英国はいうなれば「慈悲深い国」であろう。なのに、ホームレスの人たちを見ても脳の感情中枢が働かない人が多いのはなぜなのか。人間は生まれつき自分の身を苦痛から守るものではあるが、今回の『ビッグイシューUK』の取材により、その気になればそんな脳内スイッチを「優しさ」に切り替えられることが明らかになった。
 


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2018年のクリスマス前に、英国のホームレス状態の人々に対する意識調査が実施された(※)。この調査によると、英国の74%の人が「ホームレス問題ついて憂慮している」ことがわかった。その他の回答は「怒り、動揺、不満を感じる」が61%、「5年前より心配度合いが深まっている」が59%、「何らかの支援をしたい」が57%、「ホームレスの人を見ても何をすればいいのかわからない」が68%だった。

※ 慈善団体「Crisis」による委託で実施。ここで言うホームレス状態の人とは、いわゆる路上生活者(約5,000人)に加え、安定した住まいを失う可能性が高い人を含み、英国全体では現在236,000人いるとされている。

ハリス博士「ホームレスの人を見ると遮断するよう脳が進化してきた」

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの実験心理学准教授ラサーナ・ハリス博士は、神経系の反応、とりわけ人間の脳が他人や身のまわりの世界とどう連動しているかを研究している。博士いわく、人々の心はホームレスの人を見ると「遮断」するよう教え込まれているという。

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photo:Yukiko Nishikawa

「ホームレスの人々は非常につらい体験をした人で今も苦しみ続けている、多くの人はそう認識し、実際そのとおりです。でも人間は常にそうした苦しみに共感できるわけではありませんから、彼らも普通の人間であるという事実を見失ってしまうのです」と博士は言う。

博士の研究(参考)によると、私たちの脳はホームレスの人を認知すると、生物学的レベルで自動的に「共感」や「絶望感」をシャットアウトするらしい。

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photo:Yukiko Nishikawa

「『情動』を支えている脳領域は大脳新皮質で、特に人間のそれはよく発達しています。人の思考というのは目に見えませんから、他人が何を考えているかは、その人の行動、状況、これまでの関わり、特定の状況における行動傾向などから推測するしかありません。人はいつでもこれ(他人の考えを推測すること)を無意識におこなっており、その過程で『人間味』が著しく低下するのです。人と出会ったときに起こるこの処理が無意識におこなわれている、というのはとても重要な点です。」 ハリス博士は神経系活動を脳スキャンで観察。被験者がホームレスの人を見たときに、そうでない人を見たときと同じように新皮質が発光するかどうかを確認したところ、ホームレスの人を見たときには新皮質の発光は見られなかった。

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「ホームレスの人たちは視界に入っていないのです」と博士は言う。

「例えば、数多くの路上生活者がいるロンドンのような街をせわしなく歩いているとしましょう。わざわざ立ち止まって、路上生活者一人ひとりに思いを馳せなければならないとしたら、なんとも不愉快なことでしょう。おまけに、自分には支援する手段がないと感じるなら、彼らの苦しみを和らげるためにできることなど何もない...。こうした感情が付きまとい、脳が伝えてくるのです。もし一瞬でも立ち止まって彼らの苦しみを思うなら、自分の気分が害されてしまうと。」

「つまり、人間味を失うことで感情を調節しているのです」

そんな博士は現在、脳のスイッチを入れ直して「共感」を再起動させる方法を見出し、心のあり方を根本から見直すことでホームレス問題に立ち向かえるようにする、というミッションを自らに課して研究を進めている。

気にかける人と無視する路上生活者の違いはどこにある?

サセックス大学の心理学上級講師ダニエル・キャンベル・ミクルジョンは、ハリス博士の見解について、「路上生活者は普通の人間として見られていない」という点に関しては画期的かつ深い洞察に満ちているとしながらも、次のような疑問点を投げ掛ける。

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photo:Yukiko Nishikawa

「私たちがすべての人の気持ちに寄り添えないのは間違いありません。しかし、その考え方を誰彼構わず当てはめると、なんとも孤独な人生になってしまいます。私が考えてみたいのは、人は自分が気にかける人をどう選択しているのか、路上生活者を認識していながら無視するのはなぜなのかです」

「自分と路上生活者は違うと考えるからでしょうか? 彼らに関わると何らかの負担が生じると思うからでしょうか? 現実を直視すれば自分もこの格差問題の一端を担っていることを思い知らされるからでしょうか? 人間味というのはひとりでに失われるのでしょうか? それとも何らかの意図が働いて『共感スイッチ』がオフになるのでしょうか?」

「こうした問いに答えを出すことで、格差問題に対処していけるでしょう。『居心地のいい場所』の外へ目を向けていきたい、誰だって心の奥底ではそう思っているのですから」

居心地の良い場所に留まり続けるとどうなるか、それは不遇な人々に対し社会全体が鈍感になっている現状を見れば一目瞭然だ。路上生活者は疎まれ、支援する方策を打ち出せない当局からは立ち去りを命じられ、設備も不十分な簡易宿泊所に押し込められ、人々の目から遠ざけられ、そして忘れられていく...。公的空間で居心地よくなり過ぎないよう、劣悪な建物ばかりが目立つ。政府の給付制度「ユニバーサル・クレジット」も、支援対象者の生活をより不安定化させているという証拠が数多く上がっている。

