「キャプテン・アメリカ」と聞いて、多くの人はどんな姿を思い浮かべるだろう? 原作コミックのファンなら、長身で屈強な体格、はっきりした顔立ちのスーパーヒーローのイメージが記憶に刻み込まれているだろう。映画版も人気なだけに、俳優クリス・エヴァンスを思い浮かべる人も少なくないかもしれない。
「インパクトある私の姿をぶつけることで、見た人に“戸惑い”を感じてもらいたいのです」とシンは言う。 戸惑いを覚えることで人は初めて疑問を持ち、なぜだろうと考える。疑問を持つことが気づきとなり、やさしい人間への一歩になる、とシンは考える。
コスプレ姿で語られるそれぞれのストーリー
シンが「シーク教徒版キャプテン・アメリカ」の講演活動を始めて6年になる。愛国心に溢れたスーパーヒーローの “似ても似つかぬイメージ” を、学校やワークショップ、コミコン*1 会場などで披露。外見イメージへの壁を取り払うこと、シーク教について正しい知識を伝えることで、米国人とは誰なのかという問いに挑んできた。
*1 漫画、グラフィック小説、ビデオゲームなどをテーマとした大規模イベント。
そして今では、他の写真家らとタッグを組み、写真とストーリーを合わせた作品制作プロジェクトにも取り組んでいる。これまでの取り組み*2 をバージョンアップさせたかたちだ。題して、「アメリカン・スーパーヒーロー」。メンバーはシアトル在住の写真家ネイト・ガウディ、クリスティ・スコースミス、グレゴリー・L・エヴァンス。
*2 THE BIG ISSUE ONLINE 過去記事
ヘイトにはユーモアで返すべし!?/スーパーヒーローのパロディで偏見に立ち向かう漫画家
プロジェクトが正式に始動したのは2019年7月4日。米国の独立記念日であり、スティーブ・ロジャース(原作でのキャプテン・アメリカの本名)の誕生日でもある。“ダイバーシティ” や “インクルージョン” の取り組みが社会一般に広がりつつある時期でもあった。
キャプテン・アメリカのコスプレをしたい参加者を募り、プロが撮影する。「クリス・エヴァンスのような見た目じゃなくても大丈夫。米国人とは誰なのか、人々の解釈を広げる実にシンプルな方法です」ガウディは言う。
続いて、どういったものにスーパーパワーを感じるか、米国人であることにどういう意味を感じるかを語ってもらい、生きた人間のストーリーを伝えることに注力した。“外見” を気にしなければ、我々は心を一つにしてつながり合えるのだと伝えるために。「コスプレをすることは緊張を解くためのユーモラスな手段みたいなもの。でも、皆さんがご自身のストーリーを語り始めると、我々の方が圧倒されっぱなしです」ガウディは言う。
参加者の1人、アレクサ・マニラはソーシャルワーカーでドラァグクイーンでもある。スパンコールをちりばめたロイヤルブルーのドレスに華やかな王冠ときらびやかなイヤリングをつけ、手には無敵の盾。ドラァグ(異性の服装を着ること)にスーパーパワーを感じる理由について「人々に夢を与え、勇気づけ、本質を見つめ、一人の人間の内と外に存在する美を理解させてくれるから」と語った。
by Nate Gowdy
アレクサ・マニラ/ソーシャルワーカー、社会活動家、ドラァグクイーン
もう一人の参加者、高校の音楽教師でミュージシャン、四肢まひの障害を持つジェレミー・ベストは、自分と同じような身体障害がある人々でも音楽を作ることができる先端技術こそがスーパーパワーだと語る。
by Nate Gowdy
ジェレミー・ベスト/高校の音楽教師、ミュージシャン、四肢まひの障害がある
この他にも、ヴァジレス一家や、第二次大戦中に看護師だったという99歳のメリー・エリザベス・ハンコックなど計45人が参加した。
by Nate Gowdy
ヴァジレス一家。左から、ジョシュ、マヤ、ジェニファー
作品はガウディのウェブサイトでも見ることができる。
http://www.nategowdy.com
ガウディのInstagramより
プロジェクトメンバーの出会い
ガウディが最初にシンのコスプレ姿を見たのは2016年、クリーブランド(オハイオ州)で行われた共和党全国大会でのこと。 その時は話すことはできなかったが、キャプテン・アメリカに扮したシンの姿は記憶に焼き付いた。
