新型コロナウイルスの感染拡大により、世界がかつてなく “停止”している。
この状況がどのような影響をもたらすのかーー 数日後、数週間後、数ヶ月後の生活がどうなっているかわからない中では、とにかく先の計画が立てられない。誰もが生活を“一時停止” せざるを得ないこの状況に、どう対処していけばよいのだろうか。
Andreas LischkaによるPixabayからの画像
“計画” しないでいられるか
まず明らかなのは、“計画する” という行為をあきらめなければならないということ。テストや出張、休暇、離れて暮らす家族との食事…等々。だがこれが簡単なことではない。なぜなら、計画を立てる、目標を定めるといった行為は我々人間の中に刻み込まれており、現代生活はそれで成り立っているようなものなのだから。
スケジュール帳というものが一般的になったのには英ファイロファックス社(1921年〜)の貢献が大きい。最近ではデジタルツールを使う人も増えているが、いずれにしても、私たちは計画することで時間を管理している。
「時間を管理する方法」やその「倫理的正当性」については、2千年以上前から哲学的な議論がなされてきた。その中心にあるのは目的と手段の関連をみる「目的論」といわれる考え方。古代ギリシャで生まれ、哲学者カント(1724-1804)によって議論され、20世紀には経験論の哲学者たちから否定され… 現在でも哲学上の決着はついていない。
新型コロナウイルス感染拡大によって「目標」や「計画」に基づいて行動するという我々の習慣が消し去られた今は、この議論を深めるにふさわしいタイミングかもしれない。
哲学と心理学の知見
非日常が日常になる中では、哲学や心理学の知見がその道しるべとなるかもしれない。
実用主義の哲学者ジョン・デューイ(1859-1952、アメリカ人)は、「手段」も「目的」も連続的なものなのだから、より身近な「手段」= 目の前にある次の行動に注力するのが理にかなっていると主張した。例えば、深酒をやめたいなら、飲酒の習慣と無関係の行動を見い出す必要がある。深酒をやめるという「目的」をいったん忘れて、(飲酒と関係ない)次の行動に集中すべきだと。
photo:Samantha Gades/Unsplash, FAL
ポジティブ心理学の研究者ミハイ・チクセントミハイ(1934- ハンガリー系アメリカ人)は、少し異なる視点を提言している。幸せを手にするには「実現可能な目標を設定し、その目標について評価・フィードバックを得る必要があると。長期的な計画が立てられない状況では、目標が短期間で達成し得るものでないと評価・フィードバックは得られない。ロックダウンという危機に直面している今、これは「身近な手段」にフォーカスすべきというデューイの見解とも合致する。
そうすれば、“目的を持つ” ということをあきらめることなく、非目的論的な視点を取り入れることができる。今までどおり私たちには「目的」が必要だが、それはあくまで身近な行動に向けられたものであるべきなのだ。
社会学者のデヴィッド・サドナウ(1938-2007)が、ジャズピアノの即興演奏を例に解説している。そもそも明確なゴールがなく、かっちり決まった楽譜もないジャズピアノを弾けるようになるには、曲を構成する基本要素を直感的に理解できる必要がある。すなわち、即興演奏という「目的」ではなく、コードや音階といった具体的なテクニック=「手段」を学ぶことで必然的にジャズ・ピアノが弾けるようになったと。
ロックダウンの過ごし方へのヒント
先の予定を立てられない日々を過ごす上で、次のような視点をヒントにしてみてはどうだろうか。
1. 今までどおりの「習慣」を続けるように試みる
生活が大きく変わることで、突如としてつまらなく思えることもあるかもしれない。それでも習慣を続ける意思を持とう。
在宅勤務の経験が長い者たちは、毎朝の習慣を決めて、仕事モードに切り替える術を知っている。自分を次の行動へ向かわせる「習慣」を持つことはとても大切だ。
2. 現実的に達成できそうなことを優先させる
何か新しいことを学ぼうと思うかもしれないが、現実的に達成できそうもない壮大な目標を立ててしまうと、挫折につながりかねない。くれぐれもロックダウン中は、過去に失敗したことにリベンジするようなことはおすすめしない。
3. 新しいことを学びたいなら「ゆっくり」取り組むつもりで
できれば誰かと一緒に始めるのがいい。オンライン経由でできることも増えている。他の人と一緒なら、フィードバックも得られやすいのでおすすめだ。
4. ビッグプロジェクトへの挑戦は避ける
長編小説を読む、大きなアート作品を完成させる、本を執筆する…これまで先延ばしにしてきたビッグプロジェクトに取り組みたくなるかもしれない。しかし、遠大な計画に挑むのは、この時期にはあまりおすすめできない。デューイのアドバイスに従うなら、中程度のプロジェクトから始めるべき。まずは気軽に読みやすい本、小さめの創作、短いエッセイを書く、などの方が適している。
5. 計画を手放すのが難しい人もいることを理解する
特に若者だ。授業にテストにバイト、常に“どこかに行って何かをする” という予定でいっぱいの日常が今はない。いつもの調子が出ない、不安な感情を抱くのも不思議ではない。ロックダウンという新たな日常で、自分には見えないところで苦しんでいる人たちがいることを理解し、サポートしていく必要がある。
※ こちらは『The Conversation』の元記事(2020年3月26日掲載)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
Clare Holdsworth Professor of Social Geography, Keele University
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