新型コロナウイルス感染症の影響により、世界中で大多数の学校や大学が長期の休校となっている。学生たちの学習機会を提供し続けるべく、とりわけ高等教育機関では教育のオンライン化を慌ただしくすすめている状況がある。すべての学生が授業についていけるよう教師の側が心に留めておくべきこととはーケープ半島工科大学(南アフリカ)の研究者ダイアン・ベルが解説する。
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学生の中には、聴覚障害があるために補聴器を装着している、あるいは人工内耳*1の手術を受けた者もいるかもしれないことを知っておいてほしい。このような学生たちのニーズは、平時の環境が整った状況でも十分に満たされないことが多い。ましてやパンデミックの危機下である。準備期間が十分に取れない中ではどうしても多数派の学生にフォーカスがあたり、事情が十分に考慮されない学生が出てきやすい。
*1 聴覚障害があり補聴器での装用効果では不十分な場合に手術で対処する。世界で最も普及している人工臓器の1つ。体外に装用するタイプもある。
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聴覚障害者の学習は、オンライン環境ではより難しくなりがちだ。インターネット経由では音声がクリアでないことから教師の解説が聞き取りづらくなる中で、キャプション*2 や字幕がない、先生が何と言ったのかを近くのクラスメートに確認できない、ノートテイクしてくれる人がつかない*3、といった「壁」が考えられる。
*2 耳の不自由な人のための字幕を指し、話者の下に文字が表示され、音(拍手やドアを閉める音など)に関する情報も含む。その機能をオンにした場合のみ文字が表示されるためクローズドキャプションともいわれる。一般的な「字幕(subtitle)」と区別して使っている。
*3 聴覚障害のある学生が教師の口元に集中できるよう、授業内容のノートをとる人がそばにつくことが推奨されている。学生ボランティアが対応することも多い。
難聴の問題を抱えている南アフリカの大学生の人数について正確なデータはないが*4、このような学生たちへの支援が足りていないこと、それが彼らの成績低下に響くことは分かっている。
*4 難聴の定義のあいまいさ、偏見を恐れて言い出しにくいなどの理由から、正確な実態をつかめていないが、一部データでは2003年の155人から2010年には326人と急増傾向。
日本では、聴覚・言語障害学生が1人以上いる大学の数は405校(「2017年度 障害のある学生の修学支援に関する実態調査」より)
従来型の教育からオンライン教育への移行となると、大抵はライブなり録画なりで動画や音声を使用することになる。さらには発表資料、オンラインでのディスカッションフォーラムやグループワーク、成績評価……聴覚に障害がある学生には大きな課題となる。
聴覚に不安がある学生たちにも対応したオンライン授業をおこなうには
筆者は南アフリカで研究をすすめるなかで、聴覚障害のある学生がオンラインで学ぶ際に教師側が気をつけるべきことを明らかにしてきた。米国テキサス大学内の「国立聾センター(National Deaf Centre)」も、オンライン授業向けに以下のようなアドバイスを提供している。
Free stock photos from www.rupixen.comによるPixabayからの画像
・聴覚に問題・不安がある生徒がいるかを確認
教師が自分が受け持つクラスに聴覚障害のある学生がいることに気がついていない場合がある。これは、自らの聴覚障害を打ち明ける、特別な支援を申し出ようとしない生徒も多いため。オンライン授業へ移行するこの機会に、映像・音声教材の利用に不安があれば事前に知らせるようアナウンスする。
・キャプションを使う
キャプションには実際に話された内容やナレーションだけでなく、誰が話し手なのかの情報、効果音やBGMで使われている音楽についての情報なども含まれる。キャプションは聴覚障害のある学生をサポートする上で最も効果的な方法である上に、一般の学生の読み書き能力の開発にも役立つ。キャプションがすべての人にプラスに働くことは研究でも示されている*5。
*5 外国語だけでなく動画に字幕をつけることはすべての人の理解力、注意力、記憶力を向上させる。
「Video Captions Benefit Everyone by Morton Ann Gernsbacher (Oct 1, 2015)」
キャプションの代わりに一般的な「字幕」でもよい。動画に字幕をつけるツールKapwing*6もあるし、YouTubeには自動で字幕をつけてくれる機能がある。
*6 https://www.kapwing.com/subtitles
・「ユーザー補助機能」に着目してプラットフォームを選ぶ
南アフリカの大学でよく使用されるプラットフォームは Zoom/Adobe Connect/GoToMeetingなどだが、ユーザー補助機能(アクセシビリティ)に関しては大きく異なり、必ずしも聴覚障害者をサポートしているわけではない。Microsoft TeamsやGoogle ハングアウトには自動字幕機能があるが、100%正確とはいえないので注意が必要だ。
・口の動きに集中できるよう服装や照明に配慮する
動画を作成するとき、教師は服装や照明にも配慮すべき。「テレビ会議のマナー*7」にも、服装はごちゃごちゃした柄ものを避け、顔映りの良いものを着ること。そうすることで、聴覚障害のある学生が教師の口の動きに集中しやすくなるとある。また、部屋の照明は十分明るいか、顔に影が入らないようカメラアングルに配慮することで、学生が口元の動きを読み取りやすくなる。
*7 Video Conferencing Etiquette: 10 Tips for a Successful Video Conference
1. 話さないときはミュートに
2. 開始時間を厳守
3. スムーズに始められるようPC環境や接続を事前に関係者でテストしておく
4. リモートからの参加者がしっかり参加意識を持てるよう最新テクノロジーを取り入れる
5. 目的に合った適切なハード・ソフトの選定
6. 会議にふさわしい服装
7. カメラを真正面・目線の高さに設置
8. 相手が見やすいよう照明に配慮
9. 話すときはカメラを向く
10. 他の作業をせず会議に集中する
・基本ルールを定める
オンラインでグループ学習を行う際は、発言の順番など参加にあたっての決まりごとをつくっておくとよい。例えば、「手を挙げる」機能を使う、チャットボックスを使う、発言する前には必ず名乗る、といったルールだ。
また、生徒側のカメラをオンにするのは質問するときだけにすると、画質の劣化を防げる。マイクも発言時以外はミュートにしておくようルール化することで、不要な雑音を防ぐことができる。こういった工夫により、聴覚障害のある学生は発言者に集中しやすくなる。
・120%のサポートを心がける
サービス提供会社が用意しているオンライン説明書をよく確認し、ユーザー補助機能の詳細を調べておく。また、聴覚障害のある学生には、講座で使う教材を事前に提供しておくことも大切。オンライン授業ならではの頻出単語をまとめた「用語集」を提供するのも役立つだろう。
・ゆっくりめに話し、聞き取りやすさを重視
オンラインではすべての生徒がついていけるよう、ゆっくりめに話すことが大切。聴覚支援器具(補聴器、人工内耳プロセッサ、ノイズ低減ヘッドホンなど)を使用している学生には、それらをパソコンに直接接続するとより聞き取りやすくなるかもしれないとアドバイスする。
ライブ形式の授業も、インターネット回線に問題が生じた場合に備え、できるだけ録音・録画しておくとよいだろう。オンラインのコンテンツを問題なく利用できているか、内容は理解できているか、定期的に学生に連絡を取って確認することも大切。大学内の障害者支援部門とも連携し、特別支援が必要な学生には、1対1のビデオチャットやテキストメッセージを使うことも検討すべきだろう。
※ こちらは『The Conversation』の元記事(2020年4月2日掲載)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
著者 Dr Diane Bell
Researcher, Cape Peninsula University of Technology
参考リンク:
・オンライン授業での情報保障に関するコンテンツ集(日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク)
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