admin ヘロインやアヘンの過剰摂取で毎年何百人もが亡くなる中、社会の様々な分野で人々が立ち上がった。元依存症者のトラビス・“フェザーホーク”・スナイダーに、３年に及ぶ依存症との闘いについて聞いた。また、ボストンをはじめマサチューセッツ州の各地で実施されている依存症からの回復支援プログラムを取材し、グロスター市警察の新たな試みやホームレスシェルターでの治療状況、新しいスマートフォン用アプリ＜*ソバーグリッド＞を紹介する。
＊ソバーグリッド（しらふネットワーク）：米国ボストンからリリースされたスマートフォン用アプリで、ドラッグやアルコール依存症を克服しようと闘う人々を、ソーシャルメディアの機能を使って応援するもの。断薬・断酒の決心が折れそうになる孤独な時間帯、世界のどこかから励ましのメッセージが届いたり、オンライン上の集まりに参加できたりする。
INSP.ngoの厚意により／スペアチェンジニュース（2015年8月）
（Sober Grid 公式サイト）
http://www.sobergridapp.com/#!howitworks/tibbp
依存症の克服には家族や友人の愛情が欠かせない
アメリカではヘロインやアヘン依存を遠まわしに「ドラゴン」と呼ぶことがあるが、トラビス・“フェザーホーク”・スナイダーはドラゴンを追い続けたことがある。そうした日々に終わりが来たのは2011年のクリスマス３日前のことだった。
ペンシルバニアの刑務所で断薬中にどん底がやってきた。耐え難いほどの気分の悪さ、身体のだるさに見舞われたのだ。
そのとき、トラビスはそれまでの自分ならなら考えられなかった行動に出た。抗うことをやめ身を任せたのだ。その降伏の瞬間、自分の分身フェザーホークが現れて闘いを受けついだという。それ以来、彼は薬物に手を出していない。
「薬物依存の状態が最悪だったときに刑務所に入ったのがターニングポイントだった」とボストンで開かれた薬物依存回復支援アプリ「ソバーグリッド」の完成披露パーティで、トラビスが話してくれた。「そのときの僕は、精神的にも肉体的にも完全にまいっていた。禁断症状で体も心もぼろぼろで、だから抵抗をやめて、とにかく自分の考える神に助けを求めるしかできなかった」
「この理解できないエネルギーに心を開いたとき、生まれてはじめて人生を変える光が射したんだ」
トラビスは、薬物依存を克服した象徴としてフェザーホークを名乗り、フェザーのモヒカンをつけ、過去の失敗を枷（かせ）ではなく武器にすることにした。ヘロインやアヘンの依存症と闘う多くの人々へのアドバイスを求めると、彼は「決してあきらめないこと」だと話した。
「依存症を克服して生活を立て直そうとする人たちに僕が言えることは、自分で知っていると思っていることはすべていったん捨てて、素直な気持ちで、大いなる力が変化の光で照らしてくれるよう祈るといいってことかな。感謝することを学んで感謝し、前向きであることを学んで前向きになり、克服のためのあらゆるルールに従い、すべてのアドバイスを受け入れ、毎日欠かさず努力をする誓いをたてるんだ」
依存症の人々を助ける方法について語るトラビスの言葉が自身の経験から発せられるものなのは明らかだ。「常に依存症の人々に愛情を持って接すること。彼らの行為を肯定する必要はないけれど、いつでも愛情を忘れないでほしい」“ドラゴン”を退治するために周囲の人間にできることをたずねると、彼はそう答えた。
「依存症を克服する過程では、家族や友人の愛情が欠かせないし、その愛情こそが人生を立て直す理由になる。依存症者に向かって指図や説教をしたり、わざと反抗心を抱かせたり愛されていないと感じさせることを言っても逆効果なんだ」
「もっとも効果的なのは、彼らの行いによってどんな気持ちになるかを伝えること。愛する人の口から、自分の行動がどれほど相手を傷つけているかを聞くことほどこたえることはないから」
薬物依存に苦しむ人々を支えようとしているのは、フェザーフォーク一人ではない。
ヘロインやアヘン依存をスティグマ（負の烙印）とする時期は終わりました。警察が「何もしなくていい時代は終わったのです」
昨年マサチューセッツ州では1000名を超える人々がヘロインやその他アヘン類の過剰摂取で亡くなった。薬物による死が確定されている約600名に加え、少なくとも408名が薬物に関連した死と疑われており、同州では過去最悪の数字だ。
ヘロイン及びアヘン依存症の蔓延という事実を前に、当局は薬物依存を犯罪ではなく、疾病として扱いはじめた。
