人工降雨で水不足解消—中国で進む雨雲の争奪戦(2/2)

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また、スケールの大きい大陸的な要素も大きい。例えば、水の蒸発量。中国の乾燥地帯では、水の蒸発量は降水量の4倍から20倍に達するところもある。しかもそれは地球温暖化によって確実に加速される。

雨によって失われる土の量もすさまじい。中国の黄河流域では、夏の局所集中的な豪雨が樹木も草もほとんど生えていない地面を直接叩くため、農民が何代にもわたって耕してきた土が雨と一緒に失われる「水土流失」が起こる。その侵食される土の量が、また半端ではない。

「例えば、黄河に1年間に流れ込む土の量は16億トンです。16億トンの土というのは、その土で幅1m、高さ1mの堤防をつくると考えた場合、赤道を27周もしてしまう量になり、それが毎年流れ込む。河床が20mも上がることもあって、ため池などはすぐに埋まってしまう」

「日本から見た北京は発展中国のシンボルとして輝いているように見えますが、背後の大同から見る後ろ姿は砂上の楼閣に思えてならない」と言う。

水の争奪戦ばかりか、雲の争奪戦も

「水……明日もまだあるだろうか?」北京のビルの屋上にかかった看板。それでもまだ膨張につぐ膨張。(北京市朝陽区、2005年8月) 

だが、こうした水不足は中国全体の問題ではない。北京周辺を含めた中国北部が水不足に悩む一方、中国南部では毎年のように大小の河が氾濫して洪水が起こり、千人規模の死者が出ることも珍しくない。「中国の水問題は地域によって極端な偏りがあることなんです」と高見さんは解説する。

「中国の水資源の80%は長江以南の南部にありますが、耕地面積は中国全体の35%に過ぎません。一方で、人口や経済、政治の中心地である北京・天津の大都市、華北の穀倉地帯が集まる地域には水資源量が7.6%しかないんです」

こうした水資源の偏在を解消するため、中国では長江流域の水を北部に運ぶ「南水北調」という壮大な計画が進んでいる。また、最近、北京では人工降雨が盛んで、雲に沃化銀を打ち込んだり、飛行機から撒いて雨を降らせる。大同でも、雨を降らしそうな雲を打ち落とすために、常に大砲が待機している、と高見さんは言う。中国では水の争奪戦ばかりか、雲の争奪戦まで繰り広げられているのだ。

こうしたウルトラCの解決法にはさまざまな問題がある、と高見さんは言う。

「お金の大小によって水を確保できるかどうかが決まり、生態系への悪影響も避けられません。また究極の解決策に期待するがあまり、北京市民の危機感が薄れ、節水の取り組みも進まない可能性がある」と言う。

中国華北の農業撤退と「非常識」なほど水に恵まれた日本

桑干河の河底で栽培されているトウモロコシ。
付近の農民は河に水が流れてくることを、期待もしなければ、恐れもしない。(山西省応県、2003年9月)

また、日本への影響も避けられない。実は、北京周辺で水を最も多く使用するのは農村と農業。全体の水使用量の半分を占め、残りの半分を都市生活と工業用水が分け合っている。しかし、大量の地下水の灌漑で成り立つ農業は工業と比べると、水を単位にした生産性が極端に低いため、中国政府は北京や天津地区と華北の一部から農業を撤退することを検討しているという。

「華北平野の農業は中国全体の農業の3分の1を占めています。そこでまかなっていた食糧の減少分を輸入し始めると、世界の食糧市場が大きく変わります。すでに大豆は最近まで世界有数の輸出国でしたが、いまは世界最大の輸入国になっています。13億人を抱える彼らが食糧を輸入に頼り始めると、世界はどう変わるのか。私たち日本人の胃袋にも直結する話なんです」

こうした中国の水問題を考えると、「日本は非常識なほど水に恵まれている」と高見さんは言う。春の菜種梅雨、夏の梅雨、雷雨、秋の台風、冬の雪…。四季を通じて水の恵みがある日本は、東アジアにおける水の通り道であり、世界の北緯30〜40度の地域で緑に恵まれているのは日本とアメリカの東海岸ぐらいだ。

それにもかかわらず、日本の食糧自給率は40%程度となり、日本は世界中から「水のかたまり」ともいえる食糧を通して大量の水を輸入している。

中国の水問題を指摘すると、たいてい『そんなところでオリンピックができるか!』という話になりがちですが、それじゃあ私たち日本人は恵まれた水をちゃんと有効に使っているのか、と思うんですね。自分の国の水を使わずにムダに流して、山や田んぼはどんどん荒れているのに、食糧の大半を輸入し、日本の自動車産業も中国の厳重欠水の地域で工場を次々に建てているんです」

「こんな無理なことが長く続くはずはありません。特に若い人はその時にどうやって生きていくのか、今から少しずつでも将来のことを考えるべきだと思います」

(稗田和博)
写真提供/緑の地球ネットワーク

たかみ・くにお
1948年、鳥取県生まれ。NPO法人「緑の地球ネットワーク」事務局長。中国山西省大同市で水のない村と出会い、井戸掘りの協力を行った経験から、中国の水問題にかかわる。92年以降、同市の農村に3〜4ヶ月は滞在し、緑化協力を続けている。01年、中国政府から「友誼奨」を受賞。

(2007年6月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第73号より)