「地域ジャーナリズムの未来が危うい」ー 英国のデジタル・文化・メディア・スポーツ省(DCMS)の最新報告書が警告を発している*1。
全国メディアに対する世間の信頼度が低下し、ネット上では差別やヘイト、分断を煽る発言が増え続けるなか、地域ジャーナリズムの持続可能性までもが懸念されると。地域ジャーナリズムの重要性について、英カーディフ大学のポスドク研究員ナディア・ハクが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介したい。
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*1 参照:More support needed to halt damaging decline of local journalism, DCMS Committee warns
メディアによって異なる「ムスリム」の報じ方
例えばムスリムについては、メディアで必要以上にネガティブに描写されてきたことを示す研究がある*2。イスラモフォビア(イスラム教やムスリムに対する憎悪、宗教的偏見)についての調査では、ムスリムは英国で2番目に“好感を持たれていない集団”と認識されていることが明らかとなった。英国内務省が2022年10月に公表した統計でも、ムスリムは最も宗教がらみのヘイトクライムの被害者になりやすいとある。
*2 英国社会に問題をもたらす“アウトサイダー”や、“西洋への脅威”という表現など。
参照:Media representation of Muslims and Islam from 2000 to 2015: A meta-analysis
しかし筆者の研究*3 からは、ムスリムについて、より包摂的な報道をしているのは地域メディアであると示された。ムスリムが多く暮らす地域(ロンドンやブラックバーンなど)の地方紙記者にインタビューしたところ、報道内容が地域のムスリムを傷つけないようにかなり意識していること、ムスリムを“アウトサイダー”ではなく“地域コミュニティの大切な構成員”とみなしていることがわかった。
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テロ事件だけではなく、地域のムスリムに対するヘイトクライムも同等に報道されている。イスラム教の祝日や祭事も地域ニュースとして取り上げられる。犯罪や不正行為の報道だけでなく、ムスリムがどのように市民生活に貢献しているかも記事になる。ある記者は、「地域社会の現状やそこに暮らす人たちについての真相を伝えるため、踏み込んだ報道を心がけています。それが、ネット上にはびこる“でたらめ”への、私なりの対抗手段なのです。人格を否定するかのような言い草と闘うには、真実を正確に伝えることが大切です」と語った。
この調査で得られた回答を地域メディア全体に当てはめるのは短絡的すぎるだろうが、他の研究でも、地域ジャーナリズムには独特の報道文化があり、記者と読者が価値観や目標を共有した一つのコミュニティに属していると指摘されている。メディアとコミュニティとの距離感が近いため、扇情的で悪者扱いするような報道手法が取られにくく、より配慮の行き届いたアプローチが見られる。地域ジャーナリストは地域の連帯感を生み出し、それを守ることに責任感を持つ傾向にある、と指摘した研究もある。地域ジャーナリズムは多様性ある市民コミュニティを育むうえで欠かせない存在だといえる。
廃刊、合併、デジタル化。地域メディアが直面する現実
しかし、先述のDCMS報告書が指摘するように、地域メディアを取り巻く情勢は厳しさを増している。2009〜2019年の10年間で、300紙を超える地方紙が廃刊している。スコットランドの出版社「DCトムソン」は2023年2月、300人の人員削減を発表した。大規模な政府介入なしには、地域ジャーナリズムの衰退が市民生活にも悪影響を及ぼすだろうと報告書は警鐘を鳴らす。もしそうなれば、真っ先に痛手を受けるのは貧しい地域だろう。
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大手メディアと比べると、地方新聞社はデジタルコンテンツへの移行で遅れをとっており、それが収益やリソースの損失に響いている。その対策として、政府が地域報道機関を非課税とし、事業革新、新規事業、新しいテクノロジーへの資金援助をすべきと報告書で述べられている。近々、デジタル市場・競争・消費者法案が議会で提出される見込みだ。これが中小新聞社にどう影響するか、メディア専門家たちは注目している。
地域ジャーナリズムに求められているのは、デジタル化が進む報道市場で生き残ることだけではない。根本的な問題は、共同体意識を育むことが、ヘイト、偽情報、分断に対抗する手段になりうると認識できるかどうかだ。
英メディア改革連合(Media Reform Coalition)の調査(2021年3月)によると、地方紙の約84%がわずか6社によって所有されている*4。合併により新聞の発行を継続できる場合もある一方、包摂的でバランスの取れた地域ジャーナリズムには不可欠な「地域との密接な関係」が途絶えるリスクもある。世界各地のストリートペーパーには、「地域メディア」として親しまれているものも多い*5。地域ジャーナリズムの最後の砦として、事業継続が期待される。
*4 2015年調査時にもメディア所有の集中化が問題視されていたが、さらに進んでいる現状が明らかとなった。
参照:Report: Who Owns the UK Media?
*5 世界各地のストリートペーパー一覧
https://www.insp.ngo/network
By Nadia Haq
Courtesy of The Conversation / International Network of Street Papers
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