それから2年が経った2018年、シンはウィング・ルーク博物館での展示*3 オープニングに出席するためシアトルにやってきた。ガウディはシンに連絡を取り、イベント前にスタジオに立ち寄ってポートレートを撮りませんかと提案。シンもこれに応じた。
*3『Wham! Bam! Pow! Cartoons, Turbans & Confronting Hate』(会期 2018年5月4日-2019年2月24日)
同年10月、シンはシアトル市庁舎のイベントに登壇。シンと話しがしたくて列に並んでいたガウディの前には、母親(後にメンバーとなるクリスティ・スコースミス)が双子の男の子を連れて並んでいた。母親は息子たちがトランスジェンダーであること、彼らもキャプテン・アメリカになれるかとシンに訊ねた。シンもこれに興味を示した。その会話を聞いていたガウディは、では(シンが暮らす)ニューヨークではなく、シアトルで撮影しませんかと提案。ガウディとスコースミスはその場で連絡先を交換、後日再会してアイデアを出し合った。共通の動機を持つ二人は、急速に仲を深めていった。
プロジェクトのスローガンを決めた二人は、友人知人に参加しないかと声をかけていった。すると予想を超える反応が返ってき、直接の知り合いを超えた規模に広がっていった(参加者の中には、ワシントン州民主党のプラミラ・ジャヤパル下院議員もいた)。
by Nate Gowdy
カッサンドラ・ジャクソン/旅人
ガウディは鳥肌が立つこともあると言う。「彼らが自分のストーリーを語るとき、そこに垣間見えるのは、人や文化、社会も含めた私たち全体の話でもあります。極めて困難な状況に置かれていた人もいますが、なんとかしてその試練を乗り切ってきたことが伝わってくるのです」
by Nate Gowdy
ジゼル・ロペス/マーケティングを学びながら2つの仕事を掛け持ちしている。
将来は映画づくりに関わりたい
誰だってキャプテン・アメリカになれる
シンは今だに街なかで “ビンラディン” や “国に帰れ” と言われることもあるという。だが、このプロジェクトに熱意を持って取り組むことで人種差別と戦っている。この活動によって自分に向けられる非難が強まったとは感じていない。むしろ、別のかたちの差別に遭ってきたコミュニティからの共感が高まっており、それを彼は “希望の兆し” と言う。
by Nate Gowdy
祖父ラフィ・サミザイと孫アリ・サミザイ (7月4日生まれ)
今後は他の地域でも撮影し、ゆくゆくは一冊の本にまとめたいと考えている。一般の米国人がいかに攻撃に遭いやすい状況に置かれているか、そして、いかに多くのものを勝ち取ってきたかーー これらを知り、敬意を払うことが、現政権下での“ネガティブな語られ方” に対抗する最も効果的な方法の一つ、とシンは信じている。
「誰だってキャプテン・アメリカになることができます。スーパーヒーローの “種”はすべての人の心の中にあり、現実世界では皆がそれぞれのやり方で表現しているのです。これらのストーリーの中に、自身の姿を見いだしてもらえればと思います」とシンは語った。
by Nate Gowdy
ヴァジレス一家。左から、ジェニファー、マヤ、ジョシュ
By Lisa Edge
Courtesy of Real Change / INSP.ngo
「写真・アートが伝える社会課題」関連記事
*子どもを肥満や糖尿病にさせる先進国の大人たち/米国の写真家グレッグ・セガールが作品群「Daily Bread」を発表
ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?
ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
提携している国際ストリートペーパー(INSP)や『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの記事を翻訳してお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。