“民主主義”のない選挙制度で、強行採決がまかり通る-民意を反映できる「完全比例代表制」への転換を。

有権者による投票の50%前後が死票となる、日本の「小選挙区」選挙。そこから生まれる与党は“人工的に作られた多数派”であり、「民意の正確な反映を歪めてしまう」と話す憲法学者の上脇博之さん(神戸学院大学教授)に話を聞いた。


※以下は2018-10-01 発売の『ビッグイシュー日本版』344号「ビッグイシュー・アイ」より記事転載

国会は「国民の縮図」であるべき。だが、50%が死票の小選挙区制

国会議員を選ぶ選挙に行っても徒労感しかなかった……。あなたにはそんな経験がないだろうか? 特に自分の投票した候補者が落選すれば、あなたの一票はどこにも行き場がなく、ただの“死票”になってしまう。開票速報を観ていても無力感すら覚えてしまうだろう。

日本の選挙制度について研究を続けてきた上脇博之さんは、94年の「小選挙区制(一人区制)」の導入以来(※1)、有権者による投票の実に50%前後がすべて死票になってきたことを指摘。2012年の選挙時は過半数の53%が死票になるなど「国民主権の下で行われる選挙でこれだけ死票が多いのは異常だ」と語る(表1)。

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※1 94年の「政治改革」以前、日本では中選挙区制が採用されていた。中選挙区制は、主に議員定数が3〜5人の選挙区で成り立ち、一つの選挙区に同じ党から複数の候補が出馬した場合、利益誘導による競争が誘発されるとして批判が集まり、小選挙区と比例代表の並立制導入に至った。一方、93年の最後の中選挙区制選挙では死票が25%未満であり、小政党も議席を獲得。準比例代表制的な機能を果たしたという評価もある。


「そもそもの話ですが、民主主義って本来は直接民主主義のことを言いますよね。古代ギリシャのように市民がみな一堂に集まり、直接的に議論をするのが本来の民主主義です。しかし、北海道から沖縄まで日本中の有権者が一ヵ所に集まって議論することは事実上できない。となると有権者が自分たちの代表を選んで国会に送り出し、国民の縮図をつくることで、初めて多様な議論が可能になる。それが議会制民主主義なわけです」

「過去には議会制でも、ごく一部の裕福な人しか選挙権がない『制限選挙』(※2)が行われていた。そのため、国民のごく一部の意見しか議会に反映されないのは当たり前でした。しかし今、18歳以上の国民が選挙権を持つ『普通選挙』なのに、小選挙区制により50%前後の死票が生まれるのは、制限選挙と実質変わらないということです」

※2 財産・納税額、教育、信仰、人種、性別などによって選挙権を制限する制度

なぜこれだけの死票が生まれてしまうのか? その原因は一つの選挙区で一人しか当選者が出ない(当選者以外への投票は生かされない)小選挙区制によるものだ。上脇さんはその結果として、第一党である自民党は“過剰代表”の状態に置かれていると話す。

得票率と連動する政党交付金を
死票をなくす「完全比例代表制」

「たとえば、昨年に行われた衆院選で自民党の得票率(小選挙区)は47・8%でした。しかし、実際の議席占有率は74・4%になっています(表2)。民意から言えば、過半数を取らすのは明らかにおかしい。にもかかわらず、公明党を加え与党が3分の2も議席を確保しているのは50%前後の民意を死票に変えてしまう小選挙区効果のせいなんです。現在の与党は選挙制度によって“人工的に作られた多数派”で、こうした第一党の過剰代表という傾向は小選挙区選挙が初めて行われた96年から続いてきました」

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過剰代表の政党が生まれる一方、野党の多くは一定程度の得票率を得ながら議席を得られない“過少代表”の状態にも置かれているという。

「私たちの税金が原資となる政党交付金も、国政選挙の結果に連動して各政党に配分されるため、過剰代表された政党には“過剰配分”されてしまう。これはどう考えても、党派的に中立・公正なものでなければならない選挙制度としてふさわしくありません」

