子どもがランドセルを背負い、一人で徒歩または電車で通学する光景は日本ではごく普通のこと。しかし、世界的に見るとまだまだ「親の送り迎え」が通学手段の主流だ。国によって治安や距離の問題もあろうが、子どもたちだけで通学することを推進している動きを追った。

下記の記事は2019/03/09に翻訳・公開したものです。
7歳の少女はひとりで家を出ると、世界で最も乗降客が多い新宿駅へと歩き出す。
ちょっと急がないと電車に間に合わない―。
東京ではごく当たり前のこんなシーンが、海外では「SF映画のワンシーン」かのように取り上げられた。これは、オーストラリアの公共放送局SBSで放送されたドキュメンタリー番組『日本の自立した子どもたち(原題:Japan’s Independent Kids)』の一場面。

番組の冒頭では、日本の子育てに対する考え方として「かわいい子には旅をさせよ」ということわざが紹介された。子どもは幼い頃から「自分のことは自分でやる」を身につけるべきと日本の親は考えている、実際日本では子どもの98.3%が毎日、保護者の付き添いなしで通学していると。

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なぜ日本の子どもたちは、そこまで自主性が与えられているのか? 「子どもの行動」を研究している文化人類学者ドウェイン・ニクソンは、日本の集団主義社会に起因するものと考える。子どもたちは、何かあればコミュニティに頼ることができ、お互いに助け合うべきだと教わる。自主性というより「集団の一員」であることを学ぶのが目的だと。日本の犯罪率の低さ、配慮が行き届いた都市計画も重要な要素であろう。さらに、東京では人口の半数が公共交通機関を利用している。車を運転する人たちも、歩行者や自転車に道を譲るべきことをちゃんと認識している、という背景もある。

自転車専用道を整備したデンマークの事例

では、自分が暮らす町で8割方の子どもが自転車で通学したらどうだろう? デンマークのオーデンセ市は、自治体の支援を得てこれを実現させた。「市内のすべての学校をつなぐ545kmの自転車専用道路を整備しました。おかげで子どもたちは安全に自転車通学ができるようになりました」と市の交通企画課の責任者コニー・クラウセンは言う。

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小学生たちに自転車の乗り方を指導する「サイクル・ハッピーアワー」というプログラムもある。「子どもたちが自転車通学できることを親御さんたちに理解してもらいたいのです。校内で乗れるようになったら、外でも乗ってみましょうよと」。市として自転車通学を奨励するプログラム「サイクル・スコア」も導入されており、自転車でチェックポイントを通過すると電子ポイントがたまり、抽選で自転車グッズなどが当たる。(※)

※ 関連記事: オーデンセでは5歳から自転車通学

オーフス大学のニールス・エグルンド教授も「アクティブ・トランスポーテーション(*)」を強く支持している。2012年、教授が2万人の生徒(5~19歳)を対象に実施した調査では、徒歩または自転車で通学している生徒は、親に車で送迎してもらっている生徒より成績が良いとの結果がでた。「通学中に体を動かすことで、生徒の集中力が約4時間長かったのです」と教授は言う。

* 歩いたり、自転車に乗るなど、エコロジカルな移動手段を推進する動きのこと。

イタリアからスペインへと広がった「ウォーキングバス」の取り組み

北イタリアの街レッコでは、毎日450人の生徒が、市内にある小学校10校に、17通りものルートを使って通学している。バスの数は足りていないし、肥満・交通渋滞・環境汚染という三大脅威への対策にもなるとして、2003年に地方保健局が徒歩で通学しましょうと「ウォーキングバス計画」を提案。今では、市の職員や親たちが交代で引率にあたり、子どもたちは徒歩で通学している。

スペインの街ポンテベドラもこの取り組みに続いた。2010年に開始した「学校まで歩こう(Walking to School)プログラム」には7校が参加。6歳以上の子どもは親の付き添いなしで徒歩通学することが奨励されている。心配な親は、子どもが危険な交差点を渡るところを見守ってもよい。当プログラムは、子どもの自主性を育むだけでなく、学校周辺での交通事故をも減少させている。地元の警察署長いわく、2011年以降、車の死亡事故が一件も発生していない。事故の多くは親が起こすものだからだ。

