30年の歴史に幕を閉じる雑誌『ビッグイシュー・ノース』

英国北部をカバーしていた『ビッグイシュー・ノース』誌が、30年間続けてきた雑誌発行を終えることになった。『ビッグイシュー・ノース』およびビッグライフ・グループの代表を務めるファイ・セルバンが、『ビッグイシュー・ノース』の歴史やこれからの販売者支援について、最終号(1482号、2023年5月発売)に文章を寄せた。


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1993年に初めて『ビッグイシュー・ノース』を目にしたときのことを覚えています。マンチェスターのヒューム地区*1に関する記事が掲載されていました。私はそこにあったビッグライフ・グループのコミュニティセンターで働いていたんです。コミュニティ目線で語られる記事が読めて、おもしろいなと思いました。

*1 1960~70年代にかけて行われたスラムクリアランス事業として大規模公営住宅が建てられた地域。その後不評により、人口が流出し犯罪の温床地となっていたが、1990年代に地域コミュニティと協調しながら再生を進めた。

当時はまだ、ロンドンで発行されていた『ビッグイシュー英国版』の付録扱いでしたが、1年後の1994年4月に、『ビッグイシュー・ノースウェスト』として、独立系の雑誌が発行されました。共同創設者のアン・マクナマラ(1991〜2002年まで在任)は、幅広い業務をこなさなければならず、これまででもっともきつい仕事だったと振り返っています。「掲載記事のアイデア出しをしたらすぐに、スポンサーの獲得に動き、グラナダTV(イングランド北西部のローカルテレビ放送)に掛け合って、連続テレビドラマ『コロネーション・ストリート』に出演している役者にイベントに参加してもらえるかを問い合わせる。さらに販売者のサポートも気を抜けません。業務は広範にわたり、厳しい状況もたくさんありましたが、実にやりがいのある仕事でした」

バックナンバーが物語る社会史

雑誌のバックナンバーは、マンチェスターの社会史を物語っています。創刊号では、アンコーツ地区の再開発*2、HIVエイズ、給付金の削減案、EUの労働時間指令を取り上げました。これら社会正義の本質に迫る記事だけでなく、ハシエンダやパラダイスファクトリー(どちらもマンチェスターにあるクラブ)の情報、映画『天使にラブソングを』や『シンドラーのリスト』の作品紹介など、文化系のネタも掲載しました。販売者の人物紹介(日本版では「販売者に会いにゆく」)も、当時からありました。コーナーの名称変更や紙面デザインの変更はありましたが、雑誌の大枠はずっと変えずにやってきました。

*2 マンチェスターの東側にある市街地。かつては紡績で栄えたが、工業の近代化などで人口が流失・荒廃し、犯罪率の高い危険な地域となっていた。『ビッグイシュー・ノース』創刊時は、まさに都市再生プロジェクトが推進されていた。

他の雑誌との違いは、雑誌を販売する人たちの存在です。なので、販売者の人物紹介は、創刊当初から大切なコンテンツでした。『ビッグイシュー・ノース』が収入を得る手段を提供した人は数千人に及び、彼らの人生が厳しいときに重要な助けになったと思います。もうひとりの共同創設者ルース・ターナー(1992〜2000年まで在任)は、『ビッグイシュー・ノース』が果たしてきた役割をこう言います。
「人生の窮地や悪しき選択から抜け出せる方法はあり、それには、どんな人の心の中にもあるはずの“素晴らしいところ”に気づいてくれる他者の存在が必要です。私がビッグイシュー・ノースで見つけたものは、肩書きやキャリアが変わっても、ずっと私の心の中に残るでしょう」。大切なのは、周囲の人間が関わる姿勢を示すことなんです。

英国内だけで6誌が発行されていた90年代

英国で発行されてきたストリートペーパーの歴史は、時代の変化を映し出しています。90年代は、ロンドンで発行されている『ビッグイシュー英国版』や『ビッグイシュー・ノース』の他にも、『ビッグイシュー・ミッドランド』『ビッグイシュー・ウェールズ』『ビッグイシュー・サウスウェスト』『ビッグイシュー・スコットランド』と、新しい雑誌が次々に創刊されました。それぞれの雑誌で取り上げた社会問題を、各媒体でも記事として使えるように融通し、英国全土での広告収入を確保できるようにするなど、互いに密に協力・連携していました。

21世紀初頭は地方紙の「無料モデル」の移行がすすみ、そのあおりを受けました。突如として販売者たちは、無料でニュースを配布する人たちと路上で競合することになり、売り上げは落ち込みました。ニュース記事のオンライン化により販売はさらに低下、2008年の金融危機で広告収入に大打撃を受け、事業収入も減りました。ほかの地方紙がそうしたように、各ビッグイシュー誌は段階的に統合されていき、地方版として唯一残ったのが『ビッグイシュー・ノース』でした。数々の課題に直面しながらも、新商品の開発(クリスマスカレンダーなど)、ウェブサイトやソーシャルメディアの展開、アプリ「Street News」の開発など、時代とともに事業の刷新を続け、収入向上に努めてきました。

激動の時期となったコロナ禍

2020年からのコロナ禍は、まさに激動の時期でした。人々が支援の手を差し伸べてくれる大きな波が起き、とても感激しました。集まった寄付金のおかげで、収入が絶たれた販売者たちを支えることができ、路上販売が再開したときの防護グッズを買うことができ、キャッシュレス決済用の機器購入にあてることができました。

お金の面での支援だけではありません。スーパーマーケットに掛け合ったところ、雑誌の販売を快諾していただけたため、雑誌発行を続けることができました。みなさまからの支援なくしては、事業自体も多くの販売者も生き延びられなかったでしょう。

参考:https://www.bigissuenorth.com

THE BIG LIFE GROUP
https://www.thebiglifegroup.com

By Fay Selvan
Courtesy of Big Issue North / International Network of Street Papers

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