「何をしている人だかわからない」「ホームレスの人に話しかけるのがためらわれる」と言われることの多いビッグイシューの販売者。
購入経験がない方の「未知のものへの恐れ」や「ホームレスの人は怖いという思いこみ」といった購買へのハードルは、創刊以来ずっと解決できていない問題です。

その問題を解決するべく、2017年4月より大阪大学経済学部の松村真宏教授とそのゼミ生とともに、「仕掛学」の研究としてビッグイシューが売れる仕掛けの考案と効果検証をしています。


参考: 仕掛学の紹介記事<スタンフォード大の講義にも採用、日本発のフレームワーク「仕掛学」

ビッグイシューは路上で販売する雑誌ですが、公共のエリアを占有してはいけないなどの行動規範を定めています。 ただ、それを先に学生の皆さんに伝えてしまうとアイデアが自由に出ないのでは、という先生の懸念から、まずはフリーのブレスト。ゼミの学生によるブレストの中ではビッグイシューのスタッフには思いもよらないアイデアが飛び出しました。

◆着ぐるみを着る/たくさんの風船に隠れる

ホームレス状態の人々との接点が普段ない学生さんからは、「目があうのが怖いという人は多いのではないか」という意見がいくつか出てきました。 そのなかで「着ぐるみを着る」「風船で顔を隠す」といったアイデアなどが提案されました。

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→しかし、ホームレス状態である販売者は着ぐるみを持ち運ぶ・保管する場所がありません。(事務所も狭く、保管するスペースがありません)
また、冬季はいいのですが夏季はただでさえ脱水症状が危ぶまれるため、危険でもあります。

風船はかわいいのですが、1日でしぼまない風船の手配または、ヘリウムガスを充てんする費用を捻出するのが難しそうです。 そもそも、怪しいことをしているのでもないので、誰が販売しているのかを隠さなければならないというのは、販売者にとって誇りを持てないということになり、創業の理念に反してしまいます。創業の理念と、一般的な人々の反応の隔たりを埋めていくのがポイントとなります。

◆公約を掲げる

目標と公約を掲げるという案。「●冊売れたらネットカフェに泊まって体力を回復させます」などと書いていたら少し買いたくなるのでは、という案もありました。

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→「お客さんがめったに通らない場所であれば有効かもしれないですが、毎日通勤で利用する場所だと、お客さん側が販売者の前を通ることすら重たく感じるのではないか」という懸念もありお蔵入りに…。

◆売上の可視化

「料金を清潔感のある箱に入れつつ、他の人も買ってることを知ってもらうために売り上げを可視化してはどうか」という案。

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→こちらも「給与明細を公表して路上に立っていなさいと言われるようなものなので、酷ではないか」という懸念がありボツに。

◆「手書きのQRコードを置いておく」

様々な案が出てくる中で、「段ボールに手書きのQRコードを書き、そこから販売者のプロフィールページにアクセスしてもらうことで話のきっかけにならないか」という案が出てきて、梅田阪急百貨店前の販売者・羽根さんが協力してくれることに。

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まずは試作品を実際の販売場所に置かせてもらいます。

こんな感じで置いたのですが、「屋外」であるということを軽視していたため、あっという間に風でどんどん動いてしまいます。

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公道で販売している以上、「通行の邪魔をしない大きさ」かつ「速やかに撤去」できることが条件になりますが、あまりに軽いと風で飛んでしまうのが難点です。

そこで、改善案として風対策に重しを仕込んだもので調査開始。

が、室内で作っていた時と比べると、「路上にある段ボールにかかれたQRコード」は想像以上に風景に馴染んでしまい、目立ちません。

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羽根さんの背後の位置から観察調査をしました。(羽根さんを見ているときは顔が上を向いているので後ろ向きでもわかります。)

ここは大きな信号があり、1分ほど人々は信号待ちをするのですが、QRコードがあるからと言って、羽根さんのほうを見る人は稀です。
結果、QRコードを読み込んだ人は2日間ほどの調査のうち、数人に過ぎませんでした。


ところが、学園祭で松村教授や学生が室内実験した際は、それなりに人が集まって会話が生まれていました。


実験に関わったゼミ生・板谷さんからの感想:
「なぜ買わなかったのか」がよくわからなくなる雑誌

ビッグイシューを知ってみて、感じたギャップ

もともとビッグイシューのことはなんとなく知っていたんですが、きっかけがなく買ったことがなかったと思います。

今回ゼミで「ビッグイシューを買いたくなる仕掛け」に取り組むことになったので、思い切って買ってみたんですけど、販売者さんって思っていたよりにこやかに対応してくれましたし、雑誌の内容も想像以上に映画とかアーティストとかも扱われていたり、海外記事はちょっとした英語も載ってたりして、これは英語の勉強にもなるなと思って(笑)定期的に買うようになりました。

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学生ライターとしての活動もしていたので、ビッグネームにインタビューするならこんな切り口があるのか、などといった読み方もしていたので、かなり読み込んでいたように思います。普通に350円払って読む価値のある雑誌だと、私は思いました。

板谷さんの感じる「ビッグイシューを読みたくなる仕掛け」の難しさ

「苦情があれば速やかに移動しなければならない」とか、「どの販売者も簡単に導入できることかどうか」といったスケールも難しいポイントでしたが、人々の心に「ホームレスの人に近づけない」という気持ちのような、もっと大きなハードルがあると感じました。

実験に関わったゼミ生・内川さんからの感想:
路上で「意識0(ゼロ)」を1(イチ)にする難しさを痛感

「見えてるけど、見ていない」販売者さん

大学に入る前から販売者さんを見かけたことはあったんですが、「見えてるけど見ていない」というか、「視界に入っていない」という感じで、「そこから何かを買う」という選択肢は僕にはまったくありませんでした。

でもあるとき、予備校の英語の先生が前を歩いていて、自然な感じで販売者さんからビッグイシューを買っておられて、「あの先生が買うようなものなんだ!」と衝撃を受け、「ビッグイシュー」で検索して事業の内容は知ったんです。

それでも受験生で自分のことで必死でしたし、販売者さんに路上で声をかける勇気はないままだったんですが、今回のゼミをきっかけに、販売者さんに初めて話しかけました。
それも、意を決して行ったものの、話しかけられず、何度か行ったり来たりする感じで。
でも、一度話しかけてみたら、「なんでこんなことができなかったの?」という感じになりました。

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実際にQRコードを作ったり、いろんな実験を学内で試してみたりもしましたが、そこで感じたのは路上で「見ていないものを見えるようにする」というのは本当に大変だということです。

「存在は知ってるけれど、だから何?」
「自分の邪魔になる存在でもないし、干渉しない」
「物理的にはいるけれど、意識の中では存在しない」
といった感覚は、「その他大勢のホームレス状態の人」と捉えている限りは払拭できないと思います。意識が「1」あればそれを大きくすることはできるかもしれないけれど、路上で「0」を「1」にするのは本当に難しい。

内川さんの感じた「ビッグイシューを読みたくなる仕掛け」の難しさ

学内の実験で僕がビッグイシューを持って立っていたら「おー、内川、何してんねん」って声をかけてくれますが、駅前の路上で知らない人がビッグイシューを持っていて立っていても、立ち止まってくれる人はほとんどいません。
人々の意識が「0」なところに向かって、気を引くという難しさを痛いほど感じました。
「ホームレス状態」であることは、「自業自得」と捉えられており、社会課題として認識されていないのが一番大きな問題なんじゃないでしょうか。



仕掛けについては、下記の書籍をご覧いただくと理解が深まります。






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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。