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カナダでは10歳未満の子どもは保護者の付き添いが必須

とはいえ、親の付き添いなしで通学することは、どこでも奨励されているわけではない。カナダのバンクーバーに住むエイドリアン・クックは、子どもたち(7歳、8歳、9歳、11歳の4人)に自分たちだけでバス通学できるよう教え込んだところ、ブリティッシュコロンビア州児童保護省との法廷闘争に発展している。

「自宅から学校の門まで45分かかります。2年間、膨大な時間をかけて子どもたちに付き添い、市バスの乗り方を教え込みました。そうしたのは私が暇だったからでも、車を買いたくなかったからでもありません。子どもたちが自信をつけ、自立して欲しかったからです。同じバスに乗り合わせた近所の人も子どもたちの態度を褒めてくれ、とても誇らしく思ったものです」

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©  Pixabay

「そんなある日のこと、児童保護省(Ministry of Children and Family Development)から電話があり、『10歳未満の子どもは、保護者の付き添いなしで外出することは近くのスーパーであっても認められていません』と言われたのです。子どもの命を危険にさらしたいのですかとも言われたので、この2年でバスで誘拐された子どもはカナダ全土で1人だけじゃないですかと反論しました。でも、ムダでした。今、児童保護省に対する訴訟準備をすすめています。我が子のためだけではありません。年齢に関わらず誰もが公共交通機関を利用できるべきと考えている人は、私以外にもたくさんいますから」

* 関連記事:We’re Going to the BC Supreme Court! (エイドリアン・クックのブログ)

アメリカで推進されている「フリーレンジ・キッズ」運動

アメリカでは、作家のレノア・スケナジーが「フリーレンジ・キッズ(放し飼いの子どもたち、の意)」運動を推進、子どもたちだけで通学することで自立心を育てようと呼びかけている。

「2008年のことです。9歳だった息子に地図と地下鉄パスを与えて、一人で地下鉄に乗せました。ヤケになったわけではなく、もうそんなことができる年齢だと思ったからです。息子は誇らしそうな顔で帰宅し『僕はもう大人だね』と言いました」とスケナジーは語る。


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©  Pixabay

「ほんのわずかでも子どもが危ない目に遭う可能性があるならそんなリスクは取りたくない、大抵の親はそう考えます。でも、過保護であること、いわゆる『ヘリコプターペアレント(*)』であることが、子どもの肥満や孤独感、時には鬱病の原因となっていることが見過ごされています。変質者に襲われるわよ、命を狙われるかもよと親からしょっちゅう聞かされると、気も滅入ります... 」

*いつも子どもの周りをつきまとい、観察・管理・干渉する過保護な親のこと。

「アメリカで徒歩通学する子どもは全体の13%です。治安の悪さで名高いニューヨーク市も、殺人率は70年〜80年代をピークに、現在は60年代初頭レベルまでが下がっており、危険度は他の都市とそれほど変わりません。また、通学中に事故に遭う子どもの50%は、親の車による事故が原因です。

「私がニューヨークの公立小学校で教えていた頃、生徒のアクティブ・トランスポーテーションを推進するプログラムを企画しました。弟と二人でバスに乗ってみたある生徒は言いました。最初は何もかもが不安で、大声で助けを求めたかったけど、徐々に落ち着き、このバスで合ってますかと運転手に聞いてみた。すると、このバスじゃないよと教えてくれ、新しい切符をくれたと。彼はその切符をクラスメイトの前で見せてくれました。彼にとっては勇気と自立の証、それからもずっと持ち歩いていました」

ギリシャでも始まりつつある徒歩・自転車通学を推進するための研究

ギリシャでは、子どもたちのアクティブ・トランスポーテーションに関する研究はただ一つ、体育学のコンスタンティノス・カラカツァニス教授によるものがある。

「肥満対策および運動を促す手段として、徒歩あるいは自転車通学を推進するための研究です」と教授は説明する。

「身体を動かして通学することには多くのメリットがあります。何より、子どもたちが自分が住んでいる地域のことをよく知るようになります。道路に穴がある、歩道が損傷しているといったことから、新しい公園を発見する、庭先から香る花の匂いに気づくなど、実にさまざまなことに気づきます。地域のことに関心を持つことで、より能動的な市民になるでしょう。我々の研究からも、徒歩通学する子どもたちは運動量も多く、不安を克服できるようになり、逞しくなるので、問題にもぶつかりにくいことが分かりました」

