今年もクリスマスの季節だ。しかし、オーストラリアにはまともな寝場所さえない若者ホームレスが何千人もいるのも現実だ。そんな若者たちの支援に奮闘している施設を訪ね、マネージャーのトリッシュ・バークレーらに話を聞いた。
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冬にしては暖かい日だった。私はNPO団体「メルボルン・シティ・ミッション」が運営する若者向けの短期シェルター施設「Stopover Youth Refuge(*1)」を訪ねた。軽量レンガ造りの、以前は介護施設として使われていた建物だ。建物のまわりにはユーカリの木々が生い茂り、独特の香りが漂っている。
*1 最長6週間まで滞在できる。
建物の中は涼しく静かだった。ラウンジのブラインドは降ろされ、2人の若者が大型テレビでビデオゲームをしている。そのひとり、数日前に20歳になったばかりのビリーが私たちの方へやってきて「牛乳がなくなったよ」と言った。バークレーは笑顔で「大丈夫。まだありますよ」と返した。「ここで食事を提供しています。」
「僕たちミロが大好きなんだ。」とビリー。ここは若者向けの大型シェアハウスみたいだ。快適そうなラウンジとカジュアルな雰囲気から忘れそうになるが、あくまでもここは短期シェルター施設。ここで生活しているのは、ホームレス状態あるいはそのリスクがある16〜25歳の若者たちだ。他には行き場所がない。
© 2018 Pixabay
オーストラリアの若者ホームレスの実態
ビリーもその一人。母と継父と暮らすことができず、友人らのツテを頼って生活していたが、れんが職人の見習いの仕事を失い、追い出されてしまったのだ。
「すっかり行き詰まっちゃってね」
これが自分の運命とあきらめたかのようなビリーの表情を見ていると、心が痛む。彼いわく、こうしたシェルターには必ず、緊急で駆け込んでくる人用のベッドが1台用意されているのだそうだ。若者の野宿を防ぐセーフティネットとして。ビリーもこの施設に来る前、他のシェルターをいくつか転々としていた。
現在、オーストラリアにはホームレス状態の人々が約10万人いるとされている。その3分の1以上が25歳未満(救世軍のデータ)で、2015-16年だけで4万3千人の若者がホームレス専門サービスの門をたたいた(オーストラリア健康福祉研究所のデータ)。
▼「メルボルン・シティ・ミッション」のInstagram投稿より。
ここビクトリア州には若者向けのシェルターが15カ所あり、総ベッド数はたったの109床。そのひとつを確保できたビリーはラッキーなのだろう。
「長い順番待ちが発生しています」バークレーがため息混じりに言った。
彼女が所属する組織「メルボルン・シティ・ミッション」では、同様の施設を市内で3ヶ所運営している。「主には家庭内暴力から避難できる場として機能しています。」若者たちがサポートを必要とする主な原因は、家庭内暴力と不安定な住環境だという。
こうした若者の支援施設では、性的マイノリティー(LGBTQ+)の割合が多いのも特徴。バークレーいわく、同性婚の議論が盛り上がって以来、急増しているそうだ。(編集部注: オーストラリアでは2017年12月に同性婚を認める法案が可決された。)
国のケアシステム18歳上限を引き上げる動きも
若者ホームレスの増加には、政府のケアシステムの年齢制限も関係している。資金サポートを受けられるのは18歳までなのだ。スウィンバーン工科大学(ビクトリア州メルボルンにある公立大学)の2015年度報告書によると、18歳で支援を打ち切られた若者の半数が、一年以内にホームレス化、刑務所入り、失業、もしくはひとり親になっていたとある。この状況を受け、英国やニュージーランドのように、上限年齢を21歳に引き上げようとする動きも起きている。
入居者のひとり、ナタリーは14歳の頃から国の児童養護施設で生活していたが、18歳で施設を出なくてはならなかった。しばらく転々とした後、今はこの施設に落ち着き、仕事を探している。
「(求職活動は)あまりうまくいってるとは言えません。ほとんどの職場は義務教育修了を必須条件としていますが、私は途中でやめたので」とナタリー。
お金も資質もない若者が仕事を見つけるのは至難。1カ月後にどこで生活しているのかすら分からないのですから、とバークレーが言った。無職では民間の賃貸物件など手が届くはずもない。それでもナタリーは、安定した住まいを見つけられたら人生をやり直せると希望を持っている。
「小児科の看護師になりたいの。生活が落ち着いたら学校に戻りたい。」
ビリーが紫色の髪の夜勤スタッフと冗談を言い合っている。誰かがそばを通れば、会話を中断させて手を振る。今は1年間入居できる施設の順番待ち中なんだと話してくれた。また見習いの仕事に戻りたいと思っているのだ。
