<前編はこちら>
– おふたりは、金銭的なことよりも正しい行動として訴訟に臨んでいるようでした。日常生活にも大きな影響はありましたか?
ブーティング: 当然さ。私たちは自宅から2時間ほど離れたところにアパートを借り、2ヶ月間はほぼずっとそこで過ごした。自宅に戻れるのは週末、24時間以内だけ。子供達のバスケの試合なんかがある時は土曜の朝に帰るようにしてた。
重要なのは訴訟の進め方
– ハルバック殺人事件で同じく有罪となったスティーブン・エイブリーの甥ブレンダン・ダーシーですが、彼の自白は強要されたものだったと連邦裁判所はこの度、有罪判決を取り消しました。州政府が再審で勝たない限り、90日以内に釈放されます。これは正しいと思いますか?
(編集部注:当時16歳だったダーシーが弁護人や保護者の同席なく警察の取調べを受け、自白した内容がエイブリーとダーシー有罪を決める強力な要素となった。ダーシーに関してはこの自白のみが有罪の根拠となっている)
ブーティング: もちろん。そもそも州裁判所がその判断をしないことにかなり失望していたんだ。まあ、ウィスコンシン州裁判所の裁判官は選挙で選ばれるので、そう驚くことでもないが。選出された裁判官が、事件そのものがひっくり返るような「自白の取り消し」を決めるのは容易なことではない。正直、裁判で負けた被告人が上訴を叶えられるのは連邦裁判所しかないと思う。連邦裁判所の裁判官は任命制なので、選挙戦を心配することがない。つまり、政治的な(一般)受けを気にすることなく、しっかりと法にもとづいた判断を下せるのだ。
INSP記者のローラ・ケリーと話すジェリー・ブーティング Credit: Zoe Greenfield / INSP
ストラング: 今回、連邦裁判所は正しい結果を出しただけでなく、「正しいやり方」で結果を導き出した。判決結果に納得できない人でも、連邦裁判所のやり方については認めるだろう。よく考えられ、十分な証拠書類にもとづいて下された、慎重かつ完全な判決だった。州裁判所の主張、被告側の主張、それまでに出された判決内容をすべてくまなく検討し、裁判官としてすばらしい仕事をしたと思う。私自身は判決結果も正しいと思っているが、それが「正しいやり方」で導き出されたということがとても重要なポイントだ。
– ハルバック殺人容疑に関して、エイブリーとダーシーはふたりとも無罪だと確信していますか?
ストラング: 「無罪を確信する」という言い方をしたことはない。ただ、有罪を確信したことは一度もなく、無罪ではないかと思っている。しかし、私はその場にいた訳ではないから、すべてを知っているわけではない。私たちが皆さんと議論したいのは、まさにこういう点だ。有罪か無罪か、それは実際のところは刑事司法制度が答えを出せるような問いではない。妥当かつより重要なのは、州は合理的な疑いを残さないように有罪を証明できるのか、そして、どんなレベルの不確実性が残っていようと、誰かの残された人生から自由を奪うことができるのかという問いだ。今回の事件については、「合理的疑いの余地なく証明されたもの」だとは全く思えないんだ。
実際の訴訟事件をドキュメンタリー作品として発信する意義
– このドキュメンタリー作品により、テレサ・ハルバックの死が格好の娯楽ネタとなってしまったと思いませんか?
ブーティング: 訴訟事件が?それともドキュメンタリー作品が? 訴訟は違うだろ。
– 裁判所で起きている訴訟事件ではありません。このドキュメンタリー作品と訴訟の行方を追う一連の報道が、一般のテレビ番組と同等に扱われていませんか?
