有限会社ビッグイシュー日本では、ホームレス問題や活動への理解を深めるため学生や社会人向けの研修プログラム「道端留学」を提供しています。販売者やスタッフの講義に加え、路上で雑誌を販売する体験がセットになったプログラムです。
雇用の流動化、不安定な居住環境… ホームレス数は減ったように見えても残る課題
はじめに、ビッグイシュー日本東京事務所長の佐野未来より、ホームレス問題の現状や課題について解説しました。
厚生労働省による調査結果では、今から20年前の2003年、全国の路上生活者数は25,296人にものぼっていました。その後ホームレス支援制度の整備、支援団体の活動の活発化や、福祉制度の相談窓口対応の改善で生活保護が利用しやすくなったことなどもあり、路上生活者数は減少し2023年4月に発表された調査結果では3,065人となっています。
しかし、この調査方法には課題も指摘されています。一つは、『ホームレス』の定義が「公園、河川、駅舎などで野宿をしている人」に限られていること、もうひとつは、調査方法が日中の目視調査であることです。
これではネットカフェや24時間営業のファミレスやファーストフードなどで過ごす「安定した住まいのない人」はカウントできません。
※2017年、東京都は都内のネットカフェやサウナなどを宿泊で利用する人を調査。住居を喪失していると考えられる人は推計4000人以上にのぼりました。都内だけでも、ネットカフェの常連と考えられる人は5000人を超えています。
(「住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査」の結果より)
佐野「リーマンショック以降、日雇いなどの非正規雇用で働きながら、ネットカフェなどの不安定な居住環境で過ごす人からの相談が増えています。路上生活はしていないものの、そういう人も、安定した住まいがないという意味ではホームレス状態だといえるのではないかと思うんです。」
佐野「登録制の配達員の仕事など、今は日雇い労働よりもさらに短い時間の働き方も増えていますね。もちろん、働き方が多様化するメリットもありますが、不安定な労働環境を支えるセーフティネットが整備されないまま、雇用の流動化だけが進んでいくとどうなるんだろうと、危惧しています。」
そして話題は、「なぜ、ホームレス状態に至ってしまうのか?」というテーマに。佐野から「ホームレス状態至るまでには、仕事や家以外に、何を失ってきていると思いますか?」との問いかけに、「家族」「自尊心」「地位」「人とのつながり」「健康」などとさまざまな回答が寄せられました。
ホームレス状態に至るまでには、人によってさまざまな事情や経緯がありますが、仕事を失って収入が得られなくなり、やがて家賃が払えず家を出て、その間に家族や友人など頼れる人との関係も途切れ、孤立し、路上生活を余儀なくされるケースが多いのが現状です。そうした状況が続くと、1人でそこから立ち直るための気力や体力も残されていないという人も。
佐野「生活保護の申請や福祉の窓口への相談もハードルが高いので、安心できて、使いやすいセーフティネットが整備されることが必要だと思います。」
こうしたホームレス問題の現状と、そこに至る背景に何があるのか、皆さんそれぞれの考えを深める時間となったようでした。
4者4様、それぞれの販売スタイルで売り方を試行錯誤
講義のあとは、いよいよ雑誌『ビッグイシュー日本版』の路上販売を体験する時間。
スタッフからの説明を終え、今回の販売体験場所である新宿南口バスタ前へ移動します。
今回の販売時間は約1時間。1人5冊の雑誌が配布され、スタッフからは「1冊450円なので、5冊全部売り上げると、2,550円になります。都内のネットカフェの相場が1泊2,000円なので、全部売ればネットカフェに泊まることができます。」との説明が。
「緊張する〜」「売れるかな、難しいかもしれない」と、販売体験を前に、不安と緊張の入り混じった様子の皆さんでした。
新宿南口バスタ前に到着すると、講師は販売者のにしさんにバトンタッチ。
にしさんからは、「お客さんが近づいてくるまでは、視線を合わせすぎないほうがいい」「街の騒音にかき消されてしまうこともあるけれど、声を出すことの効果はある」など、にしさんが日頃販売において気をつけていることやコツを皆さんにお伝えしていきました。
ビッグイシュー販売者のトレードマークである赤いキャップとベストを身に着け、1人ずつ離れて販売を開始。
積極的に声をかけ、近寄ってきた通行人との会話を楽しむKさんや、丁寧なアピールと接客のMさん。通りゆく人の視界に入るよう、小さく移動を繰り返しながら試行錯誤するTさん。人並みに馴染みながらもゆっくりと購入者を待つOさん。
それぞれのスタイルで販売を行い、約1時間の販売体験を終えるころには、4人で合計11冊を販売することができました。
「街中で、誰かが自分に関心を持ってくれることがありがたい。」
体験後のアンケートでいただいた声を一部ピックアップします。
「販売の難しさ、行き交う人々のリアルな視線を販売者視点で感じることができ、体験なしでは得られなかったものを得ることができました」
「社会構造に問題があることを、私たちが認識することが必要であると思いました(略)
私の意見になりますが、ホームレスになる人を減らす社会をホームレスの人を受け入れながら作っていくことが大切であると考えています。(略)
生活保護についての偏見のない知識を生徒に伝えていくことも一つの手段であると思いました。」
「“自分さえよければいい”ではなく、この問題の背景となる原因を、共に考え、共生しながら生きていくための術を見出して行かなければ、社会は変わらない。
“誰もが自分らしく、何度でもチャレンジできる社会をつくる”言葉で理解しているだけでなく、自分から動いて、発信する。」
「買っていただいた時、心が温かくなりました。買ってくださる人の優しさがお金のやり取りを通じて伝わってきました。そして、販売をしている人は自立に向けて努力ができている素晴らしい力を持っている人だということがわかりました。体験してみなければ気づけなかった一期一会の心の交流でした。
包摂的な社会づくりが本当に大切だと感じた。助け合い支え合う空気が社会に広がって欲しい。そういう考え方を人が持てるような人を増やすことが教育の役割だと感じました。知らないと理解できない世界がまだまだある。教師として学びを止めてはならないということを実感できた機会となりました」
雑誌『ビッグイシュー日本版』の販売体験を通して、路上に立つことで初めて味わった「そこにいるのに、見えないことにされる」感覚や、販売者の気持ちが「自分ごと」となったようでした。
記事作成協力:屋富祖ひかる
格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします
ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。
小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/
参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」
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