東京マラソンの際、「ホームレスの人々の排除」が一部で話題になりましたが、2020年には長期にわたって開催される東京オリンピックが控えています。

ホームレスの人々を「排除」するのは、ホームレスの人々は「そこではないどこか」へ「移動」させられるにすぎません。
「排除」に代わる、ポジティブなかかわりについて考える機会がありました。


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2018年6月29日に川崎市で開催された「ホームレス支援とアート」(主催:ブリティッシュ・カウンシル)という意見交換会で、イギリスの「ストリートワイズ・オペラ」芸術監督のマット氏、「新人Hソケリッサ!」の主宰アオキ裕キさんがトークセッション。ホームレス支援をテーマに、イギリスと日本の取り組み方やその違いについて情報交換をしました。

まずは、ストリートワイズ・オペラ芸術監督のマット・ピーコックさんがアート活動を通したホームレス支援についてお話されました。

「ホームレスの人々が関わる音楽ワークショップやオペラで、2種類の花が咲く」

私は、ストリートワイズ・オペラというチャリティーを16年前に立ち上げ、英国で、音楽を使ってホームレスの人々を支援しています。毎週各地のホームレスセンターで音楽のワークショップを行うほか、年に数回はプロの音楽家とホームレスの人々の協働による大規模なオペラや音楽作品も上演しています。このようにアートによってホームレスの人々を支援する活動を木の成長に例えています。木に栄養を与えて育てると、葉が芽生えて、そして2種類の花を咲かせます。

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ストリートワイズ・オペラ芸術監督のマット・ピーコックさん

まず一つ目の花が、精神的あるいは身体的にも健康になりえるということ。アートを通して、自分に自信を持てたり、自尊心を得ることができたり、あるいは、うつ病と戦うことができるようになります。

そして、二つ目の花は、彼らが再び社会の一員となりえるということです。我々のプログラムを経験された方々は、より多くの経験を築くことができ、友人の数が増え、コミュニティとの活動を持つことができます。これら二つの側面から、アートが非常に重要であると考えています。

ホームレス当事者であるパフォーマーが自己評価をする仕組み

ストリートワイズ・オペラでは、パフォーマンスに対する評価表を用意しています。この評価表を使い、当事者の方が様々な観点で自己評価をするのです。例えば、他人と十分にコンタクトを持っているか、人と接しているか、自分に関して自分がいいと思っているか、調子はどうなのかといった感じです。

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パフォーマー(ホームレス当事者)が利用する自己評価表

つまり、「アートが人々の人生にどういう影響を及ぼしているか」を、絵を描くように目に見える形に残していくのです。

これは例の一つですけれども、ある人はパフォーマンスを始めてから6ヵ月の間に、より活動に積極的になり、多くの友人を得ました。また、映画や文化的な活動、ボランティア活動に参加したり、仕事を探したりなど、外出も増えています。つまり、アートに参加することによって自信をつけ、社会的な生活についての改善が見られたわけです。

公開されておりますアートとホームレスの報告書においても、「もっと評価をしっかりと受け入れてやっていくべきである」という見解が出ています。

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ブラジルでの活動を紹介するマット・ピーコックさん

リオにおけるホームレスセンターのボランティアの方のエピソードです。彼は、英国に来て、英国のミュージシャンから、いろいろと学んだ後、リオに戻って5つの聖歌隊を作りました。その聖歌隊の一つが、リオのオリンピック開会式で、聖火が点灯されたときに歌った聖歌隊です。このプロジェクトに関して、短いビデオをお見せしたいと思います。

(ビデオ上映リンク)
https://vimeo.com/279616141


図書館から考える公共の場の役割

文化的な組織や空間、つまり劇場や図書館のような場所が、ホームレス問題の解決に対してどのように影響し、どういう活動をしているか、という調査をしました。その結果、世界中の様々な劇場や図書館は、ホームレスの人々とも一緒に活動をしていきたいと思いつつ、それぞれのアイデアや良い事例を共有できていないということがわかりました。