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photo:Yukiko Nishikawa

これらは組織的欠陥であって、誰かのせいにできるものではない。しかし、これらすべての根源はホルモンなどの「分子レベル」にあると考えることができる。

「愛の博士」が語る、人間はどう共感レベルを調整しているのか

愛、共感、信頼、倫理感といった感情をつかさどる「オキシトシン」というホルモンがある。「愛の博士」の異名を持つポール・J・ザックは、著書『経済は「競争」では繁栄しない(原題:The Moral Molecule)』の中で、このホルモンがいかに特定の状況下における人間の行動を決定しているかについて説明している。

「子どもや愛らしい動物ならすぐに手を差し伸べる、それはトラブルに遭った彼らが責任を負えないことを知っているから。でも、ホームレス状態の大人や薬物依存者となると、理解してあげよう、大目に見てあげようとはなりません」

「助けるより裁くというこの傾向には『前頭前野』のある部位が関係しています。この部位はオキシトシン受容体で満たされており、ドーパミンの放出を調節することで共感レベルを変えていると考えられます。ドーパミンが出ないということは、その人と関わってもメリットはないということで、共感を示す可能性が低くなります」

「Facebookを考えてみてください。あなたに 2〜300人の”友達”がいるとしても、実際はちょっとした知り合いに過ぎず、彼らについて深く考えることはないでしょう。私たち人間はこうした感覚を、社会環境を生き抜く策として発達させてきました。そして、このアプローチをホームレス問題にも応用させているのです」

「現代の人間の脳は、大昔の祖先のものと大きさは変わらないでしょう。でも当時は、この地球上に70億人もいなかったので、出会う人たち全員の気持ちに思いを巡らすこともできたでしょう。しかし集団規模が膨らむにつれ、そんな大勢の人のことを処理できる人などいませんから、全員の気持ちまで考えないほうが得策となったのです。」

「現代は顔を突き合わせないコミュニケーションが当たり前になっていますから、この傾向がさらに強まっています。オンライン上のコミュニケーションでは、リアルなやり取りほど手がかりがありませんから、『遮断』にはるかに慣れています」

「この感覚は現代社会のさまざまな分断に深く関わっているといえます。難民危機は、人々が難民を同士とみなさないから起こるのではないですか? 英国のEU離脱投票においても、移民問題に懸念を示したのは移民をほとんど受け入れていない地域の人々でした」

ホームレスの人々との交流で脳の処理を大きく変えられる

オックスフォード大学社会心理学教授のマイルズ・ヒューストンは、ハリス博士の研究によって、ごく基本的な神経レベルで処理されていることが判明したと述べる。しかし、これは「手に負えないもの」と結論を急いではならないとも警鐘を鳴らす。なぜなら、社会的交流を持つことで脳の処理を遅らせる・変化させることが可能だからだ。

「路上生活者のような負のレッテルを貼られた人たちと交流できる機会を設ければ、固定観念にとらわれず、当事者自身のことを知ることができ、これまで持っていた評価や感情のトーンを和らげられるでしょう」

「数年前、私はこれを体感したんです。慈善団体『ストリートワイズ・オペラ』(*)がオックスフォード大学ニューカレッジの合唱団と音楽制作に挑んだのですが、私の息子をはじめ大学の合唱団メンバーたちは、この活動を通してホームレスの人たちへの共感を深めることができたのです」

*英国のホームレス経験者をメンバーとした芸能活動を展開、コーラスやオペラを上演している。
http://www.streetwiseopera.org

「もちろん、こうした反応は最終的には脳内で処理されます。でも、社会的な作用には神経系の処理を変えられるほどのすごい力があるのです。その可能性をもっと利用し、人々の偏見を打ち破っていくべきです」

この見解は、昨年ハリス博士が「Museum of Homelessness (*)」と共同で実施した実験結果とも合致する。博士は参加者に「このホームレスの人はブロッコリーとニンジンのどちらが好きでしょう?」といった質問をすることで、人として見ることができるかをテストした。また、路上生活者と話をしてもらい、その前後で脳の活動をスキャン。やり取りの後では参加者の「遮断」レベルが自然とおさまることも確認できた。

*ホームレス問題の歴史や文化を伝えることを目的とし、さまざまなプログラムを展開している事業。2016年7月から始動、拠点は英国ブリクストン。http://museumofhomelessness.org

共感スイッチは簡単に切り替えられるものなのか?

\ 「共感スイッチが切り替わる脳のメカニズムを解明したいと思っています」とハリス博士は言う。「現状オフ状態になっている共感スイッチをオンにしたいですね。そのためには、文化的に大きな転換が必要です。」

「ホームレスの人たちだってごく普通の人間、そう考えられるようになれば、彼らを見て怖がることも憂うつになることもありません。事態が変わるのはその時でしょう」

By Katy Johnston and Hannah Westwater
Courtesy of INSP.ngo / The Big Issue UK bigissue.com @BigIssue



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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。