エリン・サックスは16歳のある日、急に席を立つと教室を出て、学校を抜け出し、自宅へと向かった。なぜそんな行動をとったのか自分でも分からなかった。近所まで来ると、家々が侮辱的な、敵意に満ちた言葉を浴びせてきて、頭の中でこだました。
これはサックスが初めて精神に変調をきたし、統合失調症患者としての人生が始まった時のことだ。



それ以来、激しい妄想に悩まされるようになり、イェール大学ロースクールに入学してまもない頃には、初めて入院し、身体を拘束された。数年後、オックスフォード大学在学中にはひどい精神衰弱を経験、薬物療法とセラピーで病状が落ち着くまでに10年の月日を要した。

「統合失調症」とは、妄想や幻覚が現実と見分けられなくなる精神疾患。罹患率は1%以下。精神疾患の中でも誤解され、偏見も強い。

サックスは患者でありながら、南カリフォルニア大学ロースクール(Gould School of Law)で、法学・心理学・精神医学・行動科学を教える法律家でもある。重度の精神障害に苦しむ人のために自身のキャリアを捧げてきた。適切な医療資源と支援ネットワークがあれば患者たちはより自立でき、威厳と幸せを感じた人生を送れる、というのが彼女の主張だ。同大学内に研究機関「サックス・インスティチュート(Saks Institute for Mental Health Law, Policy and Ethics)」を立ち上げディレクターを務める他、カリフォルニア大学サンディエゴ校新精神分析センターおよびケック医学校でも教鞭をとる。

学術的には「法律と精神衛生の交わる分野」をテーマとしているが、自叙伝 『The Center Cannot Hold: My Journey Through Madness』(2008年)では、自身の統合失調症との闘い、そしていかに自分が望む人生を生きてきたのかを綴っている。2012年には、「統合失調症と生きる」をテーマにTEDトークに出演、動画の再生回数は300万回を超えた。



あまたの学術的業績を上げている彼女だが、本人が最も誇りに思っていることは、30年に渡って入院生活を拒否してきたことだ。

精神疾患や依存症からの回復支援を行う非営利団体「メンタルヘルス・アソシエーション・オブ・ポートランド(Mental Health Association of Portland)」が開催する会議で基調講演を行う彼女にインタビューを行った。

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Q. TEDトークの中で、統合失調症患者の頭の中は「分裂」しているのではなく「粉々」なのだと説明されていましたね。

エリン・サックス(以下、サックス):統合失調症を意味する単語「schizophrenia」の頭の「schizo」には、異なる人格という意味があるため、この病気も複数の人格を持つ疾患だと考えられがちです。「多重人格障害」(現在では「解離性同一性障害」と言われる)と混同されるのですが、統合失調症は頭の中がぐちゃぐちゃに乱れ、精神が崩壊していく感じなのです。

Q. 日常生活ではどんな症状が出るのですか?

サックス : 妄想に取り憑かれます。人殺しをしたと考えたり、幻覚を見たり。私もベッドの足元にひとりの女性が立っている幻覚を見たことがあります。また、関連性の低いことばを羅列して話す「言葉のサラダ」という症状もあります。私もイェール大学時代に繰り返し支離滅裂な発言をし、強制入院させられました。 ひどい時には、起きている時でも混乱や恐怖に襲われます。普通、悪夢にうなされても目が覚めれば消えますが、この病気では目覚めてもそれが続くのです。

Q. 言葉のサラダ、幻覚…かなり恐ろしい症状ですよね。こういった症状が長期間続くと、ひとりの人間にどんな影響を及ぼしますか?

サックス : 薬物療法を受けている程度によって違ってきます。一生涯、病と付き合っていく人もいます。夫いわく、精神疾患というのは電源の入/切スイッチというより調光つまみのようなイメージです。私も、「これは単なる病気、気にしすぎることないわ」と自分に言い聞かせられる時も多いのですが、2〜3日症状に苦しむこともあります。ひどい時には部屋の隅にうずくまって震えが止まりません。症状はその時々によって違います。私に限って言えば、長い年月を経て状況は良くなっています。

Q. あなたのように病気とうまく付き合い、人前で語れるようになるまでには、さぞかし大変な努力があったのではないですか?

サックス : そんな風には思っていません。長い間、この病とともに生き、語ってきました。回想録も書きました。今ではとても楽になり、ありがたいことだと思っています。

Q. 他のインタビューで、精神疾患の症状は人それぞれ違うと話されています。どういうことでしょうか?良い医療を提供する上での影響は? 

サックス : 一定の症状がないと診断が出ませんが、個々人で症状が違うのです。妄想に悩まされる人もいれば、幻覚を見る人たちもいる。意欲を失って仕事を辞める人、人との関わりを断ってしまう人もいます。緊張病になる人もいますが、現在では良い薬があります。

