障害者支援制度の狭間にいる人々(瀬名波雅子)

ホームレスと障害者

2010年3月、「都心のホームレス3割超知的障害か」という見出しが毎日新聞の紙面を踊った。記事はこう続く。

東京・池袋で臨床心理士らが実施した調査で、路上生活者の34%が知能指数(IQ)70未満だったことが分かった。調査グループによると、70未満は知的機能障害の疑いがあるとされるレベル。路上生活者への別の調査では、約6割がうつ病など精神疾患を抱えている疑いも判明している。調査グループは『どうしたらいいのかわからないまま路上生活を続けている人が大勢いるはず。障害者福祉の観点からの支援が求められる』と訴えている。

一方、平成24年度版障害者白書にはこうある。「身体障害、知的障害、精神障害の3区分で障害者数の概数を見ると、身体障害者366万3千人、知的障害者54万7千人、精神障害者323万3千人となっている。」人口千人当たりの人数で見ると、知的障害者数は4名だそうだ。

路上生活者の3割超に知的障害が疑われるとした、上記の調査結果との大きな乖離に驚く。

私は2011年8月よりビッグイシュー基金のスタッフとして働いている。相談に来るホームレスの方やビッグイシュー販売者の話を聞く中で、気づいたことがあった。障害(主に知的障害)が疑われる人のほとんどが、障害者手帳を持っていないことだ。

例えば30代後半の男性、ビッグイシューの販売をしていたSさんのケース。知的障害があるように見受けられるものの、特別支援学級に通ったことはなく、高校も「底辺の成績」ではあったが無事卒業。障害者手帳は持っていない。

「仕事をしたい」という意欲はあるものの、一般の仕事の面接を受けても落ちてしまう。私は生活保護受給を機に彼に愛の手帳(東京都が知的障害者に交付する療育手帳)の申請を勧めることにした。行政はもちろん、民間が行う障害者の就労支援もたくさんあるが、その大多数は、「障害者手帳を持っていること」を利用の条件にしているからだ。Sさんのように障害者手帳を持たないが、知的障害があると思われる人たちへの就職サポートは、まったくといってよいほど、ない。

愛の手帳取得へのハードル

Sさんが愛の手帳を取得するには、高いハードルがあった。知的障害者へ発行される療育手帳は、「18歳未満の時点で知的障害がある」人に限られる。通常は、幼児期や学齢期の知能検査で発見される“はず”の知的障害。万が一18歳以上になるまで見過ごされてしまった場合は、学校の通知表や、幼少期のエピソードなどで18歳未満での知的レベルを証明できないと、手帳の取得は困難だといわれる(専門機関を経由して取得するなど、その限りではないケースもある)。

私もSさんに関して、東京都福祉局(愛の手帳の発行元)から「18歳未満時の知的レベルを証明できるものを持ってこられないか?」という質問を受けたが、ホームレスの人の多くがそうであるようにSさんも家族と関係が切れており、提出は叶わなかった。

結局、膨大な時間と手続き、何度かの再検査を経て、精神科医の判断のもと、Sさんには愛の手帳が発行された。

運に左右される療育手帳へのアクセス

公的サービスや年金受給要件となる「障害」の有無やその等級を規定する障害者手帳の基準が厳格に規定されているのは、当然ともいえる。

しかし、療育手帳の取得が18歳未満での診断を前提にしているということは、つまり学校や親の気付きや支援が不可欠であるということだ。では、周囲の理解やサポートに恵まれない人はどうするのか。大人になっても、手帳がないという理由で障害者支援の枠組みには入れない。

一方で、理解力が足りないなどの理由で一般の仕事の面接では落とされてしまう。制度の狭間で大人になってもずっと自助努力を強いられる人たちがたくさんいる。

多様な「働く」をサポートする取り組みが必要

働くことに意欲的であったとしても、その意欲を活用できない社会のあり方を変えていきたい。知的障害や発達障害は外からわからない分、その線引きが難しいが、初期に障害を検知し必要な社会制度へのアクセスができるように、親や学校だけでなく社会全体で支えていくことが重要だろう。

そして中間労働の多層化・多様化が必要だ。例えば、NPO法人FutureDreamAchievementは、まさにその実践をしている団体だ。障害の有無に関わらず、得意なことを伸ばし、苦手なことをフォローして「働く」をサポートする試みは、まさに仕事を通じて利用者の居場所をつくり、自己肯定感の醸成に寄与している。こうした取組みから、学ぶことは多い。

(NPO法人ビッグイシュー基金 東京事務所 瀬名波雅子)