例えば、ダラスシティの図書館の所長が、全てのスタッフに「ホームレスの人々も快く迎え入れてほしい」という方針を出しました。この図書館の外には、毎日200人のホームレスの人が野宿をしています。そして朝、図書館のスタッフは人々と握手をし「図書館の中へどうぞ」と、歓迎して受け入れます。年に1回、所長は、スタッフに対して、「今年の1年間、あなたの歓迎ぶりはこうでしたよ」と評価もします。

また、こちらではホームレスの人々が利用できる無料のお茶・コーヒー・衣類も置いてあります。そして、我々が力を合わせれば政策も変わってくるということを経験してきました。小さな組織、あるいは小さなNPOになりますと、自分はすぐにポキッと折れてしまう小枝のように感じるかもしれません。しかし、みんなで力を合わせることによって、三本の矢ではありませんが、折れにくい小枝の束になることができます。

「まずは衣食住」だけではない、ホームレス支援の戦略的なあり方と実践

マンチェスター市では、ホームレスセンターや文化センター、警察、政策立案者などの力を合わせて、ホームレスに関する新しい戦略や政策を立てました。

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マンチェスター市の取り組みを表した模式図。戦略的な構想と各組織のパートナー関係を軸に、「地域ネットワーク」、「文化的空間でのトレーニング」、「プロジェクト」へと繋がっていく。

これは、パクトパリジエンというパリの政策を参考に実施したものです。パリ市においては、これは非常にシンプルな社会的インクルージョン(*)の政策です。まず、地図の上で文化センターを全部探して、それぞれの文化センターと地域のホームレスセンターでパートナー関係を結ばせます。これを枠組みとして、様々な文化的プロジェクトが行われます。

*インクルージョン: 「包括」「包摂」を意味し、誰もが自分の個性や強みを最大限に発揮し、自分らしく組織に参画していると感じられること。その土壌づくり。

また、文化センターや文化的施設を、よりホームレスの人々にも開かれた場所にするためにはどうすればいいのか、そういう話がなされます。課題は何なのか、チャンスはどこにあるのか、それを特定します。そして、ホームレスの人々やアート団体、政策立案者が支援において何を必要としているのかを見極めます。

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市によるホームレス支援とアート戦略の構想を表したジグソー・モデル

これらを実践するための戦略的な構想がジグソー・モデルというものです。ホームレス支援の仕組みとして多く用いられるイメージはピラミッド型をしていて、底辺には衣食住、その上には教育、その上には仕事、そして一番上にはスポーツとアートが存在します。

しかしながら、ホームレスの人々だからといって、ピラミッドの下層から必要としているのではありません。アートであろうとクリエイティビティであろうと、スポーツであろうと友人であろうと、あるいは衣食住であろうと、(ホームレスでない人と同じように)彼らにも全ては必要なのです。ホームレス支援において、それぞれが重要なジグソーパズルの1ピースであるという考え方です。

日本におけるホームレス支援とアート

日本政府の統計によりますと、約5500人の路上生活者、ホームレスが日本には存在するそうです(*)。日本政府の発表では、数字は減っていて、前ほど深刻ではないという。しかしながら、ARCHという団体が実施した「東京ストリートカウント(TSC)」は全く違う実情を明らかにしてくれました。TSCは、深夜の街で、ホームレス状態の人々の数を数えました。すると、日本政府の発表している数字の3倍近い数の人たちが路上にいるということが分かりました。日本のホームレスの人たちには、英国と非常に似ている要素が二つあります。ほとんどの人々は、55歳以上であること。そして、精神的あるいは身体的な健康問題が深刻であることです。この二つの問題に関してホームレス支援とアートがリンクできれば、日本でのホームレス支援におけるアートの役割が、もっと目に見えるものになるであろうという結論です。

*人数は2018年6月のイベント時点までのもの。平成29年度厚生労働省の調査結果「全国のホームレスの数」は5534人。平成30年度7月の発表では4977人

私たちの前回の調査(リンク先は英語)では、日本のいくつかのプロジェクトと出会うことができました。大阪の釜ヶ崎のココルーム、そして釜ヶ崎芸術大学。日本中で活躍しているダンスグループのソケリッサ。そして、東京の山友会もあります。ビッグイシュー基金は、アートを全面的に肯定して取り入れ、ソケリッサのような団体が立ち上がり活動する支援をしています。福岡のアートマネジメントセンターも、様々なプロジェクトを走らせています。