「まずは安定して暮らせる場所を探し、自立できるよう頑張りたい。」
▼「メルボルン・シティ・ミッション」のInstagram投稿より。
すべての根源はアフォーダブル住宅の不足
こうした短期シェルター施設では、身分証明書の取得、カウンセリングの受け方、料理や洗濯のやり方を教えるなどさまざまなサービスを提供しており、どれも非常に重要なのだが、いかんせん数が足りていない。ベッド数も十分ではない。これら厳しい現実は、すべて「アフォーダブル住宅* の不足」に行き着く。
*手頃な価格の賃貸物件のこと
若者一人が短期シェルター施設でサポートを受けられる資金は、6週間もすれば底をつく。となると大抵の場合、次なる行き先は「トランジショナル・ハウジング(*)」だ。民間の賃貸物件に入るまで、そこで支援サービスを受けるのだ。しかし、アフォーダブル住宅はどんどん数が減っているため、トランジショナル・ハウジングでの暮らしが長期化する人が増えている。そして必然的に、短期シェルター施設にいる人たちの行き場所がなくなるのだ。
* ホームレス状態から恒久住宅に入居できるまでのあいだ、一時的に入居する住居のこと。「トランジショナルハウス」「ステップハウス」ともいう。
「私が住宅業界に関わって13年、今が最悪の状況です。以前は2〜3日の空きが出る時期もありましたが、今ではそれもありませんから。」バークレーは言う。
ホームレス問題に取り組む慈善団体「ミッション・オーストラリア」は、2015年度報告書にて若者ホームレス問題を調査し、「国内の若者の7人に1人がホームレス状態になるリスクがある」とした。
21世紀のオーストラリアで、毎晩 4万人以上の子供や若者がホームレス状態にあるなど、とても受け入れがたい状況です。どうにかして、このサイクルを断ち切らねばなりません。
団体のCEOを務めるキャサリン・ヨーマンが言った。
その間にも、短期シェルター施設ではスタッフたちが状況を変えようと懸命に働いている。
「クリエイティブにやらなきゃね。」バークレーが決意を込めて言う。
大切なのはコミュニティのつながりを築くこと。そうすれば、教会や青年会で知り合った人の家に一時的に住まわせてもらえることもあるでしょう。それが非常に重要となってくるのです。
シェルター施設で過ごすクリスマス
クリスマスも目前。シェルターでもこの時期を楽しもうという雰囲気が高まっている。
シェルターで過ごすクリスマス、あまり望ましくはないですよね。だからこそ、よりサポートが必要なのです。まわりはクリスマス一色なのに、ここにいる若者たちには家すらありませんから。
スタッフたちは普段と変わらず、若者一人ひとりのニーズに応えている。彼らの徹底的なまでの前向きさは、建物に入った瞬間から感じられた。
「若者ホームレスの慢性化は必ず防ぐことができます。彼らはとても能力が高く、人生を変えられる力を持ち合わせているのですから。」とバークレー。
彼らが長期的に暮らせる場所を見つけられたなら、事態は良い方向に進むだろう。ホームレス支援サービスに頼る必要だってなくなるかもしれない。だからこそ、ここみたいな短期シェルター施設が大きな意味を持つのです。
私たちが中庭に出ると、ビリーが腰を下ろしていた。太陽がまぶしいらしく、苦笑いを見せた。
バークレーが私に向かって言った。
「ここは本当に大切な場所。これからもずっと。」
By Katherine Smyrk
Courtesy of The Big Issue Australia / INSP.ngo
イラストのクレジット
credit: Antra Svarcs
Melbourne City Mission
https://www.melbournecitymission.org.au/
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ビッグイシュー基金の取り組む「若者のホームレス化予防」
日本のビッグイシュー基金では、2008年の世界同時不況前後より20、30代の“若者ホームレス”の方からの相談者が急増したことに危機感を抱き、「若者をホームレスにしない」ための事業に取り組んできました。
『若者政策提案書』など、様々な提言を冊子にまとめています。
議論の素材にしていただけると幸いです。
https://bigissue.or.jp/action/younghomeless/
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https://www.bigissue.jp/backnumber/313/
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