「人の役に立ちたい」と奮闘するも、うまくいかず自暴自棄に。ホームレス状態から再び希望を持てたきっかけとは

ビッグイシューでは、ホームレス問題や活動の理解を深めるため、高校や大学などで講義をさせていただくことがあります。

今回の訪問先は駒澤大学の消費経済論bの授業。講義を企画してくださったのは、経済学部の姉歯曉先生です。「生活の社会化と市民の権利から見る貧困・格差の原因と生きづらさ」をどう見るかについて学生さんたちに考えてもらう機会として、ビッグイシュー日本東京事務所長の佐野未来と、販売者のニシさんがお話しました。
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*以下は講義の内容の抜粋です。

ビッグイシュー日本が生まれた時代背景

約30年前、バブルがはじけた後の大阪は日本で一番路上生活の方が多いエリアでした。商店街の店が夜閉まると、シャッターの前に段ボールハウスが一つまた一つと増えていき、夜中になるころには両側に段ボールハウスがずらっと並ぶ…。そんな風景に「なぜ、こんなことに」と思いながら、佐野はその時は何もできなかったといいます。

そこへ、現・ビッグイシュー日本版の編集長水越洋子がイギリスのビッグイシューの取り組みを知ります。働きたくても住所もない、保証人もいない、身分証明書もなく雇用されにくいホームレスの人たちがすぐにできる仕事を提供するべく、父・佐野章二と、現編集長の水越洋子が共同代表となり、3人で『ビッグイシュー日本版』の創刊をめざして動き始めました。

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各国で異なる『ホームレス』の定義

ビッグイシューの創刊当時、約20年前の日本には、全国で3万人近い人が路上をしていましたが、直近の厚生労働省の調査によると、2,820人と大幅に減少しています。しかし、これは「ホームレス問題」の解決をそのまま意味するものではありません。この調査は日中に河川敷などにいる路上生活の人のみを目視でカウントしたものであり、例えば2017年の東京の調査では、ネットカフェやサウナなどに滞在し、帰る住まいはないと答えた人は一晩で約4,000人と報告されています。見えにくい形でのホームレス状態の人々や、非正規雇用の人たちなど、住まいを失う可能性が高い人は増加している可能性があります。

不安定な居住環境に陥りやすい状況の方々に何かがあった時も、家を失わなくていい仕組みが必要です。住まいを失うと収入を得るための仕事を探すのが難しくなり、そうなると更に安定した住まいを得ることが難しくなるというマイナスのスパイラルにはまり込んでしまいます。そこから抜け出す手段のひとつとして、ビッグイシューはホームレスの人たちに、その日からすぐにできる仕事の機会を提供しています。


佐野による「ホームレス問題の背景」や「ビッグイシューの役割」についての講義のあとは、ビッグイシュー販売者であるニシさんの実体験トーク。学生さんたちは、初めて聞く「ホームレス経験者」の話に熱心に耳を傾けました。

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国立大に合格したニシさんがホームレス状態になった経緯

教育熱心な両親のもとに育ったニシさんは、進学校を経て地元の国立大に合格。ただ、家庭の事情で「行きたい大学の中で学力的に行ける大学ではなく学費や生活費的に行ける大学」という選び方をしたこともあり、次第にアルバイトと大学の両立がつらく感じ、悶々とした日を過ごしていました。

そこへ自衛隊からの熱心なスカウトがあり、「公務員だし、親も納得するだろう」と誰にも内緒で試験を受け、合格。親にはギリギリになってから伝え、ひっそりと大学を中退して入隊を決めます。そうして入った自衛隊では、大変ながらもやりがいも感じ、10年以上働く中で責任ある仕事も少しずつ任されるようになっていました。

そこへ起こったのが東日本大震災でした。震災直後から宮城県の南三陸町へ派遣され、未曾有の混乱のなか、人命救助や炊き出し支援に必死に取り組みます。計2カ月ほどの災害派遣活動をするなかで、自分の力だけではどんなに頑張ってもできないことがあるという現実に直面し、自衛官としての限界を感じるようになっていました。

偶然そのころに出会った音楽バンドの世界観に衝撃を受け、彼らと一緒に活動をするためにダンサーになろうと、13年務めた自衛隊を辞める決断をします。

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人の役に立ちたいのに、思うようにいかない

その後紆余曲折を経てプロのダンサーとしての活動を始めたものの、「ダンスを通して人の役に立つことをしたい」という願いをかなえることができずに頓挫、借金をして新たな事業をスタートするが失意の中うまく行かず返済に追われ、だんだんと生活が追い詰められていきます。

「大学を中退してまでも入った自衛隊も勝手にやめてしまったから、今さら実家には頼れないし、ダンサーとして応援してくれている仲間たちに頼るのも恥ずかしい」と感じ、自分で何とかしようと、右往左往する日々を過ごしました。

そうした状況が続くとだんだんと自暴自棄になり資金捻出のために働いていた非正規の仕事の出勤が減っていきお金が入ってこないーという悪循環。そうするうち、無理に頼み込んだ連帯保証人の親に催促の負担がかかり、借金の肩代わりの条件として勘当されてしまいました。そうしてすべてから逃げるため、辿り着いたのが路上だったのです。

