これば、足元からすべてが崩れ去る貧困の現実が明らかになった」と雨宮さんは現在の社会状況を指摘。「所持金がなくなれば路上に出されてしまう、そういう状況の人がたくさんいる社会」だと語った。

「絶対安全である場所」は誰にでも必要

住まいがあることで、帰れる場所があるという安心が得られ、生活に余裕が生まれる。雨宮さんはまた「社会の中においても自分の安全地帯と言える環境は必要」と話す。特に今年初めて開催した「女性による女性のための相談会」については、「本当にやってよかった。女性だけの場所だからこそ話すことができたことがあった。会場の託児所に子どもを預けて、数年ぶりに自分の話をゆっくりできたという女性もいた。自分をいたわることも重要だと思う」と話した。

「女性による女性のための相談会」についてはこちら

※『販売者から見た「ビッグイシュー」の活動について、西岡さんの話』は、2021年10月2日公開予定です。

記事作成協力: Y.T