「プラス思考でいこう」「物事の良い面を見よう」「いつも前向きに」――こんな励まし系の文言がFacebookやInstagramのフィードに流れてきたことはないだろうか。前向きであれと訴えるメッセージは良かれと思ってのことだろうが、人の心に救いとなるどころか苦しみを助長しかねず、行き過ぎると「有害なポジティブさ(toxic positivity)」になりかねない。ケベック大学モントリオール校で心理学を研究するマイケル J.レナー(博士課程に在籍中)による『The Conversation』寄稿記事を紹介しよう。
人は困難な状況にあっても常に前向きであるべきとの発想は、あらゆるネガティブな感情を拒み、回避し、物事のポジティブな面しか見ようとしない「有害なポジティブさ」の代表例である。ポジティブでいることのプラスな影響よりも、自分の抱く感情が受け入れられないことのマイナスの影響が懸念される。生きていれば、時にネガティブな感情と付き合うことも必要なのだ。
「感情の否定」がもたらす悪影響
人が自分の感情について話すときというのは、基本的に、自分が味わっている感情が正しいと確認し、その感情的な体験を理解し、受け入れたいからだろう。これに対し、感情を無視、否定、批判、拒絶することを「感情の無効化(emotional invalidation)」といい、その経験が常態化するとメンタルヘルスに悪影響をもたらし、時にうつ病に至るケースもあると複数の研究が明らかにしている。
この他にも、いろいろな悪影響が考えられる。日頃から感情を否定されている人は、自分の感情を受け入れる・コントロールする・理解することが難しくなる。「どうせ自分の感情は受け入れられないだろう」と考える人は、自分の感情と折り合いをつけ、困難な状況を切り抜けやすくなる「心理的柔軟性」を発揮しにくくなる。
失恋を経験して、怒り、悲しみ、ひどく混乱している若者がいるとしよう。友人がその話を聞き、「そう感じるのも無理はない」と認めてくれれば、この若者は自分の中にあるいろんな感情も永遠に続くものではないと理解でき、次第に通常の感情に戻していけるだろう。しかし、感情を肯定してくれる友人がいなければ、自分の中に湧き起こる感情を抑えようともがき、それがさらなる不安感を生み、ひどい場合はうつ病に至るかもしれない。このような話は身近でよくあることだが、その弊害は無視できない。是が非でもネガティブな感情を避けようとする「回避反応」は、周りの人々の対応によって増幅されやすいのだ。
自分の感情と向き合う能力は、生きていく上で不可欠である。感情を抑えたり避けたりしても、状況は改善しない。何としてでもネガティブな感情を避けようとしても、期待する効果が得られないどころか、むしろそのネガティブな感情がより強まってしまいかねない。
太古から受け継がれてきた「ネガティビティ・バイアス」
残念ながら、多くの人間は常にポジティブにいられるようにはできておらず、むしろ嫌な記憶の方が思い出しやすいくらいだ。これはおそらく、生き延びるには危険を回避する反射的な行動が求められた太古から見られたものだ。進化の歴史においては、危険を察知する能力に優れた生物の方が脅威を避けて生き残れる可能性が高く、警戒心の強い者の方が遺伝子を残せる可能性が高かった。そのため、私たち人間は、潜在的な危険の源に注意を払うようプログラムされているのだろう。
ネガティブな感情に注意を向けやすい人間の性質を「ネガティビティ・バイアス」という。この性質を裏付ける要素のひとつに、ネガティブな出来事を言い表わす語彙の豊富さがある。ネガティブな出来事を言い表わす語彙は、ポジティブな出来事を言い表わす語彙よりもはるかに豊富かつ多様なのだ。また、人はポジティブな刺激よりネガティブな刺激について、より詳しくとらえて説明したがる。肉体的な快楽を表現する語彙よりも、肉体的な苦痛を表現する語彙の方がはるかに複雑である。親が赤ちゃんのポジティブな感情よりネガティブな感情に気がつきやすいのもそうだろう。
ネガティブな感情は人間の複雑さのたまものであり、ポジティブな感情と同じくらい重要である。今度、誰かに感情を打ち明けられたら、ただじっくりと話に耳を傾け、「大変な思いをしたんだね」「それはつらかったでしょう」などと言葉を返し、相手の感情を肯定することをしてみてほしい。
著者
Andrée-Ann Labranche
Candidate au doctorat en psychologie, Université du Québec à Montréal (UQAM)
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年8月30日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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