その後知人を訪ねて東京に辿りついたニシさん。成田空港を中心に東京各地を転々としながら、何か月もギリギリの生活をするなかで、自分が何をしたいのか、何者なのかわからなくなってしまいます。どんどん精神的にも本当に追い込まれていきました。

最後には、新宿バスタ周辺で寝泊まりしながら、3週間、水だけを飲んでやり過ごす日々。もうやりたいことも、希望も、不安もないという境地に陥り、いよいよ「のたれ死んでもしょうがない」と精神的にも体力的にも限界を迎えます。

そのときふと、以前手に入れた『路上生活脱出・生活SOSガイド』(ビッグイシュー基金発行)がリュックサックの中にあるのに気づき、改めて読んでみますが、「今の自分では炊き出しや緊急シェルターなどの支援を受けても意味がないし、(その当時は知識がなかったため)生活保護は自分には資格がない」と感じたそう。それでも「1冊売れば180円(当時)が手に入るなら…」と当座の現金収入が得られる仕事には惹かれたそうで、人生で初めて「助けて」と連絡をしたのがビッグイシュー日本でした。

事務所を訪ねてふるまわれたスープ状のカレーを食べ、少しお腹が落ち着いたところで「寝床に戻ってもう一度今後について考えようかな…」と思ったニシさんでしたが、折角なのでと受けた面談のための自己紹介シートの趣味の欄に『踊り』と書いたことが人生の転機となりました。

ビッグイシューのスタッフから、第一線のプロのダンサーが、路上生活経験者の人たちに踊りを教え、前衛的なパフォーマンスをするグループ『新人Hソケリッサ!』の存在を教えてもらったのです。
『新人Hソケリッサ!』は「自分がかつて、ダンスを通じて伝えたかったのに伝えられなかったこと」を実践しているように感じ、“ここになら関わってみたい”と、ビッグイシューの販売者をしながらダンサーとしても活動することになりました。

そしていま、ニシさんはビッグイシューの販売もさることながら、ダンサーの活動が主流になっています。

ドキュメンタリー映画『ダンシングホームレス』にも出演。

「自分は『困った人がいれば助けたい』ってずっと思っていたけど、『自分が困っているときは誰かが助けてくれるんだ』っていうことを、ビッグイシューの販売を通じて実感しました」と語るニシさん。コツコツとビッグイシューを販売する中で生活が変化していき今では住まいも得て、ダンスの仕事も声がかかるようになりました。

「あのころは本当にゼロだった。でも、いまはわずかなものだけど、(ゼロじゃないと)実感して生きられています。
人の役に立つには、偉くならないといけないとか、そんなシステムを作らないといけないとか、自分ができることは自分がやらないといけないと以前は思い込んでいたんですが、人間一人にできることは限られていて、(そのままだと)普通に壊れちゃいます。
やっぱり人との関わりがかならず必要で、そのなかで自分がひとつでもふたつでも何かしら貢献するっていうのが大事なのかなと思います」と話しました。

「生きる勇気をもらった」講義後の学生さんからいただいた声

講義の後の少人数での茶話会や、アンケートでは学生さんからたくさんのポジティブな声をいただきました。

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『生きる希望がなければ炊き出しも無意味だし、生活保護も知らなければ助けてくれない』という言葉を聞いて、セーフティネットが『制度としてあればよいもの』ではじゅうぶんではないと知ることができた。

挫折を経験しても、前を向いてやり直すチャンスが与えられる社会にしていかなければならないと、『生きる希望がない』と言っていた頃と現在のニシさんの対比を見て強く感じました。

ニシさんのお話を聞いて、(略)うまくいえないのですが、とても生きる勇気をもらった気がします。

テレビやネットでは、深く事態を学ぶことやそのための支援制度を知る機会が無かったので、本日学んだことを活かし、周りを視たいと感じました。

企画した姉歯教授からの声

「日本社会の抱える生きづらさの根源を探る問いを学生たちに考えてもらいたい、ビッグイッシューの取り組みや当事者の方のお話を伺うことで、学生たちにエンパシーを持ってこの社会を変える力を育てる一歩になれば」と講義を依頼してくださった姉歯教授からは、このようなコメントをいただきました。

学生たちもこの日を楽しみにしていました。ビッグイシューを買ったことがある学生、ホームレスの人たちに直接声をかけたことはないけれど、人数が増えていることをずっと気にして見ていた学生、数字の中に埋もれがちな一人ひとりの人生がどれだけ大切なものかを共に考える貴重な時間になりました。

誰かが不安で生きづらい状態に置かれていることを本当は無視などできない。それが私たち人間の本性なのだと、学生たちの様子を見ながら再確認できて嬉しい時間でした。このような機会を頂戴できたことに、西さんと佐野さんに心から感謝いたします。

写真協力:駒澤大学広報課

格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします

ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

 

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/ 

参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」

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