AR三兄弟・川田十夢さんに『社会問題を解決するためのテクノロジー』について聞く/BIG ISSUE LIVE

AIなどのテクノロジーが発達していくと、人間社会にどのように影響があるのだろうか。

2022年2月28日に開催されたオンラインイベント「BIG ISSUE LIVE」では、プログラマー・開発者であり、開発ユニット「AR三兄弟」として活動する、川田十夢さんをゲストにお迎え。「社会問題を解決するためのテクノロジー」について、有限会社ビッグイシュー日本のスタッフ・佐野未来がお話を伺った。


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「ARがインフラになる」テクノロジーがつくる未来とは?

川田さんは「ARはやがてインフラになり、生活を支えるものになる」と語る。

ARとは、Augmented Realityの略で「拡張現実」のことで、現実世界に仮想世界を重ねあわせて表示する技術を指す言葉だ。

ゲーム『ポケモンGO』や、Google マップのライブビュー機能が、AR技術を使ったアプリケーションとして多くの人々の生活に馴染んできている事を受け「僕としては、その次の段階がそろそろ来るな、と思ってて」と続ける。

さまざまな開発者が今着手しているのは、ARとAI(人工知能)の技術を組み合わせること。
例えば、出荷前の野菜をカメラで読み取り、「出荷できる商品かどうか」を自動的に判別する機能や、建物にカメラをかざして「これは燃えやすい素材の建物なのではないか」と自動的に安全性を判断し、火災の危険を回避できるような機能の開発はすでに実用段階にきているという。

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NanoStockk/iStockphoto

今までは専門家しかわからなかった知識や経験が、スマートフォンを介して一般人にも共有される研究が進んでいる。

テクノロジーを恐れず、正しい使い方を知る

そして話題は、AIと人間の仕事に。佐野は「アメリカの大量失業の要因を移民のせいだと言う人がいますが、多くは機械の発達によるオートメーション化によるものだと言われています。恐れることではないのかもしれないですが、どういう社会になっていくのか?」と懸念。

かつて多くの人が従事していた改札で切符を切る仕事や、高速道路の料金所の仕事は、今思うと狭い場所で動きにくくストレスや排気ガスなどを考えると、職場環境はよいものとは言えなかったことを挙げ、「確かに、(駅員さんの)芸術的な切符きりのリズムなど(惜しまれるものは)ありますが、尊厳について考えた時に、人間がしなくても良い仕事だったかもしれない。代わりにやってもらったほうがいいことはプログラミングにやってもらう。人間だけが生み出せるものを仕事として残していくことに、テクノロジーはもっと使えるな、という印象です」と川田さんは語る。

テクノロジーはともすれば、人を人として扱わないような管理的な使い方も考えられるが、川田さんは、人の良さや素敵な部分を感知し残せる方向にテクノロジーを使いたいと考えている。

例えば「火」は扱いを間違えると大変なことになる。木造建築の多い日本では放火は殺人と同じくらい罪が重い。しかし、子どもの頃から使い方を正しく教えてもらえば、人を助けるものや生活に役立つものとして扱えるようになる。そのように、ARやAI、それを取り巻くテクノロジーを考えると、恐れるのではなく、「どうやったら正しく使えるか」を知ることで共有の財産としていけるのではないか。

文化と教育を見直すことが必要

『ビッグイシュー日本版』425号(2022年2月15日発売)で台湾のデジタル担当相・オードリー・タンさんへのインタビューが掲載されていることを受けて、佐野は、台湾のシステムについて触れていく。

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「オードリー・タンさんに取材する前に調べてみたら、コロナ禍になってすぐ、すごい速さでマスクの在庫を可視化する「マスクマップ」を開発して共有したことなどは有名な話ですが、台湾のシビックハッカーの層が厚いと感じた。そういうシステムはシビックハッカーと信頼して協力する政府と市民という構図があってこそ実現できた。日本にだって実力のあるエンジニアはたくさんいるはずなのに、なんで同じような活躍できないのか。活躍する場が、限られてしまっているのか?」という疑問をぶつけると、川田さんは「日本でプログラミングができる人は、ビジネスの世界で成功していて、社会の方に流れてないですね。」と話す。その要因として「文化が枯れかけ、お金第一主義になっていること」を挙げる。

プログラマーが恒久的に不足しているので、賃金の高い仕事はいくらでもある。しかし名ばかりのDX、ソーシャルゲームなど射幸心を煽るものの開発が大半で、それは遠からずプログラミングが本来もつ可能性を狭めていると川田さんは指摘。

「“Hello,world!”は、必ずも既存の価値感にアタッチするためのものではない」と持論を説明する。「プログラムを始めるときに、まずタイプするのがこの一文です。どんなに習熟したプログラマーでも、最初の言語に触れるときはこの一文をまずは入力してみることからはじめます。この『世界(world)』とは、プログラミングの狭い世界からするとコンピューターと接続するための挨拶なのですが、僕はプログラミングが作用する場所が「世界=現実」だと思っているところがある。だから、既存の価値や枠組みの中ではなく、広い意味でこの“World”(世界)を捉えたいと考えて活動しています」

経済的な成功者の中には、そもそも成功しにくい環境に置かれている人々がいることがわからない人もいる。経済的に成功することにとらわれている人も多い。そうした状況を少しでも改善する方法として、文化を知ることと文化の力を通じて「これからできること」を伝えていくことが必要で、「文化を知ることは他人の痛みを知ることにつながる」と川田さんは言う。

