英国では地方自治体の財政危機が広がっている。イングランドとウェールズの地方自治体の約半数が緑化予算の削減に追い込まれ、スコットランドと北アイルランドも似たような状況にある。地方自治体協議会が2024年2月に行った調査では、48%の地方自治体が「地域内の公園や緑地帯に関する予算削減を予定している」と回答している。
英国第2の都市バーミンガム市は、2023年9月5日に事実上の財政破綻を宣言した。その後に採決された総額3億ポンド(約573億円)に上る予算削減案により、公園や庭園といった緑地資産に関する予算などが大幅に凍結された。この事態を受けて設立されたロビー団体「セーブ・バーミンガム」では、地域社会の価値となる資産リストを作成。将来的に、そうした意義ある空間を市と共同運営するモデルを見出していきたい考えだ。市街地でグリーンスペースを増やしていく意義について、サルフォード大学にて都市の持続可能性を研究しているマイケル・ハードマン教授らが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介する。
市街地グリーンスペースの確保が長期的にもたらす大きなメリット
政府諮問機関ナチュラル・イングランドの推定では、都市部にグリーンスペースを確保することで地域社会にもたらされるさまざまな恩恵*1は、イングランドだけでも年間66億ポンド(約1兆2606億円)となるという。とはいえ、グリーンスペースの利用しやすさには大きな社会的格差があるのも実状で、上位20%の富裕エリアには貧しい地区の5倍の公共緑地があるという(環境・食糧・農村地域問題に関する議会委員会)。十分な資金が行き渡らず、自治体の予算カットの影響を受けやすいグリーンスペースの整備。街中に多くの人がアクセスできる持続可能なグリーンスペースを整備していくには、どうすればよいのだろうか。
*1 健康、気候変動、環境面、野生生物、社会面、身体活動の観点からの推定。
Natural England unveils new Green Infrastructure Framework
2023年の「ステイト・オブ・ネイチャー(State of Nature)報告書」では、英国は地球上で「最も自然を使い尽くした」国のひとつとされている。その事例として、1970年から2019年の間に英国全域の植物分布が衝撃的なレベルで減少していることを報告している(顕花植物種で54%、コケ類で59%など)。そして総合的な解決策として、住宅やビルの建設計画ばかりが増えるなか、「都市空間の緑化」に優先的に取り組むべきと提言している。
都市部にグリーンスペースを確保することの価値は、経済や社会福祉の観点からも明白である。ナチュラル・イングランドも、都市部で最も多くの人が訪れるのは、都市公園、コミュニティガーデン、運動場といった場所であると明らかにしている。実際、そうした場所から半径100メートルのエリアでは、住宅価格が平均で2500ポンド(約48万円)高くなっている。
都市緑化の推進に大きな可能性が秘められていることは研究でも実証されている。国民保健サービス(NHS)が、人々に自然の中で過ごすことを奨励し、身体的・精神的健康を向上させる取り組みと定義する「緑の社会的処方*2」により、イングランドだけで年間最大3億ポンド(約574億円)の節約になり、かかりつけ医(General Practicioner)の診察予約も約450万件減少させられると公衆衛生の専門家は推定している。 街の緑化は、都市部の食料需要を満たす上でも役に立つ。2020年に米ニューヨークで行われた研究では、屋上農業によって市内で必要とされている葉物野菜の38%を賄えるとしている。
*2 社会的処方とは、医療的な処置だけでなく、地域活動などの社会参加を「処方」することで、人々の健康や幸福度を向上させる取り組みのこと。
「グリーン開発」を促すための法律、市民農園
英国では2024年、生物多様性を高めるべく新たな法律が導入され、新規開発を行う際は、その地域の自然生息地の質を10%以上高めることに貢献しなければならないとしている。筆者らの研究からも、この試みが真の変化をもたらし得ると期待できそうだ。
これまで都市部周辺に新たに建設される住宅地は、敷地の大部分がアスファルトやコンクリートといった人工的な素材で基盤が造られており(ハード・ランドスケーピング)、自然環境を生かした創造的なデザインが欠如していた。新しい法律は、そのような景観づくりを確実に変えていくはずだ。たとえば、水を通さない舗装を施す代わりに透水性を高めるため、植物でいっぱいの地面にする、ガレージや公民館など平らな屋根の建物は屋上緑化する、木やコンクリート製のフェンスを在来種の植物を使った生け垣にするなどだ。自然と調和した生け垣は、野生動物の生息場所となるほか、土壌保護や洪水防止にも役立つだろう。食用の在来種を使うのもいいアイデアだ。
「コミュニティ果樹園」も新しい開発地を緑化する創造性豊かな方法で、すでに諸団体が取り組んでいる。グレーター・マンチェスターで活動する「シティ・オブ・トゥリーズ(City of Trees)」では、すでに141件の果樹園をつくり、1,612本の街路樹を植え、6,009メートルの生け垣を設置した。
総選挙では、どの政党も住宅を増やす必要性を訴えた。地方自治体協議会は、イングランドだけでも年間25万戸(現在は13万戸を建設中)の住宅が必要としている。英国住宅連盟はそれでは到底足りないとし、目標を約34万戸とすべきだと主張している。だが、重要なのは数字だけではない。バーミンガムやマンチェスターなどでは持続可能性の名の下に高層タワー建設が進められており、緑地づくりや食物の栽培は二の次とされている。新しい住宅が持つべき役割について創造的に考えられるリーダーが必要だ。
国レベルで都市農業やコミュニティ栽培を支援している「ソーシャル・ファームズ&ガーデンズ」、住宅供給業者と協力して創造的な緑化に取り組んでいる「ソウ・ザ・シティ」など、緑化推進の手本となる活動はすでに数多くある。ナショナルトラストが手がける、マンチェスターのキャッスルフィールド高架橋プロジェクトも代表的な好例だ。
住宅開発は数十年の長いスパンで考えなければならない。100年前に計画されたガーデンシティ(田園都市)は、実際に緑豊かで快適、高い価値のある場所になっている。現代の開発も、そのような長期的視点を持って進めていかねばならない。
著者
Michael Hardman
Professor of Urban Sustainability, University of Salford
David Adams
Lecturer in Urban Planning, University of Birmingham
Peter Larkham
Professor of Planning, Birmingham City University
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2024年6月4日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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