「ビッグイシュー売ったところで、1冊350円で売って180円の収入でしょ。路上脱出なんてできないんじゃない?」という質問を時々いただく。
『ビッグイシュー日本版』の創刊から15年あまり。ビッグイシューの販売をきっかけに他の職を見つけるなどして卒業した人はこれまで200人を超えるが、今回は2019年5月30日で卒業することになる千里中央駅の販売者・Mさん(47歳)の路上脱出ストーリーを紹介したい。
 


もともとは企業の営業マン。歯車が狂い、路上生活へ

もともと他県でとあるメーカーの営業職をしていたMさんは、あることがきっかけで財産を失い、職と住まいも失って大阪の「自立支援センター」(※)で過ごしていた。
※ホームレス状態の人及びホームレス状態となるおそれのある人に「衣・食・住」を提供し、資格取得や就職の支援を行う施設。

その後、センターを出て友人とルームシェアを始めたが、しばらくしてルームメイトが家を出てしまう。一人では暮らせなくなってしまい、派遣の仕事を見つけ中部地方へ行くも、再び生活が苦しくなり生活保護を受給。しかし生活保護が打ち切りになってしまったため、大阪へ戻り、路上生活となってしまった。

大阪の炊き出しで、かつてから顔見知りだったビッグイシューのスタッフに再会したことをきっかけに「自分で稼いだお金でパンやコーヒーが買えたらいいなぁ」というくらいの軽い気持ちで仲間と一緒にビッグイシュー事務所を訪れ、販売者登録をした。

ビッグイシュー販売開始から1年3カ月で「ステップハウス」へ

ビッグイシューの販売を始めて3週間ほどで、のちに3年6か月間担当することになる千里中央駅へ。この駅ではそれまで別の販売者が直前まで立っていたこともあり、通行人のビッグイシュー認知度や期待は比較的高い。
その期待に応えるべく、なるべく「月~土」「9時~18時」を目標に販売場所に立ってきた。

「ほんとは僕、いい加減なんですよ」と笑うMさんだが、さすがは元営業マン。毎日4万人以上が乗降するモノレール千里中央駅で、Mさんの前を通り過ぎる大勢の人たちをそれとなく観察し、ディスプレイも工夫してきた。

「日中はベビーカーなどを押す小さな子連れのママさんが多いので、ベビーカーくらいの目線の高さに合わせて、お子さんの目を楽しませるキャラクターの表紙の号を置いたりしていました」

character
子どもの目線の高さやや、通行人の視線を考慮してディスプレイしてきた

コツコツと地道な努力を続けるうちに「感じがいい」「こぎれいな人」と常連客も少しずつ増えていった。

「いや~、時間はたっぷりあるから、記録してただけですよ~」と謙遜するMさんだが、毎日の天候条件や時間ごとの売上を細かに記録。売上の良い時間帯とそうでもない時間帯を分析、トイレ休憩はお客さんが少なそうな時間にササっとすませるなど、販売日は「買いたいと思っているお客さん」をがっかりさせないようにしてきたという。

売上管理
時間ごとの売上管理を見せてもらう。歩道橋の上だけあって、天候欄はほぼ毎日「強風」の文字

そんな努力を続けるうちにいつしか貯金もできてきた。途中、手のケガが悪化し1ヶ月ほど販売頻度が落ちた時期もあったが、焦らずくさらず。販売から1年3カ月で、ビッグイシュー基金の運営する「ステップハウス」※に入居ができた。

*ステップハウス:お金が多少あっても、保証人や身分証がなければ路上生活者のアパート入居は難しい。そのため、協力的な家主さんから固定資産税分のみで提供された空き物件を活用して、ホームレス状態の方が初期費用や保証人を立てることなく一時的な居所として利用できるようにしたビッグイシュー基金の事業。ステップハウス利用料の一部を積立金にできる仕組みとなっており、ここを足掛かりにアパート入居や就職活動などの生活再建を応援している。

ステップハウスに入居したときの感想を聞くと「いや~、布団で寝られるって、最高ですね」と満面の笑顔をこぼしていたMさん。ほどなくして、自力でのアパート入居をめざすようになっていった。


ステップハウス入居から1年で、アパート入居。そして再就職へ

ステップハウスで生活ができるようになると、精神的余裕ができ、さらに睡眠の質もよくなる。するとますます「こぎれい」になり、安心して買ってくれるお客さんや、口コミで紹介してくれるお客さんも増えて行く。

そうして順調にお金を貯め、1年ほどで民間のアパートに入居を果たし、次の仕事をどうしたものかと考えられるようになっていった。

そんなところへ、日々の働きぶりを見ていたとある企業の工場の採用担当者から、「うちで働いてみませんか」と路上で声がかかる。とんとん拍子に話は進み、6月より晴れて採用となったという。

路上生活の頃からすると、しばらくぶりの「雇用」だ。不安はないかと尋ねると、「働くこと自体についての不安はないけれど、体力を使う仕事のようだから、体が持つかがちょっと心配ではありますね」と苦笑する。

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3年6か月、春夏秋冬ずっと見続けてきた景色ともお別れとなる


Mさんの千里中央駅での販売は2019年5月30日が最終日。
お世話になった方々へ感謝の気持ちを伝えられたらと、手紙を挟んでいる。

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卒業を伝えると、お客さんたちはみな「おめでとう!…でも寂しくなるね」と言うそう

「買ってくださったお客さん、応援してくださった方、皆さんに直接お礼を言いたいんですが、会えない方もいらっしゃるので…お礼を直接言えなくて申し訳ないです。最終日までにお会いできなかった方にも、ありがとうございました、と言っていたとお伝えください」と話した。

千里中央からそれほど遠くない場所で働くとのことで、もし街で見かけたら気軽に声をかけてほしいですと笑って、残り少ない販売時間を惜しむように、販売に戻っていった。

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あなたの街に立つ販売者を応援するには?

「自分一人が買ったところで、月に数百円しか変わらないし…」と思って買い控える人も多い。しかし「ビッグイシューを知っている人」「ビッグイシューをたまにでも買う人」が増えることで、ビッグイシュー販売で路上脱出を果たすことができる人がいるのもれっきとした事実。

販売者本人の努力だけでなく、「周囲の人々があきらめないこと」が実を結ぶということをMさんの事例が教えてくれている。

▼図書館購読制度:
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Mさんの販売していた駅の図書館では、雑誌「ビッグイシュー」や、ビッグイシューの事業を扱った書籍の取り扱いがあった


図書館司書によるホームレス問題関連本の紹介(写真:京谷 寛)

図書館購読について
https://www.bigissue.jp/buy/place/

▼市民勉強会:

千里中央の施設で市民が企画し「ホームレス問題」や「ビッグイシュー」について学ぶ勉強会にMさんが招かれたことも。

ビッグイシュー販売を経てアパート入居が目前に!/「市民大学」でビッグイシューの出張講義
http://bigissue-online.jp/archives/1070316784.html

出張講義について
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/

▼もっと手軽にできることも
ビッグイシュー日本のサイトでは「あなたにできること」を紹介。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/

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千里中央を今後担当する販売者は?

Mさんの千里中央販売者としてのバトンを受け取るのは、Sさんという男性。6月より販売開始予定だ。








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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。