そして、成功しにくい状況に置かれた人々についても「機会と場所があれば、いくらでもやり直せる」とエールを送った。

もう一度、自信を取り戻せる社会を

「何かの機会で仕事を失った人たちが、もう一度自信を取り戻せる機会をつくりたい。プログラミングを職業訓練みたいに教えられたら」と川田さんは語る。

日本では、プログラミングの担い手が45万人不足しているといわれる*。足りない人手は、インドや中国に頼っていた時期もあったが、いまでは国内でプログラマーを雇用するよりも人件費が高くなってしまう。また、言語や文化の違いで、伝えたいことが明確に伝わらないこともあるという。


*経済産業省「IT人材需給に関する調査」より

ならば国内でプログラミングができる人材を育てることが、担い手不足をカバーする手立てになるのではと川田さんは考えている。「年齢を重ねてようが、今まで別の仕事してようが、ちゃんと改めて考え直せば、プログラミングの基礎を授業にできるんじゃないか」と夢を語る。

社会になじめなかった人が持つ「経験と想い」が課題解決のヒントになる

佐野は、社会課題の当事者や支援現場にこそ、テクノロジーで社会問題を解決するヒントが眠っていると考えている。例として、ホームレス状態を経験した後、現在は支援現場にかかわる人間が生活保護をオンライン申請できる仕組みをつくったケースを挙げた*。簡単なことのように思うが、困窮した人が生活保護の相談に窓口に訪れたときに申請を出させない、受け取らないという違法な水際行為で申請を断念させられるケースが後を絶たない現状を考えると画期的な仕組みだ。

台湾のマスクマップも一人のシビックハッカーがマスクが手に入らなくて困っている友人や家族を助けるために作ったところから始まった。「困りごとがある人」にプログラミングの知識があることで社会課題の解決のハードルが下がるような取り組みがたくさん生まれてくることが期待できる。

*フミダン 
https://fumidan.org/

「その人の職業能力とプログラミングの技術がつながったとき、活きたものになると思う」と川田さん。「これから企業は、その歴史や商材をすべてデジタル化する時代がやってくる」そのために必要とされるのが、プログラミングができる人材であり、その役割を担えるのが「もう一度、やり直したい」と強い想いを持つ人たちなのではないかと話す。

川田さん自身、幼少期に自身の考えや感情を理解されなかった経験を持ち、メーカー勤務をしていた頃にも、アイディアが理解されず退社に至った経緯があるという。

「学校に行けないこともあったり、会社がしんどかったこともあったから。ちょっと負けた気になったんですよね。何回か、負けを重ねているうちに『いや、なんかできるはず』って」

一度社会になじめなかった経験を持つ人の中には、「やり直したい」と強く想う人も多い。ビッグイシューの活動とテクノロジーの世界に共通するものがあると川田さんは言う。

「ビッグイシューがやっていることも、こぼれ落ちそうな人に、あなたの存在が必要というメッセージを伝え続けてますよね。VRChatなど、ユーザー主導で導入が進んでいるVR(Virtual Reality=仮想現実)の世界も近しいと思います。現実での対人が苦手でも、VRの世界でなら大丈夫っていう人もいます。それに、VRに入ってみるとわかるんだけど、初めての人にはいろいろ教えてくれるなど、相互扶助の精神があるんですよ。」

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Alexandra_Koch / pixabay

ホームレスの人が路上生活から脱出するには、1人では超えられない壁が聳え立っているような状況に直面しがちだ。その壁を乗り越えるための梯子のひとつをビッグイシューがかけている。苦難の状況があっても、乗り越える手段が増えることで失敗が恐れる気持ちが薄らぐかもしれない。
その際、脱出を阻むものの一つが「他人の失敗に対する、社会の視線の冷たさ」だ。失敗を、暖かい目で見られるような社会の雰囲気が面白いものを生み出す、と川田さん。それはいずれ「壁自体を取り払うようなことにもつながると思う」

また、ハンディキャップのある人や、現実社会になじまなかった人が自信を回復させていくためには、その手段を増やしていくことが必要だ。ヴァーチャルな世界で人と接してみることも、自信を回復させるための手段の一つだという。

現実の社会は、まだまだジェンダーや肌の色など、個人の人柄や実績、やりたいこととは別の部分で評価されるという課題もあるが、インターネットの世界は、実際に顔を合わせなくてもコミュニケーションが取れるなど、バイアスからは自由な面もある。

「今、現実が辛くて、リアルが辛くて、何もできなくなっている人が、VRの世界でもっと自由にいろんなことができたら。もっとリアルの世界でも活躍できるようになって、戻ってくるようになる。そういうこともあるんじゃないかなってお話を伺って思いました」と、佐野。

川田さんは「社会へ再出発するにあたって、職能をもって、具体的な社会と接続する方法もあるし、気持ちの部分であれば、まずはテクノロジーを使って現実じゃない人と接してみるっていう方法もありますね」と今回の対談を振り返った。


ビッグイシューでは月1回程度、YouTubeでオンラインイベントを開催しています。

BIG ISSUE LIVE #11「通りすがりの天才に聞く 社会問題を解決するためのテクノロジー」

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