ブーティング: 少しは懸念した。だからこそ、私たちは講演会ツアーを開催したかったのだ。こうした問題は軽く流すことも、真の問題として取り組むこともできる。「reddit(レディット)*1」なんかにはこの問題を真剣に考えている人たちがいて、本筋からそれたとんでもないものもあるが、まともな、よく考えられた意見もある。全体としてエンタメ作品になり下がったとは思っていない。もちろんエンタメ要素は入っているさ。でないと、誰も見たいと思わないだろ。
*1: アメリカ最大級のソーシャルニュースサイト。
デーン・ストラングとジェリー・ブーティングをインタビュ―するINSP記者 Credit: Zoe Greenfield / INSP
ストラング: 余暇時間に観るという意味ではエンターテインメント作品だが、被害者、被告人、ひいてはその家族たちの体験の重要性というのは、彼らの悲しみや苦脳をのぞき見することや、誰かの死にまつわる細かい情報を楽しむことではない。被害者、家族、被告人、ひいては私たち全員に正義を保証すべく、どの程度うまく刑事司法制度を運用できているかを教えてくれることにある。
「私は決して重大な犯罪を犯しません」と言うことはできても、「決して罪に問われることはない」「決して被害者になることはない」とは言い切れない。そうなると、弁護士、裁判官、警察官ができる限りのすべての努力を必要とせざるを得なくなる。私が思うに、人々が強い関心を持っているのは、刑事司法制度において専門家らの成功と失敗の境目はどこにあるのかということ。失敗するのはなぜなのか?構造上の失敗なら再び繰り返されるのではないのかとね。
重要なのは、世界中の人がテレサ・ハルバックの死を記憶にとどめることではない。彼女が一年に何千件と発生している殺人事件の被害者のひとりであること、どういうわけか犯罪行為の被害者となってしまったことを覚えておくことが重要。 実に大きな問題だが、本・テレビ番組・映画などの信頼できる犯罪ドキュメンタリー作品を通して、司法の現場で起きていることについての重要な議論を発展させられると思っている。
ストリートペーパー読者へのメッセージ
– 「殺人者への道」とそれに続く講演会ツアーにより、刑事司法制度の深刻な問題が浮き彫りになりました。ストリートペーパーの読者にできることは何でしょうか?
ブーティング: 一般的な問題のひとつに、貧困者の弁護の資金提供や法的支援がある。世界レベルで慢性的な資金不足状態にあり、多くの国で状況は悪化している。裁判所に足を踏み入れたらよくわかるさ。ほとんどの場合、事件の被告人になっているのは貧しい人々なのだから。
起訴される約8割は弁護士費用も払えない人々だ。彼らを弁護するのがこの作品に出てきた他の弁護士のような人たちなら、不当な有罪判決が下される可能性がはるかに高くなる。(ブレンダンの弁護陳述は弁護士がついていたもののあまり良い出来ではなかった。しかし以前なら、弁護の余地すらなかった。)弁護費用を負担できない被告人の公的支援が極めて重要だ。
Credit: Zoe Greenfield / INSP
ストラング: 恐らく、あなたがこのストリートペーパーを購入した販売者は、寝ている時に雨が降れば濡れてしまうリスクがある、不安定な居住状態におかれた人たちだ。そして屋根のない生活は直ちに、犯罪に対してより無防備な立場に置かれることでもある。
路上生活をしていると、警察からすぐに被害者予備軍としてではなく危険人物として目をつけられる。不自然なほどの、生き辛くなるような注意が向けられる。警察の監視を日々受けながら生活することなど誰にも耐えられない。
そうして、普通に生活する人よりもはるかに高い確率で被害者や被告人として刑事司法制度に飲み込まれる。
さらに住まいの状況が不安定で、橋の下や木の下に立てかけたような小屋、地下の温風が噴き出る鉄格子の上などで生活している状況では、あっという間に自己意識が蝕まれ、精神の健康も損なわれやすい。そうなると、セルフメディケーション(自己投薬)を始める、またはドラッグやアルコールに溺れるようになり、刑事被告人や被害者になる可能性がさらに高まる。
このストリートペーパーを買い、刑事司法について気にかけているあなたがまず考えるべきは、日々路上ですれ違い、少しでもやり取りをする人々が、なぜ当然のこととして屋根のある暮らしや次の食事を手に入れられないのかということ。正義はそこから、裁判所ではなくあなたがストリートペーパーを買ったその場所から始まるのだから。住宅不安を抱える人、食糧の確保がままならない人、精神的な心のケアサポートにアクセスできない人の数を減らす取り組みから正義は始まる。
INSP.ngoのご厚意により
Making a Murderer DNA鑑定で無実が確定した一人の冤罪被害者が、別の陰惨な事件の容疑者として浮上する。10年の歳月をかけて実在の事件を追ったドキュメンタリーシリーズ。 |
※女優のKristen Bellも二人の弁護士の大ファンだとTwitterで表明していた。
I’m going to get a locker in 2016 just to put this up: #MakingAMurderer pic.twitter.com/PES6xqQbAO
— Kristen Bell (@IMKristenBell) 2016年1月3日
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