ブエノスアイレスの「隠された街」に緑が芽吹き、ぐんぐんと成長している。 ビジャ・ルガーノ地区(*1)の住民たちが、廃墟となった病院の裏手に、有機野菜の菜園を立ち上げたのだ。 「菜園の運営」という持続可能な取り組みによって、コミュニティのつながりを深めることが狙いらしい。
* * *
二人の女性、クリストバル・ロドリゲスとマルセラ・カリーソが出会ったのは一年前、「マノス・デ・ムヘール(Manos de Mujer、女性の手)」という市主催の菜園ワークショップでのことだ。 ロドリゲスがワークショップの先生を務め、カリーソは「隠された街」の住人で生徒のひとりだった。
この地区(Villa Lugano 15)が「隠された街」と呼ばれるようになったのは軍事独裁政権下時代 (1976-1983年)。アルゼンチンが「1978 FIFAワールドカップ」を主催した際に、スラムの街並みを観光客の目から隠すため、このエリアを囲むように巨大な壁が建設されたことが発端だ。
ある日、その菜園ワークショップでロドリゲスは参加者たちに「自分の家の近所に木を植えられるスペースはありますか」と聞いた。 カリーソが思いついたのは、いつも自宅の窓から目にしている空き地で、彼女が住むエリアと病院付属の保健センター「CeSAC No.5」とのあいだに建つ壁の後ろに広がっている場所のことだった。
次のワークショップの日、カリーソはロドリゲスをその保健センターに案内し、土地の一角を使わせてもらえないか打診しに行った。雑草がはびこり、近所の人たちが投げ入れたゴミ袋が散乱している場所だ。彼女たちは官僚的でアポを取るだけでも時間がかかる政府に掛け合うのではなく、保健センターの代表グラシエラ・ペジーサ医師に直談判したのだ。
とてもすばらしい方でした。
保健センター脇の土地で菜園をつくりたいと二人が申し出ると、ペジーサ医師はその場で快諾してくれたのだ。
私たちがやろうとしていることを、すぐに分かってくれました。私たちはすぐにプロジェクトに取り掛かり、2ヶ月後にはもう菜園ができていたんですよ!
顔を輝かせて語る二人。
現在、ロドリゲスは「象の庭」と名付けられたこの菜園のコーディネーターを務めている。 近隣の女性たちで管理するこの都市型菜園、収穫された野菜は現在は自分たちで消費しているが、今後は苗床や苗木を生産・販売する事業立ち上げも視野に入れている。
園芸の先生ルドゥミ・メディーナ、設計技師のホルヘ・ナサール、堆肥の専門家アンディ・ライモンディらも協力してくれている。
菜園のFacebookページにはこんなメッセージがある。
私たち「隠された都市」の女性グループは、「 好き」をかたちにする取り組みを始めました。従来の生産方法と再生材を使って、植物を大切にする思いを広め、明るい未来づくりを目指しています。
菜園プロジェクトの始動により、ゴミだらけの荒れ果てた場所が緑豊かな菜園へと生まれ変わった。
菜園のすぐ脇には手入れされていないさらに広い土地があり、「ホワイト・エレファント」という名の14階建ての建物が建っている。1930年代に建設が始まったときはラテンアメリカ最大の病院となるはずだったが、1955年の軍事クーデターによりフアン・ペロン大統領が失脚したことで廃虚となってしまう。その結果、貧しいホームレスの人々が身を寄せ、麻薬売人たちの取引拠点に成り果てたのだ。
2007年にブエノスアイレス市役所がこの建物を「五月広場の母たち」財団に寄贈。保育園、教室、体育館、食堂、更衣室などを設けた。周辺のゴミ山も一掃され、地下部分もきれいに片付けられた。2012年公開の映画『ホワイト・エレファント(*2)』(パブロ・トラペロ監督)の舞台となった建物でもある。
*2 映画『ホワイト・エレファント』:スラムに暮らす人々を助けようと奔走する二人のカトリック神父とソーシャルワーカーの姿を描いた作品。
収穫は80個のカボチャとたくさんの花々
菜園プロジェクトについて熱意を込めて話すロドリゲス。荒れ果てた土地の整備を決心した時のこと、ぼうぼうに生えた雑草を抜き、国立農業技術機関(INTA)から肥沃な土を入手して種をまいたことを表情を輝かせて語ってくれる。 一方のカリーソは、地元住民への説明役にまわった。住民たちもすぐに賛同し、ゴミを投げ入れる人もいなくなった。
カリーソは5歳の時にこの町に越してきて、もう35年になる。いつも笑みを浮かべ、周囲の人もつられて穏やかな気持ちになり、喜び、勇気が湧いてくるような人柄だ。 昼下がりにお茶を飲みながらいつまでも話していたいタイプだが、当の本人は子どもたちの世話や家事で大忙し、休む間もなく動いている。菜園プロジェクトと並行して、生活費のために洋服販売の仕事も続けている。この地域の人たちの特徴は「毎月の支払いを怠らない」ことだ。