これまでの調査では、一緒に活動している当事者の方々のコミュニケーション能力が、非常に改善しているということが分かりました。今回、日本で私たちが話したプロジェクトの方々がみんな、「もっとつながりたい」「もっと世界的なアート&サポートのネットワークに関わりたい」とおしゃっていました。そして、「キャパを伸ばしていきたい」「インフラを増強していきたい」「もっとしっかりと評価できるようになりたい」、そうおっしゃっていました。

そして、ホームレス支援におきまして、実はアートが見過ごされてしまっているかもしれないということも分かりました。そこで、アートのプロジェクトやホームレス支援に関して、もっと可視化をして、このセクターに関して、分かってもらいたいという声がありました。

世界中で、その力のヒントが存在するようです。ホームレスと、ホームレス支援をしている人たちの力の均衡です。そこで、ホームレスの人々は、「もっと自分たちの声を聞こえるようにしてほしい」「サービスを提供してくれる人たちと、もっと議論をしたい」という声をあげています。

マンチェスター市やブラジルにおいても、ホームレス問題に関して政策立案がなされる場合には、その場にホームレスの人々が参加して、自分たちの意見を聞いてもらっています。そこで、私どもがお会いしたほとんどの方々がおっしゃっていたことですが、アートが政策立案の一部になることができれば、「ホームレスのアートが、もっと可視化されるであろう」という意見でした。

アートが、ホームレス支援や多様性に向けてのプロセスの一部であり、この道の先には、2020年のオリンピック・パラリンピックがある。そしてその先もまだ重要であり続けるということを理解してくださることは素晴らしいと思います。アートとホームレス支援のインフラや政策を作ることができれば、そしてここ川崎で、それをしっかりとやっていくことができれば、川崎から日本中へと広がっていくのではないだろうかと提案したいと思います。

多くの方々がおっしゃっていたのが、「プラットフォームが必要である」ということです。ホームレスの人々が、どういうアートのスキルを持っているのか、それを披露することができるようなイベントが必要であると。そして、これは2020年やそれ以降も使っていけるようなプラットフォームが必要であるという考えです。

オリンピック反対と唱えている代々木公園の人たちとも話をしました。彼らが言っていたのは「人々の態度を変えるのが重要」であるということ。そして、何らかの舞台のようなものを通して、ホームレスの人々のスキルを世界に示すことができるようにすべきである、という考えです。日本におけるアート、そしてホームレス支援は、素晴らしいセクターだと思います。世界中から日本に学びに来るべきであると考えていますし、また日本も、世界からいろいろと学んでいただければと考えています。アートは、誰にとっても重要であるべきです。そして闇があるときには、光が必要です。ありがとうございます。

「ホームレス支援とアート」イベントレポート(2)




【次回 ソケリッサ出演予定】
ダンスパフォーマンス「プラザ・ユー Plaza・U」
公園の歴史や文化施設、多様な人々が集う場所をリサーチ。その中から生まれた肉体表現作品を披露します。

日程:2018年9月28日(金)、29日(土)、30日(日)
時間:16:15〜17:00
場所:上野恩賜公園 竹の台広場(噴水前広場)
※詳しい場所はUENOYES公式サイトでご確認ください。
※当日はどなたでも発表をご覧いただけます。
※雨天・荒天の場合は、場所の変更もしくは開催中止の場合がありますのでご了承ください。 

「森のストレッチとソケリッサ!踊りの生まれ方ワークショップ」

参加者それぞれの個性や身体に合わせた踊りを作るダンスワークショップです。ストレッチを通じて、自分の身体を観察することから始め、自分にしかできない踊りを模索します。

日程:2018年9月28日(金)、29日(土)、30日(日)
時間:11:00〜12:30
場所:上野恩賜公園 竹の台広場(噴水前広場)
※当日はどなたでもご参加いただけます。
※雨天・荒天の場合は、場所の変更もしくは開催中止の場合がありますのでご了承ください。