2021年7月19日、米テネシー州ナッシュビルに「グレンクリフ・ビレッジ」という施設が誕生した。ここでは、医療機関から退院したものの住まいがない人たちがレスパイトケア(一時的な医療ケア)を受けられる。グレンクリフ・ユナイテッド・メソジスト教会の敷地内に、小型住居「マイクロハウス」が12戸建設され、入居者は体調が戻り、かつ定住できる場所が見つかるまで、ここで生活できる。「回復するまでの過程において、人としての尊厳を保障することを目指しています」ビレッジ創立者のイングリッド・マッキンタイヤー牧師は言う。
グレンクリフ・ビレッジ/Photo by Linda Bailey
*The Village at Glencliff https://www.villageatglencliff.org
このような施設の必要性が語られ始めたのは、2010年にナッシュビルが大洪水に見舞われたときだ。しかし計画が本格的に始動したのは2014年のこと。それからの7年間、協力してくれる教会探し、計画に反対する近隣住民による州最高裁判所への訴え、コロナ禍による計画遅延と数多の障害にぶつかりながら計画を推し進めてきた。「当初の計画より遅れはしましたが、私たちの思いが絶たれることはありませんでした」とマッキンタイヤー牧師は語る。
グレンクリフ・ビレッジの開所式にて、イングリッド・マッキンタイヤー牧師(右)と、ホームレス支援団体代表のチャールズ・ストロベル(左)/Photo by Alvine
開所式には、教会関係者、ナッシュビル市の公務員、近隣住民が出席。マッキンタイヤーを始め、ビレッジ責任者兼医長を務めるロブ・ナッシュ、ナッシュビル副市長らが、教会とビレッジ関係者たちの功績をたたえ、ホームレス問題解決に向けて大きな一歩を踏み出したと祝辞を述べた。施設内を見学した出席者たちは、その施設の何もかも――ベッド、リビングルーム、バスルーム、ロフトスペース――が清潔に完備されていることに驚いた。
ナッシュビルで発行されているストリートペーパー『コントリビューター』の長年の愛読者メアリー・アン・グリッグは、2016年の紙面でグレンクリフ・ビレッジの計画を知り、マイクロハウスの1つの後援者になった。「記事を切り抜いて保管していました。マッキンタイヤーさんと電話で話す機会があり、単なる住宅じゃないことを知り、すぐに後援者になることを決めました」と語る。ホームレス問題をなんとかしたいという思いと、人気が高まっているマイクロハウスの可能性を合わせ持ったグレンクリフ・ビレッジの活動は理想的な出資先だと語った。
グレンクリフ・ビレッジの役員メンバー/Photo by Alvine
今後、グレンクリフ・ビレッジはさらに拡張していく計画だ。キッチン施設、コミュニティスペース、マイクロハウスもさらに10戸建設される。地域の病院を巻き込み、住宅供給業者とも協力関係を築いていきたいとマッキンタイヤーは考えている。
42歳で看護の道に転身した医長が語る、レスパイトケアの意義
グレンクリフ・ビレッジの代表兼医長を務めるロブ・ナッシュにとって、この仕事は3つ目のキャリアだ。IT業界で働いた後、42歳で学校に戻って学び直し、2004年に看護士となった。最初はシェルターでのレスパイトプログラム、2009年からはHIV/AIDSクリニックで働き、15年にわたり、ホームレス状態にある人たちと向き合ってきた。
グレンクリフ・ビレッジの代表兼医長ロブ・ナッシュ/Photo by Hannah Herner
― ホームレス問題と直接関わる仕事に就かれて、いかがですか?
最初は、家のない生活を強いられる人々のひどい困窮ぶりに打ちのめされました。彼らにどんな未来が待っているかは、普通に家で生活している我々には到底想像できません。ただショックを受けましたが、そこで怖気づいたり、不快に感じたりしたわけではなく、「なるほど、こういった問題があるのなら、気合を入れて取り組まねば」と思いました。
― グレンクリフ・ビレッジでの仕事にこれまでの実務経験は役立っていますか?
HIV/AIDSクリニックでトラウマを抱えた人々のためのプログラムを立ち上げた際、私は「貧困の特効薬はない」との原則を掲げました。貧困問題は大きすぎて、即座に解決することなどできません。でも、個々人と向き合うことができれば、もっと強く生きるための手段を提供でき、仮にいまの制度が守ってくれなかったとしても、その人は自分をもっと守りやすくなるでしょう。
なので私は、個人レベルで手を差し伸べ、手段やサポートを提供し、コミュニティ意識を持ってもらうという方法を取っています。自分には人としての価値があり、愛されるべき存在なのだと認識してもらうのです。そういった経験をしてきていない人たちが多いですから。すると、私が書くどんな処方箋よりも大きな変化が生まれます。そんな場面を、何度も見てきました。
人間は群れる生き物でグループに属したがる、これは基本的な事実です。ある人をグループから引き離すと、さまざまなレベルで支障を来し、その人はなんとかしてグループに戻ろうとする。グレンクリフ・ビレッジで行おうとしているのは、まさにそれです。コミュニティ意識をつくり、何かに属したいという人々の思いを叶えるのです。数日だけ滞在して、またすぐに橋の下での生活に戻ることのないようにね。
― 終末期ケアが必要な人々も受け入れるのでしょうか?
そうなっても、私はまったく問題ありません。ただ、そのような状況に慣れていない他の入居者には難しい点もあるかもしれませんから、コミュニティ全体で考えるべき問題ですね。でも、誰だって、独りでこの世を去っていくべきではありません。亡くなるときは心安らかであるべきです。橋の下、草むらの陰、ウォルマートの敷地の隅に張ったテントで最期を迎えるなど、あってはなりません。このビレッジが、そのような最期を迎えないですむ安全な場所になれば、とても大きな意味があります。
― 日々のスケジュールを教えてください。
毎日、入居者の健康チェックをします。脈拍、呼吸、血圧、体温をチェックします。外科手術を受けた人には、手術部位の事後観察もします。感染症が疑われる場合は、悪化する前に早期に診察します。初期診療で済む患者が、救急医療が必要な状態に陥らないようにすることも、私のモチベーションとなっています。手厚いケアができる人材がそろった数少ない施設です。
― このプログラムの資金調達はどうされているのですか?
レスパイトケア・プログラムへの資金調達は、地域によってさまざまな方法が採られています。その1つとして、退院者をこちらに連れてきていただく費用の一部負担を病院にお願いしています。病院側としては、この施設があることで病院のベッドを短期間で空けられますし、病院に舞い戻る人も減るので、浮いたコストをそこに充てていただいています。
― ボランティアも募集されていますが、どんなお手伝いをするのですか?
食事を運ぶ、衣服を届ける、そういったサービスの仕組みはすでにありますから、ボランティアの人たちには、本当にここに来て、ただいてくれるだけでいいのです。入居者と交流し、コミュニティ意識を浸透させるお手伝いをしてほしい、それだけです。
もちろん、庭園、花壇、菜園のお世話などをお手伝いいただくこともあると思います。でも繰り返しますが、ただここに来て、くつろいでくれることがコミュニティづくりにおいて、本当に大事だと思っています。
グレンクリフ・ビレッジで処方されるものは、単なる医療ではなく、人々の幸福に欠かせないコミュニティ感覚とその支援なのだ。
By Anna D’Amico, with Q&A by Hannah Herner
Courtesy of The Contributor / INSP.ngo
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