コロナ禍が世界各地の水道事業の財政にすさまじい影響を及ぼしている。何百万もの家庭や企業が収入減により水道代を支払えなくなる中、水道事業の運営コストは急増しているのだ。カナダ・クイーンズ大学のグローバル開発教授デビッド・マクドナルドらの見解を紹介したい。
2020年6月の集計データ*1からは、水道事業者によっては収益が40パーセントも落ち込んでいることが分かった。米国だけで見ても、水道業界の損失は270億ドル(約2兆9900億円)を超える見通しだ。
*1 参照:Supporting Water Utilities During COVID-19
ただ、この財政危機は(数年かかったとしても)一過性のものかもしれないが、そもそもこの業界は慢性的に赤字である。持続可能な開発目標(SDGs)にある「安全な水とトイレを世界中に」を2030年までに実現するには、少なくとも年間1500億ドル(約16兆6000億円)の投資が必要とされている。生活の根幹を支える公共サービスには適切な資金提供が必要、そのことに危機を迎えてようやく世界が目を覚ましたようにも思える。しかし、公的資金が投入される気配は一向に見られない……。
新型コロナウイルスと民営化
コロナ禍がもたらす結果として懸念されるのが、水道事業の民営化が進んでしまうことだ。この度、筆者らが共同編纂した出版物*2では、どれだけの政府がこのグローバル危機をきっかけに上下水道事業への民間参入を推進しようとしているかを示した。
*2『Public Banks and Covid-19』
https://publicbankscovid19.org/index.php/publications
水道事業の民営化圧力は、以前からその動きが見られたブラジルなどでは特に顕著だ。フィリピンのように、財政のひっ迫から政府が民営化を検討している国もある。インドネシア政府は“水道事業の民営化を停止する”とかつて交わした約束を撤回させている。
国際組織の中にも、コロナ禍を理由に水道民営化を促進しようとしているところがある。世界銀行が立ち上げた「ブレンド・ファイナンス」プログラムは、公営の水道事業者に融資を行う前に民間企業の事業参入を求めている。国連人間居住計画とユニセフでは、小規模の民間水道事業者を「巻き込み、権限を強化する」ため、公民連携を促進している。
皮肉にも、こうした民営化の推進は、国連特別報告者グループが2020年10月に発表した論説記事「コロナウイルスが暴いた民営化の壊滅的影響」で警告した内容と矛盾する。上下水道など人間の生活に必要不可欠なサービスにおいて、民間企業は人々の基本的ニーズや公衆衛生よりも利益を優先しがちだと指摘されているのだ。
photo:yu-ji/iStockphoto
こうした意見に対し、民間水道事業者も攻勢に出ている。2020年5月、プライベート・エクイティ・ファンドによるある水道事業会社のCEOはこう語った。「本来、水の消費量は安定していますし、投資家にとって魅力的な投資先なはずです。水道事業は、感染症拡大に最も影響を受けにくい部門の一つだと確信しています。」
世界的には水道事業での企業合併や買収の動きが加速しており、大手の影響力がさらに強まっているのが実状だ。一部のアナリストたちは、「水道事業の抜本的な構造改革」が起こると予測している。その最たる事例が、フランスの多国籍企業ヴェオリアによる競合企業スエズの敵対的買収で、実現すれば過去50年で最も劇的な企業買収となるだろう。
コロナ禍がもたらしうるもう一つの懸念は、公共水道サービスの商業主義化の流れを一層後押しするかもしれないことだ。予算削減や新自由主義的政策(小さな政府、低い法人税、規制緩和など)によって、公営の水道事業者が民間企業のような動きを強いられている。例えば、水道料金の支払いに困る家庭にも、容赦なく市価での支払いを請求する等だ。さすがに感染拡大の真っ只中では、その方針を緩和させている事業者も少なくないが、一部の事業者はすでに、パンデミックが終息次第、再び市場原理に基づく料金体系に戻すことを明言している。
コロンビアでは、「メデリン公益事業体(Empresas Públicas de Medellín)」が、緊急措置として、貧しい家庭でも水道代が払えるような方針を取ったが、これも一時的な猶予に過ぎない。ウルグアイでは、感染拡大中に導入された改革案によって、国営の水道事業の商業主義化が加速している。
公営水道を取り戻す
これが、いわゆる「災害資本主義(disaster capitalism)」なのか。つまり、災害の危機に乗じて、民間企業と政府内の支持者たちが結託し、収益性の拡大を推し進めているのだろうか。確かにその兆候はある。が、まだそうだと決めつけられる状況ではない。
進歩主義の政府、組合、NGO、地域組織などは、水道民営化の反対運動を続けると同時に、公営水道サービスのより革新的なあり方を提唱している。
著者たちがまとめた出版物でも、こうした「公益の尊重(pro-public)」を目指す動きが不可欠である点を強調した。短期的には、公営の水道事業者たちがコロナ禍でいかに効果的に対応したか、そして長期的にはサービスの民主的な提供と説明責任の徹底に尽力しているかを取り上げた。
具体的には、困窮地域への水の無料提供、水道供給停止の一時猶予、社会的弱者への緊急支援サービス、一般家庭への遠隔テクニカルサポート、低所得者層も意思決定に参加できる仕組みづくり、上下水道が安心安全であることを周知する住民教育キャンペーン、現場作業員たちのための育児ケアサービスなどだ。
こうした活動のため、世界中で何十万もの作業員が、現場で設備を稼働させている。そのことを一般の人々は普段の生活であまり意識しないかもしれないが……。また、大勢の作業員が同じ業界の同僚たちとの相互学習や知識共有をすすめ、それによって公益の意識を深め、連帯感のあるネットワークを構築している。
このような公営事業者たちの前向きな働きによって、水道民営化の圧力が弱まることを期待したい。さらには「再公営化」を望む声にも力となるかもしれない。19世紀、コレラの大流行が水道事業公営化の最初の波を後押ししたように。
今後の課題はいろいろ考えられるが、このような危機の時には、サービスを公営化していることの意義、そして透明性があり、民主的、かつ公平性や持続可能であろうとする公共サービスの価値を世界中の公営の水道事業者が示している。コロナ禍をひとつのチャンスとして、パンデミック後の世界には、公営の水道サービスを取り戻す働きかけをしていくべきである。
世界の水道民営化が失敗し、再公営化が進められている事例(英語)
世界の水道事業「再公営化」の動きをトラッキングしているサイト
http://www.remunicipalisation.org
著者
David McDonald
Professor, Global Development, Queen’s University, Ontario
Susan Spronk
Associate Professor of International Development and Global Studies, University of Ottawa
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年3月17日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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