ここの人たちはとても信頼できるの。
カリーソは言う。
菜園はカリーソの家族にとっても大切な場所となっている。 一番下の息子は学校から帰ると大急ぎで菜園にやってきて、水やりや種まきを手伝う。 自然に触れ、観察し、学んでいる。
ほら、あの辺にカボチャがいっぱいあったんだよ。初めての収穫で80個も獲れたんだ。 こっちには4箱分のズッキーニができたしね。 近所の人だけでなく、保健センターのお医者さん、看護士さん、患者さんにも分けてあげたんだ。
殺虫剤や化学薬品を使わず自然の力で育った野菜のおすそ分けに、彼らも大喜びだ。住民、医師、子どもたち、保健センターの専門でもある依存症やHIVの患者など、菜園は多くの人が訪れる場所ともなっている。
自分たちで管理する、持続可能な菜園
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最近になって、ロドリゲスとカリーソは自分たちで菜園管理することに決めた。プロジェクトの方向性に采配を振れることを誇らしく思っている。プロジェクトを発展させるべく、資金集めや補助金の開拓にも力を入れている。
ペジーサ医師は私たちの活動を無条件にサポートしてくれています。 『隠された街』のど真ん中にあるオアシスなんです。
と、ロドリゲスは得意げだ。
このあたりの人たちは(人口増加により)土地探しに苦戦していて、街の緑はなくなる一方です、カリーソはそう言うと種を蒔いたばかりの土地を見せてくれた。
種を植えたら、次は同じ種類の野菜を植えたらダメなの。季節に合わせて輪作しなくちゃいけないのよ。
菜園を歩きながら、色々な野菜を見せてくれた。
ナス、トマト、レタス、アイスバーグレタス、チャード、ジャガイモ、タマネギ、ネギ、エンドウマメ、ソラマメ、イチゴ、ビートルート、パプリカ、ブロッコリー、パセリ、ホウレンソウ、ニンジン、ルッコラ、レモングラス、タイム、ローズマリー、ヘリクサム、キンセンカ、シトロネラ…
誰も植えた覚えのないトウモロコシまである。どうやら、昨シーズンこぼれた種が水分を吸い、暖かくなって芽を出したらしい。
普通に茹でて食べるトウモロコシだと思ってたら、ポップコーン 用のコーンだったの!
はじける笑顔のカリーソ。
寒さに弱いトマトもこの菜園ではよく育っているという。
寒さ対策で霜から守ったので、順調に育ってるんです。
市の補助金をもらってワークショップを開催していた時期もあるが、今は財政的に独立している。ワークショップは終わったが、地域の女性たちの参加意識はそのまま、菜園運営への協力を惜しまない。それもそのはず、土地に始まり、種、堆肥、苗床パレット、水やり用ホースまで、すべて自分たちで手配してきたのだから。
自然を使った「薬局」を目指して
今、私たちは大型の温室を作りたくて資金を探しているところです。頑丈なトタン板で組み立て、森林植物やその苗木、果樹や固有種の苗木を育てたいんです。
とロドリゲスは言う。
この辺りはコンクリートとレンガだらけで緑が全然足りていません。でも掘れば、土が出てくるわ。緑を増やし、苗を育て、ハーブや薬草などを植えていかないと。この地域には、パラグアイ、ペルー、ボリビアからやって来た人たちのコミュニティがあるのですが、彼らは病気の治癒によく民間療法を用いています。
このプロジェクトの狙いは、菜園を地域の人々に開放すること。 誰でもここに来て学び、土を耕し、野菜を育てられるのです。たとえば、家のベランダにはまだまだスペースがあります。都市型菜園でも十分にいい仕事ができます。もっと外に出て、参加してほしいのです。保健センターの医師や患者さん向けのワークショップ開催も検討しているんですよ。
カリーソが続ける。
ペジーサ医師もとても喜んでくれていて、足を運んではプロジェクトの進捗や何か必要なものはないかと尋ねてくれるんです。
病院そばという立地が功を奏したのだ。
この病院にはいろんな専門性を持つすばらしい医者が揃っていますからね。医師としての仕事の枠を超え、訊きたいことがある人には丁寧に接し、 一人ひとりを大切にし、愛をもってサポートしてくれています。
巨大な廃墟病院「ホワイト・エレファント」は2018年4月から解体作業が始まり、住民の立ち退きが進んでいる。新しい建物は2019年3月頃に完成予定だ。
By Maria Maratea
Courtesy of Hecho en Bs. As. / INSP.ngo
Photo by Yami Pisano
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