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©  Pixabay

「大きな障害となるのは距離です。わずかな距離を、とても遠く感じる生徒もいるでしょう。それはなぜか? 親が不安に思っているから、とにかく時間がないから、都市計画が不十分だからです。」

「研究の結果、歩行者エリアを利用できる学校は29.54%のみでした。さらに、56.64%の校長が『学校の近くに危険な交差点が一つ以上ある』と回答しました。アクティブ・トランスポーテーションについて社会の意識を高め、子どもにとって安全な通学路を確保しなくてはなりません」

徒歩通学には多くのメリットがある、と小学校教師のフロソ・ハトグルーは言う。「私はキオス島の人口500人の小さな村で教師をしていましたた。家からそれほど遠くなく、道路も安全なのに、ほとんどの親が車で送り迎え。おかげで諍いや事故も多く、1日の始まりに相応しくない環境でした」

「そこで、車以外の方法で通学することを奨励する欧州のプログラム『トラフィック・スネークゲーム』(参考)に参加することにしました。生徒たちは、徒歩・自転車・車の相乗りで通学するとシールをもらえ、ヘビのマスコット『バッキー』の絵が描かれたポスターに貼っていきます。」

「このプログラムのおかげで、生徒の半数が徒歩通学を始めました。プログラムとして大きな成果を上げただけでなく、生徒たちの自信にもつながりました。『学校までひとりで来たの』と得意そうに言ってくる生徒もいます。こうした経験は、彼らが大人になってからも効いてくるでしょう。人生の困難に直面した時、いつも親が手を差し伸べてくれるわけではありませんから」

「野外学習」で子どもは街を知り、コミュニティには一体感が生まれる

ハトグルーは続ける。「週に3回、グループウォークもしています。学校から1マイル(1.6km)ほど歩き、近くの森や野原を探検するのです。野外で授業をし、話をしたり歌を歌ったり。子どもたちがその存在を気にも留めていなかった古いオリーブの木の下に集まったり、自分たちで発見した洞穴に名前をつけたり。村に育つ木や花を知るようになり、友達への気づかいを学び、絆を深めることができます。カフェに座っていたお年寄りが私たちに話かけてくれることも。私たちがバスに乗ると、村の人たちもうれしそうです。コミュニティとしての一体感が生まれるようです」

「昨年からはラフィーナという町(アテネから25km)の小学校で教えていますが、子どもたちを校外に連れ出しましょうと提案したところ、親御さんが不安がったため、最初はパトカーに同行してもらったんですよ。20人もの小学生が、学校の外で素直に先生についていくとは思えなかったみたいです。子どもを守るには、自分のことは自分で対処できるように教えることがベストで、私たちの取り組みはまさにそれを目指しています。今では図書館やスーパー、ビーチ、いろんなところへ出掛けています。」

アテネのエクサルヒア地区にあるコミュニティ・スクールの教師、ハラランポス・バルタスも、生徒と街に出た時のことをこう語る。

「街の人たちも、教師と子どもらが外で一緒にいるのを見てうれしそうでした。いろんな人が近寄ってきて、コミュニティが作られるのを感じます。道路の安全性、歩行者や普段気にかけない人まで『信頼』することを学べるのです」

「今では生徒の8割方が徒歩で通学しています。通学路で目にしたものについておしゃべりをするなど、子どもたちの観察力も鋭くなっています。他方、親に車で連れて来てもらう子どもは、看板やポスターはじめ、周りのものをいろいろ見過ごし、知識も限定的になりがちです。」

Translated from Greek by Christina Karakepeli
Courtesy of Shedia / INSP.ngo


※参考動画(原題:Japan’s Independent Kids)




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