グロスター市では、警察は依存症者が望めば逮捕する代わりに治療を促す。レナード・カンパネッロ署長の指揮で始まった「エンジェルプログラム」では、治療と回復プログラムにボランティアスタッフが付き添う。プレスリリースで署長は以下のように語っている。「グロスター市はアプローチ方法を変えようとしています。薬物依存は病気であり、依存症者は助けを必要としています。ヘロインやアヘン依存をスティグマ（負の烙印）とする時期は終わりました。私たち警察は、依存症者をいいとか悪いとか判断するのではなく、支援の手を差しのべます」
カンパネッロ署長の推進するアプローチは、州内で同じ問題を抱える他の都市にも広がっている。アーリントン市では、グロスター市警察の取り組みをサポートすることから始まった非営利組織「警察支援による依存症回復のためのイニシアチブ（PAARI）」との協働が始まっており、他の都市でも同様の取組みが検討されている。「これまでは売人を逮捕して顧客情報を入手しても、警察はそれ以上のことは何もしませんでしたし、客も別の売人を見つけるだけでした」とアーリントン市警のフレデリック・ライアン署長は話す。「何もしなくていい時代は終わったのです」
ボストン最大の市営ホームレスシェルターと薬物依存治療センターの閉鎖、民間支援団体の闘い
他にも、「ボストンウォーム」（ホームレスや難民などにシェルターを提供する組織）などの依存症治療施設を増やそうと活動している団体もある。というのも2014年10月にボストン港沖のロングアイランド島にあったボストン最大の市営ホームレスシェルターと薬物依存治療センターが島へ渡る橋の老朽化が理由で閉鎖されたためだ。
「ボストンウォームでは、同施設の損害補償を支払うべきフィラデルフィア保険社に対して適正な金額の支払いを求めています。ロングアイランド橋の老朽化による緊急取壊しにより行き場を失った人々を受け入れた結果、負担が増加した依存症治療施設には保険項目の「緊急時の対応」に見合った補償を行うべきです。そのことを、強く訴えていくつもりです」と話すのは同団体のケイト・レイザー牧師だ。
ボストンウォームは、マサチューセッツ州の住宅・経済開発長官であるジェイ・アッシュに対し、フィラデルフィア保険社が補償を拒否したことについて調査を行うように要請した。「その結果、当局との面談が実現しました。フィラデルフィア保険社の経営陣も我々のもとを訪れました。もっとも補償はできないとくり返すばかりでしたが。彼らは、当方に抗議のツィートをやめるように言ってきました」
今後はフィラデルフィア保険のウェストブリッジウォーター支店へのデモを計画しており、ボストンウォームのメンバーであるオールドサウス教会のジョン・エジャートン牧師が陣頭指揮をとる。「支店前の歩道でピケを張り、チラシを配るので、逮捕者も出るかもしれません」レイザー牧師は話す。
キャロル・アンダーソンら、いてもたってもいられなくなった依存症患者の親たちが設立した「ハンドデリバード・ホープ」もある。活動が始まったのは、昨年10月にロングアイランド橋が閉鎖された直後のことだ。毎月最終日曜日に市内のホームレスの依存症患者に食料や衣服、衛生用品を配る活動をしている。メンバーには、アヘンを過剰摂取した場合の症状を抑える効果のある処方薬NARCANを使用する訓練を受けた者もいる。
依存症とは一生の闘い、先のことは考えず一日一日を闘っていくしかない
キャロル・アンダーソンは、以前の本紙[訳注：Spare Change News]のインタビューで、「そもそも依存症者は最初にボタンをかけ違えてしまった人たちなのです」と話している。
息子の依存症が深刻なことを知ったときキャロルはあらゆる手を尽くしたが、治療費用は高額にのぼった。ほとんどの治療は医療保険の対象外だったからだ。保険では２日分の治療費が支払われることになっていたが、２日で完治する依存症などない。
依存症を克服して自身のアパレルブランドを立ち上げた33歳のフェザーホークは、依存症とは一生の闘いであり、先のことは考えず一日一日を闘っていくしかないと話す。「僕の経験、強さ、希望を分かち合うことができて嬉しいし、感謝している。自分の持っている能力、ブランドやビジネスのすべてを使って自分の人生を逆転させたわけだけど、それはこれまでに学び、つちかった知見のすべてを今度は他の人々と共有するためなんだ」フェザーホークは、家族や友人の支え、新たに開発されたスマートフォン用アプリ＜ソバーグリッド＞などの回復プログラムを得て、依存症という病を受け入れ、助けを求めたことで、「ドラゴンを退治できた」と話す。
「統計上では、今ごろ僕はとっくに死んでいたか、刑務所に入っているか、薬物を続けているか、治療施設にいてもおかしくない。でも、今の僕を見てほしい」
INSP.ngoの厚意により／スペアチェンジニュース