【連載第6回  米国・路上から】帰還兵の抑えられない憤り  岩田 太郎

その男の名は、「ポール」というらしい。

背丈は185cmあたり、ぼさぼさの白髪、後頭部が禿げた60代くらいの白人で、片目がない。義眼をしていないので、その眼は黒くくぼんだままだ。
筆者行きつけのカフェで、いつもiPadとにらめっこをしている。ヘビースモーカーらしく、禁煙の店内からしょっちゅう外に出て、落ち着きなく一服している。

そんなポールがある日、同年代の黒人の男に向かって大声でまくし立てていた。
「俺は、憤りを抑えられないんだ!」

飲酒運転で免停になり仕事に就けない、信用度が低くカネが借りられない、誰もホームレスの自分など必要としないのだ、と訴えている。
「わかるよ、ポール。だがな、いつまでも過去にこだわってちゃ、だめだ」

黒人の男が言葉を選びながら諭す。どうやらポールは、ベトナム帰還兵のようだ。戦場体験にフラッシュバックする話をしている。黒人の男も帰還兵で、ホームレスになった仲間を救い上げ、生活を立て直す手伝いをする組織の人間らしい。

米国では、イラクやアフガニスタンを含む戦場からの帰還兵ホームレスが最大25万人に上り、ホームレス人口の40%に達するとする推計もある。
米政府はやっと重い腰を上げ、帰還兵の路上生活者を減らす政策に力を入れ、その数は減りつつある。ポールにも、入居の話があるようだ。

「(あてがわれる選択肢から)どこを選んで住むつもりだ」

「どうしたらいいか、わからない」

ポールは、自分を見失っているようだ。黒人の男は、困った表情を浮かべていた。筆者は、数年前に自宅の地下室で首吊り自殺をしたベトナム帰還兵の隣人を思い出した。彼には商才や財産もあったが、深い絶望感を漂わせる人だった。

軍隊では除隊後も役に立つ技能を教えるし、戦場で身につけた判断力や指導力は大企業などで重宝されるという。しかし、これだけ多くの人がホームレスになるのは、人を殺す仕事のトラウマが、人間関係を阻害し、元兵士たちを孤立させることを物語っている。