※1 CRP値は感染症やストレスレベルに相関する血液中の成分で、この値が高いと心疾患のリスクが高いとされている。
エセックス大学社会政策研究員のエイミー・クレアと、ブリストル大学疫学上級研究アシスタントのアマンダ・ヒューズが行った研究によると、英国では
・賃貸住宅に住む人は持ち家に住む人と比べてCRP値が高く、より健康状態が悪い
・一戸建てに住む人は、マンションやセミデタッチハウス(*)に住む人よりCRP値が低い
ことが分かった。
*1棟に2軒の住宅が入っているイギリス特有の住宅スタイル。左右対称な造りで、玄関も庭も別。
意外だったのは、賃貸住宅に住む人のうち、収入に占める住居費の割合が高い人ほどCRP値が低かったこと。これら研究結果は、昨今の(特にイングランドにおける)住宅を巡る議論に大きな意味合いをもたらすだろう。
質が問われる英国の賃貸物件
賃貸住宅に住む人の方が健康状態が悪いという結果は、おしなべて、この国の賃貸物件の「粗悪さ」を反映していると言えよう。 この国の民間賃貸住宅は、公営住宅や持ち家に比べると暗くて湿っぽく、セントラルヒーティング(暖房設備)がないことも多い。
「賃貸住宅の質の向上」に関する議会審議も一向に進まない。というのも、議員の中には賃貸住宅を経営する者たちがいるため、彼らの利害が対立してしまうためだ。
しかし、2019年3月からは新基準が導入される。家主たちは自らが管理する賃貸物件が「居住に適した基準(habitable standard)」を満たすことを求められる。基準を満たさない粗悪物件に暮らす者たちにとっては、新たな救済策となるだろう。
「住居に関する法定最低基準(Decent Homes Standard)*」がすでに適用されている公営住宅に暮らす人たちには健康へのダメージが見られなかったことを踏まえると、この新基準の適用によって、民間賃貸住宅に暮らす人たちの健康状態も改善されるかもしれない。
* ブレア政権下で2000年に導入され、すべての公営住宅が2010年までに最低基準を満たすよう改修をすすめることを推進した。結果、2010年時点で未だ10%〜25%の公営住宅が基準を満たせていないことが判明した。
収入に占める住居費の割合が高い人ほど、健康状態が良い?
私たちの研究からは、収入に占める住居費の割合が高い人ほど、健康状態が良いことも分かった。 アフォーダブル住宅が多いほど健康レベルが上がることはさまざまな研究で立証されていることを踏まえるとこれは意外な結果であるが、住まいの質と健康との関連性がクローズアップされてくる。
賃貸生活者が「そこそこの賃貸物件」に入居して健康へのダメージを回避するには、金銭的な負担がのしかかる。ゆえに、アフォーダブル住宅※を増やしていくべきで、公営住宅が売却され「高額な賃貸住宅」化している動き、ならびに政府が住宅手当を減額しようとする動きは避けるべきである。
*アフォーダブル住宅:市場価格の住宅を購入するのが難しい所得層向けに政府が提供する手頃な価格の住宅。
増やすべきは良質な公営住宅
慈善団体「Shelter」(参考)はこの考えを支持しており、最近では、公営住宅の建設を大幅に増やすべきと主張している。例えば、公営住宅を新たに310万戸建てるとすると、年間107億ポンド(約1兆5200億円)の費用がかかってくるが、政府の住宅手当(*)を減額でき、生産性も向上するため、40年以内に採算がとれると予測している。
*2018年現在、英国政府は年間約210億ポンド(約2兆9800億円)を投じており、これは2002/03年時点より約2倍の増額である。住宅手当を申請できるのは、無職、低所得者又は貯蓄が1万6先ポンド(約235万円)以下の人。資料調査の結果、対象となると、家賃の全額または一部が、2週間または4週間毎に申請者又は家主の口座に支払われる。
私たちの研究からは、人々の健康レベルを上げることで、さらなる費用削減が見込めることも分かった。 加えて、公営住宅を増やすことで、現在著しく不足している障害者向け住宅の問題にもメスを入れることができ、障害者の健康、福祉、雇用にもプラスの影響を与えられるだろう。
2017年6月、英国で起きた「グレンフェル・タワー火災事故(*)」でも明らかになったように、公営住宅にももちろん欠陥はある。 しかし、「住宅法」による改善とあわせて、提言されている規則を施行していくことで大幅な改善がもたらされるはずだ。
*グレンフェル・タワーはロンドン西部ノース・ケンジントン地区に建つ築43年になる低所得者向け高層住宅。死者数70人と英国では戦後最悪の被害を出した火災。
売却された公営住宅が民間賃貸物件として出回っている実状
最近の報告書によると、「Right to Buy(購入する権利)」制度によってロンドンの公営住宅が売却され、その40%以上が民間の賃貸物件として出回っているという。この比率は、以前の研究結果とほぼ同じだ。
この流れ(公営住宅の賃貸住宅化)は、公営住宅の戸数や財政支出に大きな影響をもたらすだけでなく、健康にも甚大な影響を与えることが私たちの研究結果からも裏付けられている。政府は「Right to Buy」制度の延長を計画しているが、私たちとしてはイングランドにおける当制度の停止または終了を求める(スコットランドとウェールズではすでに中止されている)。
※公営住宅の賃貸人に、居住する物件を市価より安い値段で購入する権利を与える制度(参考)。 1980年、当時のサッチャー政権が導入、英国の持ち家率を飛躍的に上昇させた。
大家に有利な法律「セクション 21 による退去」の撤廃を目指すべき
健康に影響を及ぼすのは「住宅の質」だけではない。「民間賃貸住宅入居者は不健康、一戸建て居住者は健康」という図式は、住宅の安全性・入居者の自主性・住まいのコントロール感が健康レベルと関連しているとした従来の研究にも当てはまる。
© Pixabay
一般的に、英国の民間賃貸物件の入居期間は6〜12ヶ月で、何も粗相してなくても「立ち退き」を言い渡されることがあり(「セクション21 退去通知(*)」)、これでは入居者が安心感や住まいのコントロール感を得られないのも無理はない。 この「セクション21 退去通知」があるために、物件の問題点に苦情を申し立てたくても、報復を恐れて切り出せない者も多い。こうした事情から、入居中の物件を「わが家」と感じにくいのも当然である。
※セクション 21による退去:イギリスの「1988年 住宅法21条(Section 21 Housing Act 1988)」に、「大家は理由を告げることなく賃貸を停止することができる」と規定されている。
英国におけるホームレス支援の現場でも、「セクション21によって退去させられたから」が最も多いケースだ。おかげで頻繁に引越しせざるを得ず、「遊牧民のような生活だ」とぼやく者たちもいる。この「セクション21 退去通知」の制度がなくなれば、入居者の安心感やコントロール感、ひいては健康レベルも向上させられるだろう。
「Shelter」をはじめとする諸団体は、入居者の安心感を高める手段として、賃貸物件の借用期間の延長を求める活動も実施している。この考えは徐々に受け入れられ、昨年、英政府は「3年間の賃貸契約導入」について協議を行った。
先行研究ならびに我々の研究結果をまとめると、住宅政策を総合的に見直す必要性は明らかだ。「住宅」が人々の暮らしに持つ多様かつ重要な役割を踏まえ、「資産」というよりも「ホーム」としての機能を優先した政策が望まれる。
By Amy Clair (エセックス大学社会政策研究員)
Amanda Hughes (ブリストル大学疫学上級研究アシスタント)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
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