ビッグイシュー日本では、ホームレス問題や活動の理解を深めるため、高校や大学などで講義をさせていただくことがあります。
今回の行き先は、大阪大学の基盤教養教育科目、「平和の問題を考える(通称:平和の探求)」。北泊 謙太郎先生の企画で、ホームレス問題の裏側にある社会構造などや、ビッグイシューの取り組みについて話した後、阪急宝塚線蛍池駅および豊中駅で『ビッグイシュー日本版』を販売しているSさんが自身の体験を語りました。

「人がやらない仕事をしてみたい」と思っていた若者時代
大阪府南部に生まれたSさんは、「ごく普通」の4人家族の中に育ちました。小学校時代は、草野球を楽しんでいましたが、中学からはゲームセンターや麻雀にハマるようになります。それでも成績は良かったので進学校へ進み、国立大学にも合格。しかし時代はバブルの絶頂期で、「就職しなくても食べていけるのでは」と考えたSさんは合格した大学に進学せず、「人があまり選ばない職業に就いてみたい」という好奇心からフリーターになることを選択しました。テレフォンクラブの受付、雀荘の店員、パチンコ店の店員、ゲームセンターの店員などの様々な仕事を楽しみました。
しばらくして「さすがにこのままではいかん」と考え、住宅設備会社に正社員として入社し、空調設備を担当します。この頃結婚も経験(しばらくして離婚)。空調の仕事は7-8年続けましたが、横暴な取引先とのやりとりが多いことに疲れて退職を選びました。
一念発起してファイナンシャルプランナーの資格を取り、保険営業員に転職すると、収入も改善。この勢いに乗って「投資」を始めたといいます。保険の仕事は競争が激しい世界で、厳しいノルマのためにお客さんのためにならない商品を勧めなければならないことで良心の呵責に苦しみ、10年ほどで退職。さらに悪いことに、ハマっていた「投資」に親の財産までつぎ込んでしまい、莫大な負債を抱えてしまいました。

親の財産までつぎ込んだ投資に失敗。「誰にも頼れない、存在を消してしまいたい」
やってはならない失敗に、Sさんは「もう自分の存在を消し去りたい」と感じ、通帳・身分証などすべてを捨てて逃げ出しました。それでも路上に出るのは怖かったので、貯金を切り崩しながら、8か月ほど、ビデオボックスで生活。
「貯金が無くなったら死んでしまおう」と考えていましたが、手持ちのお金がなくなりいよいよ食べていけなくなってくると、死ぬのが怖くなったそう。色々調べた末に大阪市の釜ヶ崎エリアの存在を知って訪ねてみると、思ったより親身に相談に乗ってもらえて、西成区のシェルターへ入ることに。シェルター入居の際の身体検査などの結果を受け取るのがNPO法人釜ヶ崎支援機構(※ビッグイシューの卸をしている団体)で、待ち時間の間にビッグイシューの存在を知り、翌日にはビッグイシュー事務所にたどり着いたのでした。
「これで命がつながった、過去をリセットできるかもしれない」と感じたというSさん。
いまは日々販売の仕事に精を出しています。正社員の頃の仕事に比べれば段違いにストレスが少なく、収入は厳しいものの、優しいお客さんに支えられているそう。
販売を始めて数か月経った頃にはビッグイシュー基金の支援プログラム「ステップハウス※」を利用し、アパートにも入居が叶いました。
節約のために極力自炊をしており、「安い食材を求めて買い物するのも案外楽しい」と笑顔で語りました。
※オンライン編集部補足:ステップハウス:連携団体や、一般の家主の方から提供される空き物件を基金が借り受け、ビッグイシュー販売者をはじめとするホームレス状態の人に、低廉な利用料(月額15,000円~)で提供する、NPO法人ビッグイシュー基金の事業。
学生の皆さんからの質問
Q:ビッグイシューの販売で工夫していることは?
お手紙を毎号書いてお客さんにプレゼントしています。ゲームセンターでバイトした時に学んだ書式で書いていて、お客さんに好評です。

Q:販売していてつらいことはありますか?
ただただ暇な時間が多いことですね。最近はだんだん膝が痛くなってきているのに困っています。もう年ですからね。
Q:今後やりたいことはありますか。
今年58歳。この年になると、仕事を探すのが難しいから、少しずつ貯金をできたらと思っています。
Sさんから大学生へのメッセージ–“SOSを出して”
やっぱり早めにSOSを出すのが大事かなぁと思います。相談する人さえ間違えなければきっとうまくいくんじゃないかな。
あと、やりたいことは若いうちにやっておいた方がいいと思います。老後にやろうと思っていても、もう体が動かなくなって家でだらけているほうが良いと思えてきてしまいます(苦笑)。
若くて体力や行動力があるうちに、何でも経験しておいたほうがいいのかなと思います。
学生の皆さんからのアンケートは、理解度100%
授業後に学生の皆さんに記入してもらったアンケートでは、スタッフの講義・販売者の体験談ともに理解度100%で、フリーアンサーでも好意的な回答ばかりでした。
「社会は、思ったより何とか生きて行けるところだということ(が印象的だった)」
「実際に苦境に立ったことのある方の生のお声はとても響きました」
「身分証がないと病院にも行きづらいというのは日本に住む人として不平等だと感じた。これは日本が見直さなければならない部分だと思う」
「自分の価値観、世の中の見方が広がったように感じます」
「貧困というより格差をなくすためには、経済的支援だけでなく精神的な支援が必要なのではないかと感じた」
など、社会課題に対する関心や理解の広がり、価値観の変化に言及する声が多く見られました。
“貧困/格差社会のオルタナティブを考える機会に”
今回の講義を企画してくださった北泊先生からは、下記のようなコメントをいただきました。お話の機会をいただき、ありがとうございました!
平和の問題を考える(平和の探求)」の授業では、戦争という「直接的暴力」に対して、貧困・差別など社会構造のなかに埋め込まれた暴力を「構造的暴力」と位置づけ、平和研究の課題は構造的暴力のない「積極的平和」の実現を追究することにあると受講生に教えています。
ただ、学生や市民の皆さんには、「貧困」などの問題を、座学だけではなく、実際に現場で活動をされている方の話を聞いて、認識を深めてほしい。―ビッグイシュー日本に出張講義をお願いしているのは、そのような思いからです。自己責任論ではない、貧困/格差社会のオルタナティブとして、どのような社会を創り上げていくのか。ビッグイシュー日本の出張講義から皆さんで考えてみませんか。
Sさんの販売場所(2025年5月時点)
格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします
ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/
参考:灘中学(兵庫県)への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」
人の集まる場を運営されている場合はビッグイシューの「図書館購読」から始めませんか
より広くより多くの方に、『ビッグイシュー日本版』の記事内容を知っていただくために、図書館など多くの市民(学生含む)が閲覧する施設を対象として年間購読制度を設けています。学校図書館においても、全国多数の図書館でご利用いただいています。
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