このように、小選挙区制はもともと支持者の多い大政党には有利であるものの、中・小政党は議席を得にくいため、英国や米国のような「二大政党制」の国で採用されてきた。日本で小選挙区制が導入された際も、二大政党化が始まることによって健全な政権交代が起きると期待されたが、「得票率や得票数を見ても、日本の民意は二大政党制でなく、多党制を求めて投票している」と上脇さんは指摘。結果、日本の小選挙区制は、唯一の大政党である自民党に過剰な議席をもたらしているという。

こうした状況に対して、上脇さんは民意を最大限に尊重する選挙制度として「完全比例代表制」への移行を訴えている。比例代表制では、各政党が獲得した得票数に比例してそれぞれの党の当選者数が決定する。仮に150の議席数をめぐり、A党とB党が比例代表制で争ったとしよう。A党が1万票、B党が5千票を獲得した場合、A党はB党の2倍となる100議席、B党は50議席を得られることになる。この場合、すべての票が各政党にまとめられて当選者が決まるため、死票が生まれにくく、民意を正確に反映できるメリットがあるのだ(※3)。「僕は本来、国際的な比較は安易にやるべきではないという立場ですが、あえて外国を引き合いに出せば、比例代表制を採用した国のほうが多いんです」

※3 比例代表制では、日本全国を1つの選挙区とする「全国1区」、地域別に議員定数を決めて行う「ブロック制」などがあり、当選者の順位も政党が事前に決定する方法(拘束名簿式)、有権者が投票によって決定する方法(非拘束名簿式)などがある

日本でも小選挙区制と並立して、比例代表選挙は行われている(並立制)ものの、議員定数は比例代表のほうが少ないなど、あくまで中心は小選挙区。上脇さんは小選挙区選挙を廃止し「完全」に比例代表制にすることで、民意の歪みが是正されると考えている。

もし昨年の衆院選が「完全比例代表制」だったら?
強行採決は不可能だった

「また、比例代表制の意義は『自分の代表者がいない人』をできるだけつくらないことです。もし自分の代表者を送れない人が多かったら、政治離れがどんどん進んでしまう。小選挙区制による死票の多さで、最近は『投票しても変わらない』とあきらめる人が多いけれど、主権者があきらめてしまうことが一番怖い。あきらめた結果どうなるかといえば、限りなく独裁国家に近い政治が生まれるからです」

それでは、昨年の衆院選がもし完全比例代表制で行われた場合、結果はどうなっただろうか? 上脇さんは驚きのシミュレーションを行っている(表3参照)。

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「14年衆院選の試算でも同じなのですが、安保法制など、民意の半数以上が反対している法案を強行採決するのは不可能だったでしょう。野党がまとまれば、政権交代も可能になるだけの議席数がありました。今の小選挙区選挙はそういう選択肢を失わせているんです。民意や憲法を無視して強行採決がまかり通る今の状況は、民主主義の結果生まれたんじゃなく、日本の選挙制度に民主主義がないから生まれている。それが僕の分析です」

「世界史的にも日本史的にも、独裁国家はとんでもない政治や侵略戦争を行ってきた。その歴史から学ぶなら、権力者が暴走しない政治をつくるため、私たちには国民主権と立憲主義が必要です。憲法改正でも、内閣総理大臣は『憲法を尊重し、擁護する義務』(憲法99条)がありますから、主権者である国民から改憲が求められる状況でないかぎり、憲法に口を出すことは憲法違反です。多くの人に『どうか民主主義をあきらめないでほしい』と伝えていきたいですね」(土田朋水)


(プロフィール)
かみわき・ひろし
1958年、鹿児島県生まれ。神戸学院大学法学部教授。専門は憲法学。「政治資金オンブズマン」共同代表、公益財団法人「政治資金センター」理事など。主な著書に『日本国憲法の真価と改憲論の正体』(日本機関紙出版センター)など。
(書籍) 『ここまできた小選挙区制の弊害』 上脇博之 著/あけび書房/1200円+税 

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Photo:草田康博


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