6万5000年以上前、オーストラリア大陸へ渡り、全土に居住していた先住民たちは、今や人口の3・3%だ。入植した英国人による大虐殺の歴史は現在も話題にされにくいが、蓋をした過去に目を向けてもらうべく踊るダンサーたちがいる。
※下記は『ビッグイシュ―日本版』408号(SOLD OUT)からの転載です。
先住民の魂の物語を広め、過去の歴史に目を向けさせる
「先祖の魂を受け継ぐ私たちの物語を、絶やすことなく新しい形で広めていきたい」。そう話すのは、今年「バンガラ・ダンス・シアター(Bangarra Dance Theatre)」で芸術監督就任30年目を迎えるスティーヴン・ペイジだ。オーストラリアで唯一の、先住民が率いる一大ダンスカンパニーは、見過ごされることの多い人種差別の問題を扱いながらも、世界各地で公演を重ね数々の賞に輝いてきた。
スティーヴン・ペイジ監督 Photo: Tobias Bowles
オーストラリアには、18世紀後半に英国が入植するまで、北端の島々にはトレス海峡諸島民が、そして全土にわたって数百の言語集団に分かれたアボリジナルの人々(※1)が先住していた。しかし英国が土地の収奪、集団虐殺を推し進め、タスマニアなどでは先住民が消滅したほど残虐な歴史がある。現在、先住民人口は3・3%(約80万人、2016年)で、社会構造的な人種差別から精神疾患を抱える人や、数世代にわたって抱えてきたトラウマに苦しんでいる人も多い。
※1 以前一般的だった呼称「アボリジニ」は差別的なニュアンスをもつとして、近年同国では使われていない。
こうした植民地化による禍根を解決しようと政治的試みが長年行われてきたが、うまくはいっていない。そんな中、「文化や物語を伝えることは人種の不平等を訴える一つの手段です」とペイジ監督は言う。「バンガラ・ダンス・シアターは人々の意識を覚醒させ、ダンスによる芸術表現だけでなく、文化的な責任をも負いながら活動しています」
たとえば、かつての先住民のリーダー、ウーララワレ・ベネロングを題材とした『ベネロング』や、アボリジナルの血を引く著名作家ブルース・パスコーの代表作に着想を得た『ダーク・エミュー』――。パフォーマンス作品を通じて、アボリジナルの土地所有権を否定しようとする声に抗い、潜在的な偏見の解消に取り組んできた。先住民の主権運動を展開し、鋭い議論が飛び交う場としても機能しているバンガラは、過去の歴史に目を背けようとする観客に啓発を促しているのだ。
シドニーで上演した『ベネロング』 Photos: Daniel Boud
「私たち先住民は、条約を締結することもできず(※2)、建国日を改めることも許されていません(※3)。政府が過去の罪に向き合おうとしないという点では、世界でも最低レベルの政治力だと言えるでしょう。先住民の虐殺についても話題に上りにくい。過去に蓋をすることはやめ、次の世代へと語り継いでいくべきです」
※2 たとえばニュージーランドでは1840年にマオリ族と英国の間で権利保障をめぐるワイタンギ条約が締結されたが、オーストラリアにはこうした合意に基づく条約・協定がなく、長らく議論になっている。
※3 毎年1月26日の建国記念日「オーストラリア・デー」は、1788年に英国から最初の植民船団が到着した日だが、先住民にとっては残虐な歴史が始まった日だ。
欧米的でも伝統的でもない踊り
多面的なアイデンティティ表現
いまだ尾を引く植民地化の問題から誕生し、驚くべき底力で存在感を高めてきたバンガラ・ダンス・シアター。昨年は、これまでの軌跡を収めたドキュメンタリー映画『Firestarter: The Story of Bangarra』も公開された。「バンガラ」はアボリジナルのウィラジュリ語で「火を起こす」を意味し、まさに名前通りの存在となっている。
欧米的なダンス形式に従わず、国内外の舞台でアボリジナル文化の地位を築いてきたバンガラだが、現代的な要素を取り入れ、“伝統的”とされるダンスからの脱却も図ってきた。当初は批判を浴びることもあったが、大胆で創造性に満ちたこの文化的選択はダンサーたちに多面的なアイデンティティを表現する機会を与え、欧米諸国が期待するような“伝統的ダンス”も退けてきた。「それぞれの世界を股にかけ、受け継いだ歴史を現代的な形へと昇華させています」とペイジ監督は語る。
「かつては極めて身体的だった時代もありましたが、私たちが生きているのは精神の時代です。権力構造や社会システムを動かし、ジェンダーの平等性を実現するべく、そうした心の持ちようが問われているのです。さまざまな議論が醸成されてきたのは、まるで社会を舞台に紡がれる、人類の壮大なオペラのようです」
ペイジ監督はパフォーミング・アーツによって、私たちの現在と目指すべき姿を喚起し導こうとしているように見える。しかし、アボリジナルの長い歴史から見れば、32年前に誕生したバンガラ・ダンス・シアターはまだ幼い子どものようなもの。6万5000年以上におよぶ文化の歴史を持つ先住民にとって、バンガラの活動の火はまだ灯されたばかりだ。
「私のDNAには、先頭に立つ責任が刻まれているようなのです」とペイジ監督。「先祖から受け継いだ知識が私たちに力を与えます。絶えず目を見開き、学ぶことや耳を傾けることを怠らず敬意を抱き続ける。そうしてありのままの形を保ちつつ、未来へと伝えていかなければなりません」
(Timmah Ball, The Big Issue Australia/編集部)
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