Q. 統合失調症のような重度の精神疾患を患っている人も もっと自立した生活ができる、とのお考えですよね。とはいえ、現在は薬物療法や入院が主な対策かと…

サックス : 私のケースは特別で、こんな高機能な患者はいないとよく言われますが、 そうではありません。この疾患に対する偏見が強いため、病気の人たちが打ち明けられないのです。医師が患者に自分にあまり期待しないようにと告げるのも間違っていると思います。私の場合は、レジ打ちの仕事を勧められました。学生でしたし、得意でしたのでいいわ、やるわと。数日体調を崩してもやっていけそうでしたし。それよりも私がストレスに感じたのは、小銭に両替してくれという人の多さでした。

Q. 症状が良くなるよう医療を提供すべき医者が、患者が楽しんでいること、得意としていることへのやる気を削ぐ。どうしていけばよいですか?

サックス : 偏見があるからです。ロースクール時代に「身体拘束(*1)」について論文を書いた時、精神科医でもある法律の教授と話していて、身体拘束は痛くてとても屈辱的だと訴えると、「君は分かってないね。“彼ら”は精神疾患なんだよ」と教授は言うのです。精神を患った者が健全な人と同じ高機能な人間とは考えていないのです。だから私は言ったのです。「いいえ。“私たち”はあなた方と何ら変わりません。」

*1 身体拘束: 精神病患者などをベッドに縛り付けること。手足、胸部をきつく縛られる。これが原因で心肺停止などを起こし、命を落とす人もいる。暴力的だと、サックスはこれに強く反対している。

誰かのことを「他人」と捉えると、自分や家族にはしないようなことができてしまうのです。コネチカット・バレー病院に私が親友と共に担当しているクライアントがいるのですが、彼女は話すことを止めてしまったのです。自分と話したい人などいないと考え、病院スタッフや患者仲間とも一切口を利かなくなりました。でも、私たちとだけは毎月電話で話していましたから、話せることは分かっていました。ある時、彼女の法的権利について電話で話していたところを医療スタッフに立ち聞きされたのですが、てっきり空想上の弁護士と話していると思ったようです。

Q. 医師たちは彼女が人と話せるという可能性を考えもしなかったのですね。

サックス : 私にも似たような経験があります。ラジオのインタビュー番組に出演した時です。ヘッドホンをつけて、マイクを前にしていました。「エリン、何か話してみて。あなたの声を拾いたいの」と言われ、「ヘッドホンから他の人たちの話し声が聞こえているわ」と言うと、「何も聞こえないわよ」と彼ら。私が幻聴を聞いていると思ったのです。

Q. 普通なら、オーディオ機器に問題があると考えるところですよね。

サックス : そうでしょ。

Q. 偏見を減らすためには、医療の現場でどんな変化が必要でしょうか?

サックス : 社会全体に変化が必要です。精神疾患の原因が脳疾患にあると理解するようになっても偏見は減りません。でも、そこに人の顔が見えれば違ってくるでしょう。より多くの人が病について打ち明けることも偏見を減らすでしょう。実際、打ち明ける人の数は増えています。「障害を持つアメリカ人法(the Americans with Disabilities Act)」も有効です。職場の隣席の人が(精神疾患を患っていても)、環境に適応する中で彼らが自分と何ら変わらないことに気づけるでしょう。友人を必要とし、恋愛がしたい等、あなたと同じ価値観を持っているのだと。

Q. 経験を共有すべきとのお話を伺い、真っ先にメディアのことを思いました。ジャーナリズムは精神疾患に関するストーリーをどう伝えていくべきでしょうか? 人々の先入観を取り除けるものでしょうか?

サックス : メディアの力はますます高まっています。ジャーナリズムだけでなくテレビや映画もです。人はこれらの媒体から多くの情報を得ていますから。丁寧に、共感を持って、正しく伝えてください。センセーショナルに暴力犯罪にばかり焦点を当てるのではなく。現実には、精神疾患者がより罪を犯しやすいということはないのですから。

私のように深刻な疾患を抱えながら、どうやってきたのかとよく聞かれます。他の方のお役に立つことを願い、3つの理由を挙げましょう。1つ目は、優れた薬理学的および集中治療です。セラピーはこれからもずっと続けていくつもりです。今の(落ち着いた)状態が悪化するリスクは取りたくありませんから。第2は、献身的な友人と家族の存在です。彼らが私の人生に奥行きを与えてくれています。最後に、知的な刺激が得られる柔軟な職場環境です。論文などの文章を書く時、精神障害的な思考はどこかへ消えるのです。

心は自分の一番の味方であるとともに最大の敵だと思っています。うまく使うことで、自分の能力を発揮でき、生きるモチベーションと喜びを与えてもらっています。

Street Rootsより転載/INSP.ngo

著 アマンダ・ウォードループ
翻訳監修:西川由紀子

「統合失調症」の理解を助ける書籍の例

人間仮免中

壮絶な過去と統合失調症を持つ著者による、苛烈で型破りなコミックエッセイ。
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べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ ケアをひらく)

精神障害をかかえた人びとが共同生活を送る北海道・浦河町のグループホーム「べてるの家」。その特徴は、病気を治療し、社会復帰をめざすのではなく、悩み、弱さをそのまま受けいれ、問題だらけの人生を肯定する力の獲得をめざしていることだ。(Amazon紹介文より)
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